Side:S ヴラマンク・プレシー(4)
「613番! 靴屋のインマヌエルです」
大柄で屈強なエルフがヴラマンクの前に進み出る。ヴラマンクが
「よし、次」
と、議事堂の一室で作業をしていたヴラマンクの元に、白ひげ白髪の老エルフ・ニーミャが現れる。
「順調ですかな?」
「……あぁ。金属でしなる弓を作るなど、夢のまた夢の技術だと思っていたが。この国ではいとも簡単に出来てしまうから、驚いていたところだ。その割に、弓など、俺の国と大差ない作りなのが解せぬところだが」
そう言って、ヴラマンクは
ヴラマンクの治めるサングリアル王国で一般的に使われている弓は、1本の木をしならせて弦を張っただけの丸木弓であり、弓の最も単純な形だ。だが、ヴラマンクは大陸の商人に1度だけ、大陸で主流の弓を見せてもらったことがあった。
ふたつの弓を作りだし、ニーミャに比べさせる。
「これは……確かに形が違いますが、どのように変わるのですか?」
「こちらの単純な丸木弓の
ヴラマンクは矢のつがえられていない弓を引いた。
「
と、話を聞いていたニーミャが穏やかに笑った。
「そもそも、
「おい、崩れるだと? 聞いてないぞ」
「申し訳ありませぬ、ヴラマンク様。あなたほど強い魂の持ち主が作られた武器であれば、我らのように何年も変わり映えのせぬ生活を送っている者が作るより、何十倍も長持ちいたします。今回の侵攻を食い止めるには充分と思い、話してはおりませなんだ」
「なるほど。そういうことか……」
おぼろげながら、自分がこの国に連れてこられた理由が見えてきた。戦うすべを知らず、また満足に戦う武器を生み出せないこの国の者たちを、魔王ダラルードより救うためだろう。だが──、
「メルーナは、まだ見つかっていないのか?」
「はい。やはり、この街の者は誰も、メルーナという名前にも、ヴラマンク様がおっしゃった人相の娘にも、心当たりはないそうです」
ヴラマンクをこの国に連れてきたメルーナは、ヴラマンクがニーミャと行動を始めてから、姿を見せていない。
「本当に、魔王の侵攻を食い止めることが出来ましょうか」
ニーミャが不安げに問うた。
ヴラマンクは答える代わりに、ひとつ質問を返す。
「──俺がなぜ、街の者に弓を配っていると思う?」
「さて、それは……。申し訳ありませぬ、戦に関しては、とんと知らず……」
困惑するニーミャに、ヴラマンクは淡々と告げた。
「弓こそが、人を殺すのに、もっとも適した武器だからだ」
「……弓、なのですか? 剣や、槍などではなく?」
ニーミャは垂れた目を見開き、多少、驚いたような顔をする。
「あぁ、弓だ。要は飛び道具だな。こちらは被害を受けることなく、一方的に相手を蹂躙できる。だが──、これは俺の意見だが、弓というのはあくまで防備のための武器だと思う」
「殺すのに適しているのに、攻めには向かぬ、と?」
「命中率が悪いからな。狙って
それからふと、ヴラマンクの精神は思索の海に沈む。
(攻撃に使うとしたら、奇襲か? 気づかれず忍び寄り、迎撃態勢が整うまでの間に出来るだけ敵の数を減らす。だが、結局、こちらから近づくということは、反撃されずに攻撃できるという弓の利点を殺すことに繋がる。ならば、攻撃した後、速やかに離脱できればいいのか? 馬に乗りながら弓を扱えれば、それに越したことはないんだが……)
農耕国であるサングリアルにとって、馬を操るのは騎士が10年以上の時をかけて習得する特殊技術でもある。それでようやく、槍や長剣を片手に持って、突進できるといった程度。馬上で両手を放し弓を操れる兵を量産するなど、どれほどの訓練が必要か、想像もつかない。
「あ、あの? ヴラマンク様?」
ニーミャが遠慮がちに声をかけた。
「あぁ、悪い。少し、考え事をしていた」
「では、防備に適した弓兵で街を守れば、魔王の軍を追い帰せるということでしょうか?」
「矢が尽きぬ間はな。だが、そう簡単な話じゃない。この街の高い壁と、
にべもないヴラマンクの答えに、ニーミャが絶句する。
「なんと……」
「打って出なければ、ならないだろうな……」
苦々しい顔で、ヴラマンクは呟いた。
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