Side:Infinity 3 聖銀の勇者たち
崩れ、晴れ渡る青空と直結した地下聖堂に、賢王の声が響く。
「アテネイ! 守りはユナが代わってくれる! みなに“
王の言葉にひとつ頷きを返し、青白く透き通った髪の少女は白銀の風を巻き起こした。風が戦士たちに、尋常ならざる力を与えていく。
「ぐ……おのれ……!」
仮面の男──魔王ハジャイルが、瓦礫の中からよろめきながら立ち上がる。魔王が手をかざすと、千近い仮面が再び浮かび上がった。
数体の戦士が降り立つが、魔王の操る
「ねぇ、あなた。──王様から聞いたわ。その剣で熱風を起こせるって」
ブラック・クロスの美女アイラがルイに尋ねた。
「ええ。もっとも、ただ風を起こせるだけで、王さまのように操ることは出来ないんです。ここで放ったら、仲間もみな巻き添えにしてしまう」
「うふふ。ちょうどいいわ」
「え?」
楽しそうに笑うアイラに、ルイは虚を突かれる。
「私のとっておきは、砂漠に荒れ狂う暴風、“
「わ、分かりました」
ルイが“
「セト。お願い。あなたなら、魔王やその配下の仮面だけに攻撃できるでしょ?」
再び、目を開けたアイラの瞳は黄色く輝いていた。セトに体を明け渡したのだ。
「アイラさん! 行きます!」
「心得た」
ルイの言葉に返答したのはアイラではない。
アイラの体に降臨せし神は、黒流石の2丁拳銃を縦にふたつ並べた。瞬間、黒流石が溶けてその形を変え──、長い銃身を持つライフル銃へと姿を変える。
ルイが熱波を放ったと同時、ライフルから1発の砂の弾丸が放たれた。
弾丸は魔王の足元付近に着弾。
そこに、巨大な竜巻を生む。
「ぐ、ぬ! こ、これは……!」
竜巻は熱波を巻き込み、灼熱の属性を帯びた。
「ほう。さすがは過酷な砂漠を照らす太陽の力。砂が溶け、
アイラの声で、セトが感嘆の言葉を漏らす。
風がやみ、傷つけられた仮面の多くは、力を失い地に落ちていった。
「行くぞ、ダラルード!」
「あぁ! 言われなくてもな」
膝をつく魔王の元に走り込んでいったのは、ふたりの王。
「おのれ……! 来い、〈
魔王が命ずると、
数体の仮面の戦士を呼び寄せ、3人の王による激闘が始まる。
──戦いの様子を、降魔師はやや離れたところから見ていた。
降魔師は賢王とともに合流していた騎士に声をかける。
「おい! ペギランとか言ったか? 〈
「は、はい? ……ええと、よく手入れしているので、おそらく」
たった今瓦礫から這い出てきたばかりの心優しき騎士は、日課の武具の手入れを思い出す。4大貴族家のひとつであるペギランの家には、鋼鉄の
「さっきは肉体を生成したところで詠唱を中断させられちまったが、今の騒ぎに乗じてきっちり召喚しておいた。乗りこなしてみろ、紅蓮の獅子を」
瞬間、炎が地面から立ちのぼり、魔界と通じる門となる。炎の中から現れたのは灼熱の獅子であった。
「
「ひぇぇ……」
気弱な青年は
「魔王に一撃食らわせたら、その場を離れろ。遠隔で爆殺してやる」
「わ、分かりました!」
ペギランは更に、
手綱を引くと、獅子はペギランの意のままに走った。
しなやかに走る猛獣は馬とはかなり勝手が違ったが──、太ももの力でしっかりと上体を固定し、魔王の心臓、ただ一点を目がけて、馬上槍を構える。
「陛下! ダラルードさま! 今お助けします!」
ペギランが叫ぶと同時、二王は道を開けるように跳び退る。
「はあああああっ!」
突き出した馬上槍が魔王の心臓を貫いたかに見えた寸前──、魔王は両腕を交差して心臓を守った。
ペギランは槍を捨てて後ろへと跳躍。獅子の上から離脱する。
だが──、
「しまった」
思ったほどには、距離が取れなかった。
地面に尻をつき、身を固くするペギランの元に、一陣の黒い風が吹き抜ける。
「え? え?」
風の正体は、義賊の青年、ルカ・イージスであった。
ルカはペギランを抱えて舞い上がる。
「あぶなかったね、お兄さん!」
そう、ルカが笑いかけた瞬間、魔王に馬乗りになっていた〈
直撃を受けた仮面の戦士たちはすべて蒸発した。
すぐそばにいたヴラマンクは自分の体をすっぽりと隠せるような巨大な楯を作り、ダラルードとともに難を逃れている。
爆風が収まると、魔王の体は静かに燃えあがっていた。
「や、やりましたかね?」
ペギランが気の抜けた声を出す。
しかし──、魔王の体を守るように、いくつもの仮面が浮遊。組み合わさり、ひとつの球体となった。
「まずい!」
ヴラマンクの焦った声が響き渡る。
球体は急激に錆びて朽ちゆき、内部から膨大な光量を放った。
「みんな、伏せ──」
瞬間、元は“
「クカカ。理論だけはあったが、これほどの威力とは。〈
ゆらりと立ち上がった魔王が楽しげに
丘の上にはおよそ形のあるものは何ひとつ残っていない。
ルカ・イージスは闇の翼を最大限に広げ、仲間たちを守っていた。だが、荒れ狂う力の余波が翼を突き破り、無傷の者はひとりとしていない。
一方、苦しそうに息をする3世界の戦士たちを見下ろす魔王の体には傷ひとつついてはいなかった。
「な……、なぜ。あれほどの高熱を受けて、無傷でいられる?」
愛剣エルシャフィエを地面に刺し、膝立ちのマクィーユがハジャイルに問う。
「クカカ。この“世界書”には、ありとあらゆる世界、ありとあらゆる時代のことが書き記されている。ならば当然、この世界の、ほんの少し前の出来事も書き記されているのではないかね?」
ペギランが、怯えたように自分の体をかき抱いた。
「じゃ、じゃあ、傷つくたび、過去の自分の体と入れ替わっていると? そ、それって無敵ってことじゃないですか」
その時──、
「おい、なんでわざわざ俺たちに自分の秘密を教えるんだ?」
とっさに
「言ってやるな。──怖いのさ、俺たちが。自分は強い、無敵だと告げれば、俺たちが諦めてくれるかも知れないからな」
ヴラマンクもまた、
「だっ、黙れっ!」
先ほどまでの余裕とは一転、魔王は苛立った声を発し、
──白と黒の銀の武具が、激しい剣戟を奏ではじめる。
「紅茶のおじさん。おーさまを、助けてあげて。オレの全部の力をあげるから」
祈るように王の戦いを見つめていた少女アテネイは、傍らで荒い息をする長身の紳士に声をかけた。
「……
襟を正し、クラッサスは少女の前で
クラッサスが小さなレディに右手を差し出すと、ところどころ細かい傷を負った白く美しい手が、その上に重ねられた。マクィーユだ。
ふたりは頷きかわし、少女を見る。少女もまたこくんと頷き、全身に、戦う力を司る
「“
差し出されたふたりの手を、アテネイは小さな両手でぎゅっとつかんだ。
その手を中心に、まばゆいばかりに白く輝く風が吹きあがる。
アテネイはふっと気を失い、倒れこんだ。──小さな体を抱きとめ、紳士は優しく横たえる。
「行けますかな?」
「ええ。わたしはいつでも」
マクィーユは“退魔の聖剣エルシャフィエ”を構えた。
「過去と入れ替わっておるなら、入れ替わる隙すら与えず倒すまで」
瞬間、ふたりは走り出す。
「エル。お願い」
二王の間を縫うように走り、マクィーユはエルシャフィエを一閃、魔王の胴を両断した。
マクィーユの剣は無駄がなさすぎるゆえに、クラッサスの
クラッサスもまた、魔王の正面に走り込んだ。
二王からは紳士の姿はあまりの
「ぐ、あっ! がっ!」
両脚と離れ離れになった魔王の上半身が、ゆっくりと倒れ込む。
と、
「また、さっきのやつだ!」
ヴラマンクが叫んだ。
魔王の体があったところに、先ほどの錆ゆく球体が浮かんでいる。
「マキ殿!」
攻撃が終わり、筋肉の硬直によりしばし動けないでいたマキの元に、クラッサスが超スピードで走り込んだ。
再びの閃光。
先ほどよりはやや小規模ながら、直撃を受けたクラッサスはとっさに盾に変化させた
「おい」
その場に立っていたのは、他より多く
「なぜ、体ごと過去の自分と入れ替わっているのに、意識を保てるのだと思う?」
「さぁ? だが、気づいていることもあるぜ。さっきから、あいつはあの仮面をかばいながら戦っている」
ヴラマンクの問いに、ダラルードが答えるでもなく答える。
「よっぽど見られたくない顔をしているのか、もしくは──」
「あの仮面が弱点、ってとこか!」
二王は頷き交わした。
「いけるか?」
「もちろん」
と、そこに割り込む声があった。
「動けるのは、ふたりだけじゃないよ。おれだって、まだ戦える」
「あぁ。じゃあ、3人で行くぞ」
英雄王の言葉に、3人が視線を交わしあった。
──ダラルードが大剣を振りおろし、魔王と鍔迫り合う。魔王はダラルードの剣を弾き飛ばし、ヴラマンクが突き込んだ槍を地面に叩きつけた。瞬間、背後から現れた大鎌の一撃は、躱すでもなくそのまま回転して長剣を薙ぎ、持ち主ルカ・イージスごと弾き飛ばす。
だが、必殺の攻撃を3度も弾き、さすがに筋肉が硬直したのか──、長剣を構え直すまでにほんのわずかな隙が出来た。
その隙を逃さず、3人の勇者が最後の一撃を繰り出した。
鎌、槍、大剣が同時に、魔王の仮面へと迫る。ハジャイルは眼前に長剣をかかげ、仮面を守った。よっつの刃が交差し、耳障りな音を奏でる。
「「「おおおおおっ!」」」
3人の雄たけびがひとつに重なっていた。
勇者たちの振り絞った最後の力は、長剣ごと魔王の仮面を弾き飛ばした──!
「はぁっ、はぁっ」
荒い息遣いは、誰のものとも分からない。
──と、仮面を失った魔王の顔を覗き込み、3人は驚愕する。
「女……?」
「エルフか?」
「この子は、確か……」
その時、元は“
「ツィーナを、私の使い魔を殺さないでください……」
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