第五章 魔銀の王

Side:Infinity 1 全員守ってみせる!

 ダラルードはすでに、ひとり絶望的な戦いを繰り広げていた。


「ククッ。なかなかやるではないか。お前がひとりでこの場に来たときは、とんでもない阿呆が来たものだと思ったが」


 薄暗い地下空間に、地表の建物がすっぽりと収まりそうなほど巨大なドーム状の広間があった。“世界書”を祀る聖堂である。

 かがり火に照らされた中央の祭壇に、中肉中背の男が立っていた。

 顔にはいぶされた銀の黒き仮面。楕円と十字の組み合わさったその仮面には、美しい蔓草の模様が透かし彫りにされている。襟を高く立てたマントのせいで、その横顔は判然としなかった。


「よくぞ、余の猛攻に耐えているものだと、褒めてやろう」

 くぐもった声で、魔王ハジャイルは英雄王を称賛する。


 地下空間には、魔王と同じ仮面が何千と浮かんでいた。


「お前の猛攻だと? お前は単に、こいつらの力を借りているだけじゃねぇか」

 卑怯な手合いを前にしたときのように、ダラルードは吐き捨てる。その身に纏った鳳凰の鎧はところどころが砕け、全身から血が滴っていた。


「なるほど、借りているとも言える。だが、いや、違うな? 余はこやつらの力を使ってやっているのだ。こやつらはもはや余の奴隷。それはすなわち、余の力と言ってもいい」


 魔王がうそぶく。

 すると、何千とある仮面のひとつから黒いマントが出現。見えざる体を得たかのようにマントをなびかせ、魔銀クロムの剣を持って石畳の床に降り立った。

 他にも数十の仮面が、銀の剣、弓、槍など、様々な武器を備え、地上へと降り立つ。──その足は見えないが、確かに、床を叩く固い音がした。


「いいや、それはお前の力じゃない」

 ダラルードは魔王の理論を切って捨てる。


「ならば、証明してみせよ! 余はお前に勝てる。こやつらの力を使ってな! 力無き者の理屈など、聞くに値せんわ」


 途端、数十体もの仮面が一斉にダラルードに襲いかかった。

 振り下ろされた剣を聖銀アレクサの大剣で受け止め、突きこまれた槍を左手で掴む。その間に、仮面の剣士の見えざる腹に蹴りを見舞い、叩き飛ばしたところで大剣を振りおろし、槍使いを両断する。

 ──が、遠方からの雷撃に打たれ、痺れたところを矢に襲われた。


「ぐあっ!」

 衝撃で後ずさったところに、さらに十数体の仮面の戦士が、ダラルードに追いすがる。大剣を薙いで跳躍。ほんの少し距離が空くが、焼け石に水に過ぎない。


「クカカ! そやつらすべてが、無限の並行世界から召喚した勇者や魔王たち。いかに英雄と言えども、お前と同等の魂の持ち主がこれだけいては、手も足も出まい」

 魔王は楽しそうにわらっていた。


「地表の建物などただの飾り! ありとあらゆる世界、ありとあらゆる時代のことが書き記された“世界のすべてとすべての世界についての書カロ・カロス・イェッテン・ムル”、この“世界書”こそ、ナハテムの秘蹟、“万書館ばんしょかん”そのもの──!」

 歓喜にむせぶ魔王の手には、銀色に輝く1冊の美しい“書”が握られている。


「ハッ! 調子に乗りやがって」

 姿勢を低くし、追いすがってきたうちの1体を胴薙ぎにした。そのまま返す刀で斬り上げ、さらに1体。上段から剣先を仮面に突き込み、もう1体。


 3体の剣士をたおし、肩で息をする。だが──、


「いつまで、無駄なことを続ける気かね?」

 魔王が楽しそうに問うと、地下空間に浮かんでいた仮面のうちみっつが、新たに見えざる体を得てフロアに降り立った。


「クカカ。この“世界書”にはひとつの大陸を地盤沈下させたほどの“精霊銀アレクシャハイド”が秘められている。……そして、13の国を滅ぼし、その屍の山を築いた大量の廃銀シュトリータから造られた、我が〈支配する魔銀の仮面オーバルクロス〉。このふたつがある限り、余は無敵よ」


「くっ! これじゃキリがねぇ」

 ダラルードの口から、思わず呪詛の声が漏れる。


 瞬間、遠距離より、超常の力による怒涛の炎撃。かすめただけで鳳凰の鎧が溶け消える炎弾の猛襲を躱しながら、ぐるりと外周を走る。

 と、ダラルードは蹴りの力で強引に方向を転換、炎術使いへと迫った。


「いい加減、無駄だと気づいたらどうだね?」

 炎術使いを斬り伏せたダラルードを見下ろす魔王の声は、呆れているようにも聞こえる。


 だが、

「いいや、無駄じゃねぇ!」


 ダラルードが宣言した、その時──、魔王を背後から闇の槍が襲った。


「無事か、陛下!」

 地下堂へと続く階段の上から現れたのはダラルードの仲間、ルカ・ハルメアだ。さらにその後ろにも、クラッサスや、別の世界から来たという戦士たちの姿も見える。もうひとりのルカ、アテネイ、そしてルイだ。


「ほう。我が魔銀兵団クロム・ハーティドを退けてきたというのか」

 闇の槍をものともせずに引き抜き、ハジャイルは戦士たちのほうに右手をかざす。


「ここに浮かんでいる仮面すべてが敵だ! 気をつけろ!」

 ダラルードが叫んだ瞬間、新たな仮面の戦士が薄暗い堂内に降り立った。


      ×      ×      ×      ×


「おい。あんた、オレと同じ名前だってな」

 義賊、ルカ・イージスに声をかけたのは、降魔術ごうまじゅつを操るという小柄な青年ルカ・ハルメアだった。


「ん? そういえば、お前も、ルカっていうんだっけ」

 アテネイとルイを背後に守り、ルカ・イージスは大鎌を振るう。


「あぁ。実は魔力のほうはまだ少し余裕があるが、体力がそろそろ危ない。あんたらと違って、切った張ったは専門じゃないんだ」


「なるほど。それで? おれにどうしてほしいんだい?」

 クラッサスはすでに単騎でダラルードの元まで駆け寄り、互いに背を預けながら戦っている。今ここで、近接の戦闘を得意としているのは自分しかいない。アテネイたちと一緒に守ってくれと、そう言いたいのだろうか。


 だが、ルカ・ハルメアの要求は予想だにしないものだった。

「……聖銀アレクサを、翼の形に出来るか? 骨格だけでいい。ついでに、その大層な大鎌にも、聖銀アレクサを纏わせてみろ」


「翼? 何を言い出すかと思ったら……こんな感じかな?」

 言われた通り、青年は聖銀アレクサの翼を広げる。不思議に思うルカに、降魔師は笑ってみせた。


「それでいい。──あんたを見たときから、オレの〈闇が支配する絶対の静謐ダーク・トランキュリティ〉がどうにもうずく。こいつは気まぐれで、陛下の剣にもまだ付与エンチャント出来たことはなかったんだが」


 瞬間、降魔師が背負っていた闇の翼が膨れ上がり、ルカに襲い掛かった。

「うわわっ!」


 慌てて、ルカは大鎌を構える。と──、

 ルカが背に広げた聖銀アレクサの翼には、暗黒の皮膜が生じていた。愛用の黒流石の大鎌からは闇そのものが立ちのぼっている。


「なぜかあんたとは相性がいいみたいだ。そいつを使って、オレの代わりに戦ってくれ。そいつの操作を預けられれば、オレは新たな降魔術の詠唱に専念できる」


 ようやく、降魔師の思惑が理解できた。


 刹那、仮面の槍使いが3体、義賊の青年を串刺しにせんと迫る。

「なるほどね。お前、なかなかいい技持ってんじゃん!」

 ルカがくるりと宙を舞うと、3本の槍は何もない床に穴を穿った。


 急降下し、鎌を振るう。すると、槍使いたちのマントは虚空に吸い込まれるようにして消え、銀の仮面がからんと音を立てて転がった。先ほどまでより、鎌の切れ味が数段グレードアップしている。


「4分。時間を稼げるか。このままじゃ埒があかねぇ。とっておきの召喚術で、魔王を直接攻撃する」


「この状況で4分? お前、なかなか無茶言ってくれるよな」

 この世界に来てから、ルカの持つ神石はその効力を発揮しなくなっていた。時の力を操る神石を使っての高速機動がルカの持ち味だったが──、今はそれを封印されている。


 だが、

「ま、なんとかなるだろ。時間を稼ぐのは得意なんでね」

 ルカはそう呟くと、ニッと歯を見せて笑った。


 と、無数の仮面がルカたちを取り囲む。


「ふっ!」

 小さく息を吐き、床すれすれを飛翔。すり抜けざま、大鎌を振るい、見えざる戦士たちを切り裂いていく。


「やるな、あんた」

 小柄な降魔師が感嘆の声を上げた。


「へへっ。おれの神石は元からあんまり言うこと聞かないからさ。足手まといにならないよう、これでも結構鍛えてるんだ」


 宙に浮かび、大鎌を回して構える。

「さぁ、来い! 黒き十字の名にかけて全員守ってみせる!」

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