第三章 戦いの果てに

Side:G&S ある茶会(2)

 フルリーフの紅茶をすすりながら、クラッサス=クレイスズは悔恨の念をにじませる。

「本当は焼き菓子なども用意できればよかったのだが──」


「いえ、本当に。お招きいただいて、とても楽しい時間を過ごせました」

 そうクラッサスを慰めるのは、サングリアル王国の大献酌だいけんしゃく、ペギラン・ローザンである。むろん、この男に世辞という概念はない。慰めでもあり、本心でもあるのだろう。


「──どうしても、やるというのかね? ペギラン卿」

 と、綺麗に整えた口ひげをぴんと弾きながら、クラッサスが問う。


「ええ。ツィーナさんに、あのような王の姿を見せられては、こうしているわけには参りません」


「しかし……。我輩は貴公のことを友だと思っている。友同士、戦う理由などないのではないかね?」

 その声は悲嘆に暮れていた。


「私も、クラッサス卿のことは友人だと思っています。しかし──」


「では、我輩たちに敵対する理由はない! ──違うかね?」


 すると、ペギランはかぶりを振って立ち上がった。

「私の使命は、王をお守りすること。王を助けに行けるのがどちらか一方のみだというのなら、私は例え友でも──クラッサス卿であろうとも、退けて参ります」


「むぅ……!」

 ふたりはツィーナに渡された聖銀アレクサのペンダントを首からかけている。だが、そのペンダントにはツィーナによってある呪いが施されていた。どちらか一方が死なぬ限り、ふたりのいる森からは離れられぬ呪いである。もし、みだりに森から出ようとしたら、ペンダントはたちまち刃に変じ、心の臓を貫くのだという。


「ツィーナ嬢! なぜ我輩たちを殺し合わせようとするのだ……! このように義に厚く、心根の真っ直ぐな若者を、殺さねばならぬなど……」

 ペンダントはいかに外そうとしても後から後から鎖が再生され、どうあっても首から外すことは出来なかった。


「ふふ。クラッサス卿、確かにあなたの引き締まった肉体、かなりの実力者とお見受けします。しかし、勝負は始まってみなければ分からない……!」


「むぅ。……むろん、貴公を楽に殺せるなどとは思ってはいない。だが、今の物言い、確かに我輩が自惚れていたようだ。とはいえ──、」


「クラッサス卿!」

 と、ペギランが大きな声を出した。


「騎士の、貴族のとは王に忠義を尽くすこと。違いますか?」


「!」

 クラッサスの目が驚愕に見開かれる。


「ふぅ……」

 それからしばしの間、クラッサスは深く目を閉じ、天を仰いでいた。紅茶の最後のひと口をゆっくりと飲み干し、優雅に立ち上がる。


「よかろう──。貴族が名誉のために戦うというのなら、その勝負、受けねばなるまい!」

 立ち上がると同時、テーブルに変じていた聖銀アレクサはペンダントに吸い込まれるようにして消え、代わりにマントと曲刀へと変わる。


「ありがとうございます、クラッサス卿。──できるならば、違う形でお会いしたかったものです」


 漢たちは、泣いていた──。

 その目からは滂沱ぼうだの涙があふれていた。


「言うな、ペギラン卿。いや──、友よ」


「そうですね……。これも、また運命さだめ──」

 そう嘆くペギランの手には、使い慣れた長剣が握られている。


「……アテネイ嬢の、助力を借りても良いのだぞ?」


「愚問です。確かに、私はあなたと比べればまだまだ若輩者ですが、漢と漢の勝負に、誰かの手を借りるような軟弱者ではありません!」


 クラッサスには分かっていた。ペギランの実力は自分と比べ、2枚も3枚も劣ることを。

 だが、彼はペギランの覚悟を見てとり、左手にマントを、右手には曲刀を、それぞれ構え、厳かに宣言した。

「すまなかった、ペギラン卿。──では、我輩の全霊をもって、お相手いたす!」


「ええ、では──」


 漢たちの熱い涙は今もとめどなく流れ続けている。

 針葉樹の森に、大地を蹴る乾いた音が響く。


「「いざ、尋常に──勝負!!!」」

 裂帛れっぱくの気合いとともに、金属同士のかち合う音が弾けた。

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