Side:G 英雄王ダラルード=ダレイル
「へ、陛下……! か、風だ。 風に気をつけろ……!」
横たわるルカの声は、今にも気絶しておかしくなさそうだ。
「風?」
「さっきの行き止まり、風の通りの悪いところに誘い込まれたんだ。甘い匂いがしたら、これで散らせ……っ!」
そう言ってルカは力を振り絞り、ダラルードの剣に新たな魔族を
〈
ダラルードにとっても使い慣れた、つむじ風のような中級魔族である。
と、ヴラマンクが銀の四肢でバックステップ。右手に集めた薄紫色に光る球体を飛ばした。
ダラルードが風を纏った剣で受けると、球体は霧消する。かすかに、甘い香りがした。──ルカが言っていた眠りの風というやつだろう。
「よし、いけそうだ! ありがとな!」
振り返らず、告げる。だいぶ魔力を消耗しているようだが、この風が維持されている限り、ルカは無事、ということだ。
魔王の指先が光る。
(糸か!)
瞬間、目に見えぬ斬撃。大剣を盾にしてかばうが、両腕に蹴爪にえぐられたような傷が走った。
「ったく。あんまり、ごてごてしたのは趣味じゃないんだが……」
ダラルードはひとつ息を吐き、あるイメージを脳裏に描いた。
「
叫ぶと同時、
羽ばたく翼のごとく手に持った大剣から銀が噴き出し、ダラルードの全身を覆っていった。
金属でありながら、まるで羽毛のように軽やかな印象を与える。色は持ち主の炎の意志を映したかのような、灼熱の朱に染まった。“鳳凰の鎧”──クラッサスあたりが見ていたら、そのように名づけたであろう。
鉄壁の意志を受け、
「……
「
「どういうことだ……?」
と、ヴラマンクの表情が揺れる。
「……おい、戦ってる最中におしゃべりか?」
「ちっ!」
ヴラマンクが舌打ちをし、糸を飛ばした。右腕に巻きついたそれはしかし、ダラルードが朱に鎧われた腕を引くと、簡単に引きちぎれる。
「よし! ……今度はこっちから行くぜ!」
力任せの跳躍で、魔王へと肉薄する。だが、ヴラマンクはまたも馬の跳躍力でバックステップ。去り際に、滴る銀を矢に変えての速連射。致命傷となりえそうなものは
「逃げ足の速えやつ!」
追いすがり剣を振るうが、またも魔王は横跳びで難を逃れる。──実際の馬ではありえない挙動だが、
「陛下……! それも“糸”だ!」
横合いから放たれた矢の雨を弾いていたところ、ルカが叫んだ。一瞬、意味をとらえかねて、対応が遅れる。背後からの気配に身をひねったが、右肩に鋭い痛みが走った。
「かはっ!」
と、さらに、ダラルードが今まで避けた無数の矢が、意志を持ったかのように浮かび上がり、ヴラマンクのほうへ石火のごとく弾け飛ぶ。
──当然、その軌道の途中には、ダラルードの無防備な背中があった。
「ぐっ! あっ!」
背に幾本もの矢を突き立て、ダラルードはたたらを踏んだ。大地に剣をつき、倒れ込むのだけはなんとか耐える。
「死ね、ダラルード!」
そう宣告する魔王の手には、長大な馬上槍が握られていた。馬の脚力に任せて敵を貫く騎士必殺の
大剣を引き抜き、そのまま槍をはじくが、勢いの乗った槍の軌道を完全に変えることは出来ない。脇腹を貫かれ、そのまま500デュール(≒5メートル)ほど吹き飛ばされる。
(やべえ……強えな、こいつ。下手すりゃ、ツシマとも並ぶんじゃねえか?)
と、
「……なにがおかしい?」
ヴラマンクが頭上から不審そうに問う。この危機的な局面で、ダラルードはあふれ出る笑みを抑えることが出来ないでいた。
「嬉しくてな。あんたみたいに強いやつに会えて」
その答えに、魔王は一瞬、よく分からないといった顔をする。
「まさか、お前はそれだけのために──いくつもの町を平らげ、今もエレシフの街を滅ぼさんとしているのか?」
「……なんだって?」
どうも、誤解があるようにも思える。──しかし、そんなことは今やどうでもいい。ヴラマンクの振り下ろした剣を横跳びですり抜けざま、銀製の四肢のうち2本を同時に払う。だが、魔王はよろけるでもなく、すぐさま弾かれた後肢を再生。剣を槍に変え、ダラルードを追撃する。
「っぶねえ!」
穂先が伸び、ダラルードの背後の地面を穿った。限界まで体をかがめ、その槍の下を縫うようにして魔王に接近。死角から切り上げる。
が、ヴラマンクは銀を大盾のように変形。渾身の一撃を弾く。──いまだ、有効な打撃を与えられていない。
「まずいな……」
冷や汗が、頬を伝う。
「ルイを
冷徹に、魔王が告げた。
銀を剣の形に変えて、振り下ろす。
だが──、
「なっ!」
魔王の口から、驚愕が漏れた。
構わず、ダラルードは大剣を横薙ぎする。大盾が割れ、魔王の肉に、骨に、ダラルードの一撃が食い込でゆく──。そのまま、魔王は吹き飛び、頭から断崖に突っこんだ。
「っぐ! ……左腕を、捨てたのか」
左肩を袈裟斬りにせんとした魔王の剣を、ダラルードは防ぐでもなくそのまま受け、痛烈な反撃を放ったのだ。
「さてな。──どんどんいくぜ!」
脳が揺れ、思うように動けない様子のヴラマンクに一気にたたみかける。先ほどの攻防から一転、防戦一方となったヴラマンクは苦し紛れの突きを放った。
だが──、
「軽い!」
肩当てで受けながら、全身で突っ込む。魔王はまたも吹き飛び、崖に激突した。
──これまでの戦いで、気づいたことがある。
魔王の攻撃はひとつひとつが軽い。
急所を確実に捕らえられた攻撃でない限り、鳳凰の鎧に身を包んだ今のダラルードであれば、充分耐えきれてしまう。しかもどうやら、魔王自身がそのことに、気づいていない──いや、慣れていないのではないか? という印象を、ダラルードは持っていた。
必殺の
「く……! この体の限界か」
口内にたまった血を吐きながら、ヴラマンクは立ち上がる。その両手には鋭利な曲刀が握られていた。
瞬時の跳躍、と、馬の脚力をも乗せた2連撃。
「さすが! もう対応してきたな!」
一撃が重くなった。
4本の脚で支える下半身の力をうまく攻撃に乗せている。
だが──、脚の力を攻撃に乗せる分、ほんのわずかだがタメが大きくなる。そのわずかの余裕は英雄王にとっては充分すぎるほどであった。
有効打を与えられていなかった先ほどまでと違い、ダラルードの剛剣が、激しい斬撃の応酬に押し勝つことが多くなる。
英雄が、魔王を超越しはじめていた──。
と、
(糸か!)
振り仰いだダラルードの頭上には、無数の、巨大なギロチンの刃のように変じた糸の先があった。ヴラマンクが腕を振り下ろすと同時、王の首を刈るためにだけに生まれた王殺し刃は、一斉にダラルードめがけて落ちてくる。
「ちっ!」
ダラルードは駆け出した。
ダラルードの剣がヴラマンクの命の根を断つのが先か。
無数のギロチンがダラルードの首をはねるのが先か。
ダラルードが、身の丈ほどもある大剣を振り上げた──。
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