第四章 宿敵たち

Side:Trinity 1 フロム・スクラッチ

 青年が連れてきたのは、ダラルードの仲間だというマクィーユとクラッサス。それから、ヴラマンクの臣下だという、ペギランとアテナイスの4人だった。


「こいつらか? 川原で殴り合ってたところを連れてきた。あんたたちの仲間なんだよな?」

 柔らかな金の髪に、赤いバンダナを巻いた中性的な顔立ちの青年──ルカ・イージスがそう話す。


 アイラは腰に手を当てて、ルカに問いかけた。

「ツィーナとかいう女に呪いをかけられてるって話だったじゃない。それはどうしたのよ?」


「姐さんがメルーナからせしめてくれた、おれの聖銀アレクサでちょちょいっとね」


「陛下!」

 と、長身の男──ペギランは、まるで尻尾をめいいっぱい振りまわす大型犬のように、嬉しそうに主の元へ駆け寄った。

 その左目には無残にも、大きな青痣あおあざが出来てはいたが──。


「生きて……いたのか? お前、あの男に斬り殺されて──」

 あわや膝が抜け、崩れ落ちそうになったヴラマンクの前で、ペギランは右膝をつき礼を取った。ルイが背後から、さりげなくヴラマンクを支えている。


「はて? 何を勘違いなさったかは知りませんが、私はこうしてこのように、ピンピンしておりますとも」


 メルーナがばつが悪そうに目をそらしたのを見て、ヴラマンクも何かを悟ったのだろう。ひと呼吸置いて、ヴラマンクはペギランに尋ねた。

「……これからも、俺を支えてくれるか。ペギラン?」


「もちろん! 陛下と行けるなら、私はどこへだって、お供いたしますよ」


 と、ペギランは鞘ごと腰から剣を抜き、柄を主へと向けた。──自らの忠義に不審あらば、今すぐこの剣を抜いて、切り捨てられても構わないという意志を示す儀礼。ヴラマンクはもちろん剣を抜くことはなく、ペギランへ押し返す。


「オレも……!」とヴラマンクの手を取ったのは、ほぼ銀に近い髪の色をした、ヴラマンクよりさらに小柄な少女アテナイス──アテネイだ。ヴラマンクは無言で、少女の髪をくしゃくしゃ撫でる。


 一方。


 再会を喜び合う主従の隣で、もうひとりの王の元にも仲間が集っていた。


「ダル殿も、無事だったようで何より」

「おっさんも無事だったか。まぁ、心配はしてなかったけどな! それより、こっぴどくやられたみたいだな」

 立派な口ひげの紳士、クラッサスの右頬にもペギランと同じ青痣があった。


「あのペギラン卿、なかなかの御仁。我輩、柄にもなく我を忘れ、打ち合ってしまいましてな。まずは、あちらの陛下にご挨拶せねば。ダル殿、しばし失敬」


 クラッサスが離れたのと同時、銀の髪をなびかせた美しき神官長マクィーユもまた、ダラルードの元に参じる。

「ダル様! ご無事で何よりです」

「俺が死ぬわけないだろ! いや、死んだことはあるか……? とりあえず、マキも無事でよかった」


「はい、本当に……! っと、なんだ、降魔師ごうましもいたのか。ちゃんとダル様をお守りしたんだろうな?」

「この怪我見てわかんねえのか、神官」

 天才降魔師はうんざりしたように答えた。


 振り返り、そのやりとりをちらりと一瞥いちべつしたクラッサスは、右膝をついてヴラマンクに伺候しこうする。


「我輩はケルカ王が臣、クレイスズ家の当主クラッサス。ダラルード王とは縁あって旅を共にする者にございます。陛下の騎士に怪我をさせてしまい、まことに申し訳なく存ずる。

 ……今ここで死ぬわけにはゆかぬ身なれど、栄光あるサングリアル国王陛下のご不興を買って、我が主ケルカ王の名声にいささかでも傷をつけてしまうは死よりも恥ずべき大事。いかなる裁きも、甘んじて受け入れましょう。──だが、決して、陛下のサングリアルに害意あってのことではないと、ご理解下さりたい」


「く、クラッサス卿! あれは漢と漢の勝負ですよ。きっと陛下も分かってくださいます」

 騎士と騎士の一騎打ちは裁判の代理で行われることもあるように、場合によっては両人同士のいざこざ以上の意味を持つ。

 ペギランはこれでも、サングリアルの4大貴族のひとり、大献酌だいけんしゃくだ。そのペギランが一騎打ちをしたとなると、これは国同士の名誉をかけた戦いとも取れる。


「──なるほど。どうやら、うちの大献酌が格闘術をご教授頂いたようだ。これは俺からも礼を言わなければならないな。ありがとう、クラッサス卿。それから、ケルカ王にもよろしく伝えてくれ」


「必ずや……!」

 ヴラマンクの計らいに、クラッサスは固く瞑目めいもくする。


 その時、降魔師が声を上げた。

「おい。──なんとなく終わったみたいになってるけどよ。オレたちがなんで集められ、殺し合わされていたのかを知ることの方が先なんじゃねぇのか? しかも、わざわざ聖銀アレクサの武器まで渡してな」


 全員の視線がメルーナに集まる。

「ええとぉ、それはぁ……」


「なぁ、メルーナ。話してくれないか?」

 ヴラマンクが尋ねると、メルーナは観念したように話し始めた。


聖銀アレクサで人を殺しすぎると、崩れて廃銀シュトリータになるんです。でも、魔王ハジャイルだけが、そこから魔銀クロムを精製する方法を知っていて……」


「魔王、ハジャイル……? ヴラマンクじゃなくてか?」

 ダラルードが確認するように口をはさむ。


 ひとつ頷き、メルーナは続けた。

「はい……。対立している国同士に聖銀アレクサの武器を流し、廃銀シュトリータになるまで殺し合わせたら安価で買い取って、新たな魔銀クロム兵とともに一気に侵攻するのが、魔王ハジャイルの常套手段なんです。それで……」


「なるほど。もしやそいつが──、カノヒトとやらの親玉ということか? だが、エレシフの街のエルフたちはもともと戦いを好まぬ種族で、武器も満足に作れない。それで俺たちを召喚し、戦いの指導をさせた……と」


 ヴラマンクの言葉に降魔師のルカが反応する。


「おいおい。じゃ、ハジャイルの目的はエレシフの町ってことじゃねぇのか? 壁は立派だが、地理的にも、それほど価値のある町だとは思えないが。あの町に、一体何があるんだ?」


「ふむ──。エレシフの中央には“万書館ばんしょかん”がある。ナハテム教の司祭によると、その中には神より授かったという“世界書せかいしょ”が収められているそうだ。それが狙いかもな」


 すると、先ほどまでびくびくしていたメルーナは、許されたと思ったのか、気の抜けた声を上げた。

「えへへぇ~。“世界書”は世界同士を結ぶ秘宝中の秘宝ですからね。皆さんを召喚するのにもその力を使いましたし、魔銀クロム兵の力の源となる魂だけを大量に召喚出来たりもするので、ハジャイルが欲しくなるのも無理はないと思います」


 その言葉に、全員が沈黙する。


「世界同士を結ぶ、秘宝──?」

「おい、もしかして、そいつが魔王の手に渡ったら、オレたち元の世界に戻れないんじゃねぇのか?」


「ただ、あの市壁を中心に魔銀クロム兵を寄せつけない結界が張られてますし、ずっと攻め込めなかったみたいですよ? “世界書”はあそこから持ち出すことも出来ないんで、手をこまねいていたみたいです!」


 なぜか誇らしげにメルーナは笑みを浮かべる。

 と、その時、バンダナのルカがさりげなくアイラに近づき、耳打ちした。


「姐さん。そのエレシフの町だけど、ちょっとまずいことになってる──」


      ×      ×      ×      ×


 エレシフの町の高い市壁は2割ほどが瓦解し、猛禽のような面をつけた異形の兵に攻め込まれていた。


「おいおい。この嫌な魔力の流れ、どこかで感じたことがあるぜ」

 だが、町を高台から見下ろす、みっつの世界から集められた戦士たちを驚愕させていたのはそのことではない。


「ああ。俺もだ。この風の、覚えがある」

 先ほどまで戦っていたダラルード軍とヴラマンク軍は、今は手を取り合い、魔銀クロム兵たちの猛攻に、町の内外で抗っているようだ。


「あ~あ。嫌な顔見ちゃった。あいつ、ヴァルトロの……」

 と、アイラが天を仰いだ。

 みっつの世界の戦士はそれぞれ、自分たちの仇敵の匂いを、エレシフの町に攻め入る大軍の中から感じ取っていた。


 その時、メルーナがか細い声を上げる。

「か、カノヒト様……」


 メルーナの視線の先、何もない虚空に浮いていたのは、仕立てのいい白シャツと灰色のストライプの襟付きベストに身を包んだ細身の男だ。


 その姿に、戦士たちが構えを取る。だが──、


 男は現れるやいなや、片手で持った本を開き、こう宣言した。

「〈変数操作ヴァリアブル・オペレーション〉──〈再構成フロム・スクラッチ〉」


 瞬間、戦士たちは光に包まれ、その場から姿を消した──。

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