Side:Trinity 2 あなたこの先死ぬわよ

 エレシフの市壁をやや離れた先に望む森と平野の境に、ヴラマンクは飛ばされていた。

「く……。なんだあの技。おい、誰かいるか?」


「ここにおります、陛下!」

 耳なじんだ声がする。緑がかった癖っ毛の青年、王の忠臣ペギランである。


 他にもひとり、見知った顔が近くに飛ばされていた。

「それから、貴女は……アイラ嬢と一緒にいた……?」

「あ、はい! ユナっていいます。ユナ・コーラント」


 栗色の髪を肩ほどまでに伸ばした少女である。どこかおっとりした可愛らしい顔立ちをしており、年の頃は十代後半と言ったところだろう。


「ユナ嬢?」

「ユナって呼んでください」

 ユナが明るく返事をする。


「そうか、ユナ。先ほどは俺の怪我を治してくれてありがとう。──それから、俺が話し込んでいる間に、ペギランのあの青痣あおあざも治してくれていたんだな。重ねて、礼を言う」


「そんな……お礼を言われるほどじゃ。私にはこれくらいしか出来ませんし」


 恐縮するユナを見て、ヴラマンクは少し不思議に思う。

「? ……何を言う? 他者の怪我を治せるなど、どれだけ人の役に立つか。うちの国に来てほしいぐらいだが……。その能力ちからは、一体?」


「神石の力です。……えっと、私の持つ神石には歌の女神ミューズたちの力が秘められているんです。先ほどの傷を治したのはクレイオの歌。他にも、味方を光のヴェールで守ったり、相手を眠らせたり……」


「神石……というのか。俺の持つ華印フルールに似ているな。俺の〈眠りの薫衣草フルール・ド・ラヴァンド〉は、神に等しい力を持っていた太古の花が化石化したものだから……。それにしても、俺の眠りの力や、俺の仲間と同等のことをひとりで出来るとは。さすがは神の石といったところか」


 褒められたせいかユナは途端に赤くなる。

「で、でも、全然使いこなせてないんです。守りの力は一瞬しか効きませんし、眠りの力なんてこの間は仲間が戦っている時に、その仲間を眠らせてしまって──」


「ははっ。そんなもの、慣れさえすれば何とでもなるだろう。他には、何か能力があるのか?」


「そ、そうですね。えっと、カリオペの歌で魔銀クロムを浄化し、魔銀クロムによる支配を解除したりだとか。でも、ほんと、使いすぎるとすぐ体力が尽きちゃって。私の仲間──、ルカやアイラさ……アイラたちには到底及びません」


 と、ユナの言葉に、ヴラマンクは深々と頭を下げる。

「そうか……。じゃあ、ルイを魔銀クロムから救ってくれたのは貴女だったのか……。本当に、なんと言っていいか。貴女は我が国の恩人だ」


 ユナは慌てて手を振った。

「やっ、やめてください。そうだ。私からも聞きたいことがあるんです。あの……ヴラマンクさん……、は、陛下って呼ばれてるってことは、王様なんですか? そんなにお若いのに」


 すると、それまでにこにこ黙っていたペギランがユナの質問に答える。

「陛下はこう見えて190歳なんですよ」


「あぁ。もっとも、最近まで100年近く眠っていたから、自分の感覚としては90歳ほどなんだがな」


「ひゃ、100年も? それは一体、なんで……」

 驚いたようなユナの声には答えず、ヴラマンクは落ちていた木の棒を拾い上げた。


「それは、話すと少し長くなる。それよりも、聞いてくれ。この円が、エレシフの町だとする。そこに、高台から見た限り、今はこう──ハジャイルの軍が突き刺さっていた。まるで、くさびのように」

 地面に描いた円に、ヴラマンクは楔のような三角の図形を付け足す。


「実際にはこんなきれいな三角じゃない。まだ町の外でも大勢戦っているが、指の間から水がこぼれるように、少しずつ市壁に空いた大穴へとハジャイルの軍が殺到している状況だ。……万書館を守るには、この水漏れを止めなければならない」


「そんなぁ。一体どうすれば……」

 ペギランが気弱な声をあげる。


 ヴラマンクは不安げな忠臣に、豪胆に笑ってみせた。

「水漏れを止めると言ったろ? まずは、穴を塞ぐ」


      ×      ×      ×      ×


 マクィーユ、アイラのふたりは市壁の内側で、すでに戦いを始めていた。

 万書館へと至る道の途中、元は市場が開かれていた広場で、マクィーユとアイラのふたりは絶望的な戦いを繰り広げている。

 相手は人や獣、様々な形をした土の人形たち。──その数は百か、二百か、数え切れぬほど。


 既に何十体の土人形たちを屠ったか、マクィーユはもう覚えていない。愛剣エルシャフィエが淡い燐光を放ち、土人形を両断。と、それまで猫科の猛獣のごとき姿をしていた土人形はその場でぐずぐずと崩れ、土塊つちくれとなった。

 が、すぐさま後ろに控えていた熊のような人形が突進。マクィーユは間一髪、それを横跳びでかわす。


「クッ! これではキリがない!」


 そんな終わりの見えぬ戦いのさなかにあって、マクィーユの剣は──なお、美しかった。1体屠り、また次の1体へと、最短距離をいく洗練された動き。

 水が高いところから低いところへと流れるような無駄のなさ。または動きに合わせてふわりと弾む銀の髪も相まって、銀の風が吹き抜けたようにも見える。

 今まで何十万、いや、何百万回と剣を振り続けてきたのだろう。その流れるような動きは、何年も繰り返し剣を振り続け、己が独自の理合りあいを手にした者に特有の美しさだ。


 と、

「まずい! 後ろに……」

 鳥型の土人形に回り込まれ、マクィーユが焦った声を上げる。


 その鉤爪がマクィーユの喉を切り裂こうとした寸前──、フクロウにも似た土人形は内側から破裂。乾いた砂と化し、風に舞った。


「す、すまない。アイラ……さん」

 左の脇を抜いてのバックショット。砂の弾丸でマクィーユの窮地を救ったアイラは振り返りすらしていない。


「──あなた、自分より強い相手と戦ったことがないでしょ? もしくは、今みたいに自分の能力を超えるほどの数の敵とはね」

 礼への返事のつもりか、背中越しにアイラが話しかけてきた。マクィーユは新たな人型の土人形3体を相手しながら、耳を傾ける。


「型通り、無駄なく、合理的に。なぁんて考えてたら、あなたこの先死ぬわよ」

 先ほどから、マクィーユよりさらに多くの土人形を砂の弾丸で破壊しているアイラはまさに獅子奮迅の戦いぶり。深いえんじ色の髪がはずみ、陽にきらめいて、血を思わせる輝きを放つたび──、アイラの周りの土人形は1体、また1体と砂塵に変じていく。


「大事なのは、死なないこと。死なないために、敵を倒すこと。綺麗に倒そうなんてのは、そのもっとだいぶ後!」

 そう叫び、アイラは両手を広げる。

 そのまま竜巻のごとく回転し、両手に持った愛用の2丁拳銃からは雷雨にも似た轟音と共に大量の砂弾が吐き出された。


 半径1000デュール(≒10メートル)ほどの土人形はすべて沈黙。


 ──が、息つく間もなく、2階建ての家屋にも匹敵するほどの土の巨人が、その長い脚を伸ばし、ふたりを急襲した。飛び退きざま、マクィーユは斬撃を、アイラは銃撃を見舞ったが、効果があるようには見えない。


「ほんっと、キリがないわね! あなた、こいつらを操っている敵に心当たりはないの?」


 アイラのぼやきに、マクィーユは確信をもって答える。

「ある……。このエルシャフィエの反応には、覚えがある。こいつはわたしの世界の降魔師ごうまし。わたしの故郷“聖なる谷ドミ・アルダライル”を襲った者たちのひとり……!」

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