降魔戦記 vs スリマジェ with ブラクロ

斉藤希有介

第一章 二人の王

Side:S ヴラマンク・プレシー

 飛び込んできたのは、鮮烈な朱。そり立つ神火のごとき、灼熱の色。ヴラマンクは見た。炎色の髪の男が身の丈ほどもあろうかという巨大な剣をなんの造作もなく振りおろし──、彼の盟友を、一刀のもとに斬り伏せるのを。


「なんだ、歯応えがねえな。そっちからいきなり斬りかかってきたくせに。太刀筋が良かったから、ついやり返しちまったぜ……。すまねえな」


「ペギランッ!!!」

 瞬間の怒りに、声が震えた。


 炎色の髪の男は倒れ伏す青年からつと視線をあげ、ヴラマンクを見る。

「お前、こいつの連れか?」


 ヴラマンクの周囲の気が泡立った。それは、皮膚感覚ではない確かな反応。ヴラマンクの持つ“力”が、風を操り、渦を生んだ。哀れな標的を捻じり殺すべく、風のあぎとが勢いを増す。


「なんだ、その風? お前、降魔師ごうましか」

 耳慣れない単語にかすかに思惑しわくが揺れる。が、風を操る力を止めることはない。と、その時、普段では考えられないような事態が起きた。ヴラマンクが腰に下げた銀製の宝剣が、風に呼応するかのように網目状に膨れ上がり、ヴラマンクを覆わんとしていた。


 銀がヴラマンクを襲うわずかな刹那──、この世界に時のことが脳裏に閃いていた。



      ×      ×      ×      ×



「で、俺は一体、何でこんなところに連れてこられたんだ?」


 自分が、目の前で怯えたように立ち尽くす女──少女と言ってもいい──に連れてこられたのだということだけは理解していたが、他には何もわからぬまま、サングリアル国王ヴラマンクは立ち尽くす。


 いや、分かることも2、3ある。

 おそらく、ここは、ヴラマンクが治めるサングリアルのどの地方でもないということ。ある呪いにも似た力によって、つい最近まで90年ほど眠っていたヴラマンクだが、起きたときには自国の発展具合にかなり戸惑ったものだ。

 しかし、ここは──、


「すさまじいな……」


 90年が過ぎ、想像だにしなかったほど発展したサングリアルの王都でさえ、民家は木造のものが多かった。だが、この町はどの家もよく手入れされた白壁が目にまぶしい。広場の露店が商品の下に敷いている敷物でさえ、王城の壁にかかっていてもおかしくないような刺繍が施されている。


「どぉですぅ? えへへぇ! 大きくはないけど、綺麗な街でしょう?」


 そう言って胸を張ったのは、メルーナと名乗った少女だ。


「この街で、大きくない、とはな……」


 見れば見るほど奇妙な女だった。

 若いのに真っ白な髪を、奇妙な形の帽子の中に押しこめている。両目にかけた丸硝子ガラスは、この年齢で文字が読め、しかもそれを生業にしているということの証。その縁は針のように細い金属製だったが、金属を強度を保ったままあのように細く、丸みを帯びた形に加工する技術など……想像を絶する。


 そして何より、白い髪から見え隠れする、尖った耳。メルーナによれば、こうした種族は「エルフ」と呼ばれているのだそうだ。


「うふふぅ。まだまだ聞きたいことはあると思いますけどぉ。まずは、これを渡すように言われているんですよねぇ~」


 と、メルーナが差し出してきたのはひと振りの宝剣である。受け取るのを思わずためらってしまったのは、罠を警戒したというより、単に事態に頭が追いついていなかったからに過ぎない。


「これは?」


「あははぁ。よくぞ聞いてくれました! これぞ、アンティエンセ公国の誇る聖銀アレクサの宝剣ですよぉ!」


 邪気のない笑顔に思わず受け取ってしまったヴラマンクは、宝剣を陽にかざし、中に虹でも閉じ込めたような不思議な輝きに目を奪われていた。


「常温で液体。アンティエンセにのみ鉱泉の湧く、奇跡の金属・精霊銀アレクシャハイド。金属なのにある特定の角度の光を通すので、水面が揺れると中から乱反射した光が漏れて、それはもう信じられないような美しさなのです……! っで、今お渡ししたその聖銀アレクサの宝剣は、精霊銀アレクシャハイドにいくつかの鉱物や宝石を砕いた粉などを混ぜて固めたものです」


「いや、そういうことを聞いてるんじゃないんだが……」


「うふふぅ。じゃ、大事なことをひとつだけ。この聖銀アレクサ製の武具は、持ち主の精神と呼応して、んです。この宝剣ひと振りには、鉱山全域に網目のように広がっていた鉱泉をまるまる枯らしてしまったほどの精霊銀アレクシャハイドが秘められていますから……っと、お仲間が来たみたいですね」


 話を止め、メルーナがヴラマンクの背後を指差す。

 見ればその先の広場を、緑がかった癖のある金髪をした男が歩いている。すらりとしながらも、きつく絞った布のように固い筋肉をまとった長身を申し訳なさそうに縮こまらせているのは、誰あろう、ヴラマンクの忠臣・ペギランだった。


「あ、おい! ペギラン!」


 そう声をかけるが、王の盟友は気づかずに、すたすたと広場を横切り、路地に入ってしまう。ヴラマンクは慌てて、その後ろ姿を追った。



      ×      ×      ×      ×



「お? やる気か、ガキんちょ。本気でかかってくるなら、俺は手加減できねえぞ」

 炎色の髪の男がせせら笑う。


「抜かせ、小僧ッ!」

 男に斬られ、倒れ伏すペギランから流れ出した血が、路地の道幅いっぱいに川のように広がっていた。──土にまみれた横顔は血の気が引き、寒そうに震えている。


「なんだ、その風? お前、降魔師ごうましか」

 男の顔が、真剣なものに変わる。

 と、一方のヴラマンクは、自身を襲った聖銀アレクサの宝剣の変化に、一瞬、気を奪われていた。


 だが、すぐにその変化は自分の不利になるものではないと気づく。


 聖銀アレクサの宝剣は網目状に広がると、ヴラマンクの腕を覆うように収束する。そして現れたのは、ヴラマンクの今の心情を最も的確に表した形。ただひたすらに、目の前の敵を貫くことに特化した形。ヴラマンクの意志がただ一点のみに集約された、攻撃の形。──それは、槍だった。


(やはり、この形が一番手になじむ……!)

 長年、騎士として戦場を駆け抜けたヴラマンクにとって、もっとも手になじむ形である。平屋の屋根に達しようという長さにもかかわらず、重さはほとんど感じない。


 ヴラマンクはひとつの確信をもって、その穂先を突き出した。

 次の瞬間には、王の敵は地に倒れ伏しているのだという確信を──!

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