Side:G&S ある茶会

 ひとりの紳士が木漏れ日差す針葉樹の森で、紅茶をたしなんでいた。


「おや、お客人かな」

「……あなた、どうやってその茶器……いや、紅茶を?」

 不審そうに聞くのは紺色の髪をしたエルフ、ツィーナである。


「むろん。茶器やテーブルは、あなたに教えられた通り、この聖銀アレクサのペンダントで生み出したもの。茶葉や砂糖は、たまたま、先日街で見て購入していたものが懐にあったまで」

 整った口ひげをピンと弾き、紳士が答える。円筒形のハットをかぶり、黒いマントをなびかせていた。左目の眼窩がんかには片眼鏡をはめている。背の高い引き締まった体を優雅に椅子の背にもたれさせ、紳士はひとくち、紅茶を口に含む。


「……王でもないあなたが、それほどまでに聖銀アレクサを使いこなせるとは思ってもみませんでした。使い慣れた剣を生み出すならばまだしも」


「我輩にとって茶器は剣と同じく、我が心を整えるものであるからな」

 紳士は涼しげな顔で答える。その受け答えの意味は不明だったが──、


「それより、私が聞きたいのは他にあります。なぜ、その紅茶はのでしょう……?」


貴女あなたが、聖銀アレクサは持ち主の精神に呼応して変わると教えてくれたのではありませんでしたかな? 水は近くの沢から汲んだもの。湯を沸かさんと願い、ポットに力を込めたら──、すなわち熱し、湯が」


「呆れた……。そのペンダントは大した力を持たないというのに。それほど多様な変形を可能にするほど、精神を高められるとは。……よほど、紅茶がお好きなようですね」

 と、ツィーナの後ろから、紳士と同じく背の高い、引き締まった体をした男が顔を見せる。緑がかった癖のある金髪の、どこか気弱そうな笑顔を浮かべた青年である。その傍らには青く透けるような銀の縮れ髪をした小柄な少女もいた。


「いい匂いですねぇ」

 青年が顔をほころばせた。


 紳士がツィーナに目配せをする。

「……ところで、お客人のことは紹介していただけるのですかな?」


「失礼。こちら、あなたのお相手にお呼びしたサングリアル王国の大献酌だいけんしゃく、ペギラン・ローザン様。お隣は同じくサングリアル王国はロシュシュアール家の姫君、アテナイス様です」


「これはこれは。我輩はケルカ王家に仕えし名門クレイスズ家の現当主、クラッサスと申す者。どうぞ、おかけになるといい。クレイスズ家の伝統にのっとった作法で、おもてなしさせていただきましょう」

 クラッサスと名乗った紳士がそう言うと、新たにみっつの椅子が出現した。


 青年──ペギランは新たな椅子が地面(正確にはテーブルの脚)から生えるのを見て驚いた様子だったが、恐る恐る座った。アテナイスと呼ばれた少女はいつの間にか、ちょこんと席についている。

「で、では。ご招待にあずかります。ですが、クレイ……スズ? 様のように格式あるお茶会には、その初めて参加するものでして。失礼がないかどうか……」


 不安そうなペギランにクラッサスが微笑みかけた。

「我輩のことはクラッサスとお呼び下さって構いません。なに、気にすることはない。作法など、国によっても家によっても変わるもの。どのような国の方であろうと、もてなしてみせるのが我がクレイスズ家の伝統でありますからな」


「なるほど。それでは、遠慮なく、勉強させていただきます。お恥ずかしい話、紅茶は最近ようやく私の国に入り始めたばかりでして。このような貴重な体験をさせていただき、光栄です」


「ハッハッハ! そうでしたか。では、まずはひとくち、我輩の自慢の紅茶を飲んでいただきましょう! ──おっと、失礼。レディ。熱ければ、こちらの受け皿ソーサーに注いで飲んでも良いのですよ」

 熱さのあまり、なかなかひとくちめが進まないアテナイスに対し、クラッサスは優しく教える。


 と。


「……おいしい!」

 ペギランが驚いたような顔をした。


「わ、私の国で淹れたものとはまったく違います! あ、あの、失礼ですが、おいしく淹れる秘訣をお伺いしてもよろしいでしょうか」


「ほう、さすが! 違いが分かりますか! もちろん、お教えいたそうとも。茶葉にはそれぞれ適した淹れ方や抽出時間があるのです。ペギラン卿の生国ではフルリーフとブロークン、どちらが主に出回っておるのですかな?」


「あの……、すみません。違いが良く分かりませんで……」


「茶葉には葉の形をそのまま残して発酵させたフルリーフと、刻んでから発酵させたブロークンの、主に2種類がありましてな。フルリーフは味がまろやかで香りがよく、主にストレートティーなどで楽しみます。ブロークンは味と香りが強く出るが、渋みも多少あるのでミルクティー向きでしょうな」


「な、なるほど……! お、おそらくはフルリーフでしょうか。こ、今度ちゃんと淹れた後の茶葉を確認してみます!」


「なに、こう覚えておかれるとよろしい。フルリーフでもブロークンでも、茶葉がしっかり開いたら飲みごろです」


 ふたりの鼻息荒いやり取りを、少し離れたところに椅子を引いて座っているツィーナと、我関せずと言った様子で黙々と紅茶を飲むアテナイスが生暖かく見守っている。


「最後にカップに残った砂糖をスプーンですくって食べるのが絶品でしてな……!」


「わ、分かります! なかなか、質の良い砂糖が入ってこないので、滅多に味わえませんが。おいしいですよねぇ~、あれ!」


 ツィーナは無言でカップを傾けた。


 風が針葉樹の森を渡る──。

 アンティエンセに、厳しい冬が訪れようとしていた。

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