Side:? 真の魔王

「本当に、我が姉の失態……、いかようにもお詫びいたします。カノヒト様」

 紺色の髪のエルフが片膝をつき、カノヒトの前で頭を垂れていた。


 カノヒトは大きくひとつため息をつく。


「フゥ──ッ。……まぁ、いいでしょう。済んだことです。それより、ククク、素晴らしい戦いが見れたではないですか」


「それは……はい。まさか、ダラルード=ダレイルとルカ・ハルメアの猛攻を、ヴラマンクがひとりで押し留めるとは。さすがは賢王、といったところですか」


「ええ。もちろん、眠りに特化した能力がうまくハマったまでのことではありますが。一方、英雄王は……、なんとも筆舌に尽くしがたい。やはり1対1となった際の勝負強さには目を見張るものがありました。それだけに、フハハ、もう少し見ていたかったですねぇ」


「ほ、本当に、申し訳ありません。メルーナのせいで、カノヒト様の計画のお邪魔を……!」


 恐縮するツィーナに対し、カノヒトは笑いかける。

「ツィーナ。もうこれ以上、謝ることは禁じます。──ところで、こんな言葉を知っていますか? “賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ”、と」


「ええと……、はい」

 困惑したようなツィーナを見て、満足げな笑みでカノヒトは続けた。


「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ、これは真実です。ククッ……。しかし、本を読むだけでは“生きた”知識は永遠に得られない……。では、“賢く”生きた経験を得たい場合、あなたならどうしますか?」


「むぅ……。また答えのない質問というやつですか? そうですね、私なら、実際に生きた経験をした者に、話を聞くでしょうか」


「なるほど! それもひとつの手です。……いいですか、覚えておおきなさい、ツィーナ。“生きた”知識は、魂のこもった生の体験からしか得られません。ただの出来事の記録である“書”からは、本来、“生きた”知識は得られないのです。ハハハ! ですが、この場所には──! 幾億というすべての並列世界で起きた出来事があますことなく収められているこの“万書館ばんしょかん”には、魂すら宿るほどの“書”がある──!」


 歪んだ笑みを浮かべながら、両手を広げ、カノヒトは林立する書棚を振り仰ぐ。


「あの──、それが一体?」

 ツィーナはカノヒトの腹を探るように尋ねた。


「ククク……ッ! つまり、私の計画を凌駕し始めたこの状況こそ、これが魂の織りなす群像劇である証! 彼らや、あなたがた姉妹が、魂を持つ存在であることの証左に他なりません! これこそが、“生きた”体験というものです!」


「か、カノヒトさま……!?」

 狂喜する主にツィーナはたじろぐ。


「クハハハハハ……! 計画通りにはいかない──、これぞ、私の求めていた“生きた”体験!! “生きた”知識!」


「……しっ、しかし、せっかくペギランに似せた人形ヒトガタを殺して見せてまで、ヴラマンクの怒りをあおり、殺しあわせたというのに。戦いが終わってしまいました」


 ──と、ツィーナ言葉にカノヒトは途端に平静を取り戻し、告げる。

「バレてしまっては致し方ありません。かくなる上は、計画よりも早いですが、そろそろ魔王ハジャイルにも軍を出して頂きましょう」


「魔王ハジャイルに……? まさか……!」


「ふふふ。──この際です。せっかく起動した“書”をこのまま閉じてしまうのも惜しい。計画通りにいかなかった分の、ハンデをもらいましょう。彼らの世界から、彼らの仇敵も召喚させてもらいましょうか」


 天に届こうかという書棚の森の中で、カノヒトが怪しげに笑った。

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