Side:G ルカ・ハルメア(2)

 英雄王ダラルード=ダレイルが率いる軍と、50を超す巨大な遠投石器マンゴネルがエレシフの高い壁を包囲していた。


 降魔師ごうましルカ・ハルメアは彼の主であり仲間であるダラルードを見て、ひとつ密かにため息をつく。

「ったく。魔王と言っても、災厄が形をとって現われたかのような、ゾディヅのような魔族じゃなくて良かったぜ。あくまで人間の王がそのような異名を取っているだけのことなら、オレと陛下で苦も無く討伐できるだろう」


 と、ルカの元に、丸太を載せた台車が運ばれてきた。丸太の他に、三角屋根の骨組みだけを取り出したような木枠もある。運んできたのは筋骨隆々の男たちだ。この世界にはエルフしかいないのかとも思っていたが、どうやらルカたちと同じ人間のほうが数は多いらしい。


 魔王ヴラマンクと彼の率いるエルフの王国アンティエンセは、長らく人間たちを奴隷のように扱っていた。劣悪な環境に置かれ過当な労役を課せられた人間たちは重い病を患い、多くが30歳まで生きることなく死んでいくのだという。


 そんななか、メルーナを始めとする一部のエルフたちがヴラマンクの支配より離反、長い時間をかけて反乱軍を結成したのだ……と、そう聞かされていた。


「陛下! これで最後だ! よろしく頼む!」


 ルカが叫ぶと、全軍の先頭で風を切って歩いていた炎色の髪の英雄王は、美しく虹色にきらめく銀の大剣をふるった。

 大剣の先から、銀のつぶてが飛ぶ。つぶてはひとりでに変形。丸太は銀の鎖で三角屋根につりさげられ、その先頭には荒ぶる銀の牡羊おひつじの頭が出現した。何もなかった三角屋根の骨組みには銀の板がかれている。──破城槌はじょうついである。


 ルカは彼の主の持つ奇跡の剣の力を使って、即席の攻城兵器をいくつも造り上げていた。継ぎ目にあたる主要な部分はすべて聖銀アレクサで造られているため、即席ではあるが強度に申し分はない。


「ルカ! 見てみろ! あれが、魔王ヴラマンクじゃないか?」


 エレシフの高い壁の上に、ひとつ凛と立つ人影が見える。小さいながら堂々とした姿は、ひと目で他の兵員とは違うと分かる風格を漂わせていた。遠目で分かるのは豊かな深みのある金髪だけだが、メルーナに聞いていた風貌とも合致する。何より、ルカの勘がそうと告げていた。


「ヴラマンクとかいうやつ、思っていたより随分と小柄だな……」

 ダラルードより、拳ひとつ分くらい小さい。


(大体、オレと同じくらいか……)

 そう考えたところで、ルカは身長について考えるのをやめた。身長の話はあまり好きではない。


「陛下、一気にたたみかける。さっきも言った通り、オレはこれから詠唱に入るから、ゆっくり進軍していてくれ」

 わざわざ乱戦が始まってから、時間のかかる降魔術ごうまじゅつの詠唱を始める必要もあるまい。ルカは体内を巡る魔脈まみゃくに意識を行き渡らせる。


 と、壁の上を歩くヴラマンクの肩口が何やら光ったような気がした。陽の反射だろうか。だが、嫌な予感がして、ダラルードのほうを振り向いた。

 虚空を、光の線が横切っている。

(線──?)


「陛下! 糸だ!」

 ルカが叫んだのと、ダラルードが剣を振り上げたのはほぼ同時だった。


 ダラルードは大剣を横薙ぎに払った。

 今まさに英雄王の胸を貫かんと伸びていた銀の糸は四分五裂。だが──、


「陛下! それで終わりじゃない!」

 いつつほどに分かたれた糸は、複雑な軌道を描き、剣を避けながらダラルードを急襲。ショルダーガードを弾き飛ばした。


「やってくれるじゃねえか!」

 避けきれず、何か所か貫かれたのだろう。ルカの位置から見えるほどの鮮血が舞った。ダラルードは剣を振るい、今度こそ銀の糸を切断。しかし、なおも糸はダラルードの命を奪わんと迫る。


「ちっ!」

 大剣をかざし、目を狙った糸を防ぐ。銀の糸が聖銀アレクサの大剣すら貫くかと思えた瞬間、糸は勢いよく大剣に吸い込まれていった。

 ──ぷちっと音がしたと錯覚するほど、あっさりヴラマンクは糸を放棄。エレシフの外壁と英雄王を結んでいた光の糸は中央あたりで切れ、半分はヴラマンクのほうへ、もう半分はダラルードの剣の中へと消えていった。


(さすが、魔王と呼ばれているだけあって、聖銀アレクサを使いこなしてやがる)

 少々、ナメていたかも知れないと、ルカは思う。

 だが、すでに詠唱を始めていた。──計画に変更はない。


 ダラルードが、全軍に号令を発した。

 遠投石器マンゴネルから一斉に巨石が放たれ、破城槌を持つ男たちが四方の市門に向けて進軍を開始する。

 エレシフの町の外周は大の大人が石を投げてやっと届くかという堀で囲まれていた。それを渡れるほどの長大で丈夫な桁橋けたばしでも、聖銀アレクサなら軽く──人の手でも敷設できるものが作れるのではないかと、提案したのはルカだった。男たちの担ぐ桁橋が次々と堀に渡され、遠投石器マンゴネルが空けた壁の穴へと道を作る。

 総力戦である。


      ×      ×      ×      ×


 進軍開始から数分。ヴラマンクが伸ばした糸によって10基ほどの遠投石器マンゴネルがすでに破壊されていた。糸は先端が鎌のような形状に変化、聖銀アレクサで覆われていない支柱を切断していく。

 壁の内側からも遠投石器マンゴネルで応戦してきており、火のついた巨大な油壺が次々と投げ込まれている。


「陛下! 行くぞ!」

 早く突っ込みたくてうずうずしていたであろう彼の主に、ルカは声をかけた。


 と、ルカの頭上に、白と黒のマーブル模様の不可思議な球体が現れる。ひと目で自然物でないと分かる球体は、弾け、空間にある形を描いていく。


(予備の魔術式は省いたから、多少時間はかかっちまったが)


虚無より生ずる混沌の暗黒竜ディサルモニア・ムンディ

 並の降魔師ごうましなら、顕現のために姿を魔力で練り上げるだけでも1日や2日かかるような魔族を、ルカはたった数分で無から召喚せしめた。

 巨大な──あまりにも巨大な暗黒の竜である。

 てらてらと輝く黒ずんだ紫の鱗を持ち、樹齢千年の大木を思わせるどっしりと太い4本の脚で大地に屹立きつりつする。4枚の雄々しき翼で、その巨体は悠々と宙に浮かび上がった。

 その背に乗ったルカは低空を滑空し、ダラルードに手を伸ばす。


「待ってたぜ!」

 彼の王は、ルカに手を取られながら嬉しそうに笑った。

 城壁相手の戦いには飽き飽きしていたころだろう。


 エレシフの街を囲む攻城兵器の数々は、あくまでも敵の防備を分散させるためのおとり遠投石器マンゴネル幾投擲いくとうてきよりも凶悪な本命の一矢は、今、竜の背にある。


(ヴラマンクが自ら前線に立って、指揮を下すタイプで良かったぜ)

 後衛で指示だけ飛ばすタイプの指揮官であったなら、広い町中をヴラマンクを探すために掃討し尽くさなければならないところだった。


 竜は英雄を乗せて飛翔。

 眼下に、豊かな深みのある金髪が見える。


 一瞬、目があった気がした。

 いや、違う。魔王はルカのことなど一顧だにしてはいない。彼が見ていたのはただひたすらに、英雄王ダラルード=ダレイルただひとり。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る