Side:G マクィーユ=ガドフィー

 マクィーユは焦っていた。


 昨晩、いつものように仲間たちと王の警護を交替した。

 それから眠りにつき、目が覚めたら、敬愛するダラルード王の、あの炎色の髪がどこにも見当たらなかったのだ。


 凍れる針葉樹の森である。水音がするので、近くに川があるのかもしれない。王は近くにいるのだろうか。もしいるなら、喉を潤しに現れる可能性もある。


 彼女にとって、ファールー教ルクネイア派再興の祖とでも言うべきダラルード王は神と同様に崇拝の対象たりえる存在だった。その側近くにはべることができるのは彼女にとっては無上の喜びであり、その姿が見えないことは、どうしようもなく心をかき乱されるものでもあった。


 だから、彼女をここへ連れてきたという、ツィーナと名乗った女の言うことなどほとんど頭に入ってはいない。


「……あの、聞いてます? 先ほども言いました通り、あなたに聖銀アレクサの支給はございません。代わりに、あなたの愛剣エルシャフィエをこちらに現出させましたので、それを使ってください。まぁ、あなたの主、ダラルード王は別ですけど」


「なっ! ダル王は、今どちらに!?」

 ダラルード、という言葉に、止まっていた脳が動き始める。


 目の前にいるのは、あごほどまである紺色の髪をした若い女だ。特徴と言えば人間とは思えないほど尖った耳だが、それは今はどうでもいい。


 問題は、この女がダラルードをどうしたのか、ということだ。エルシャフィエを抜き放ち、ツィーナに突きつける。


「ダル王をどうした? 言え。返答次第ではただでは済まさぬぞ」


「あなた、私の話、まぁったく聞いてませんね? あなたの仲間は私の担当ではないので、今どこにいるかは分かりません。そうそう、あなたの“太陽王の剣ロワ・ソレイユ”もエルシャフィエと同様です。ルイ・ソレイユ。あなたは、きちんと話を聞いていたでしょうね?」


「当然」

 少しかすれた、玲瓏れいろうたる声。ハッとするほどに美しい少年が、そこにはいた。そういえば、自分と同じように、どこかから連れてこられたという少年がいたのだったと思い返す。


 改めて、少年の横顔を盗み見た。美神びしんが人に転生したのだと言っても誰も異論などさしはさむまい。短い褐色の髪が片目を物憂げに隠すさまはため息が漏れそうなほどである。さぞ、聖なる谷の若い娘たちには受けがいいだろう。

 もっとも、マクィーユは、あまり男の顔の美醜には関心はない。やはり、男は強くあらねば。例えば、彼女の主、ダラルード王のように。


「……ちなみに、だが、少年。あなたの主というのは?」

 ふと思い立って聞いてみる。


「もちろん、ボクの主はサングリアル国王ヴラマンク・プレシー陛下、ただおひとりですが」


「そうか。いや、すまない」

 ルイと呼ばれた少年、マクィーユも知らぬダル王の知己かと思ったが、どうやら違うようだ。複数の国からなんらかの手段──おそらくは、忌々いまいましい“降魔術ごうまじゅつ”によって、マクィーユらは一斉に集められたらしい。


「では、質問がなければ、これで」


「いや、待ってください」

 ツィーナが話を打ち切ろうとしているのを、ルイが制した。


「目的は話せないが、ここはボクらが元いた世界とは別の世界で、こちらには我らが王を始め、活躍のあった騎士や魔風士ゼフィールたち──あなたの言い回しに従うなら“強い魂を持つ者たち”が集められた、ということまでは分かりました。しかし、それをボクが唯々諾々と了承するかと言えば、話は別です」


 そう言って、ルイと呼ばれた少年は彼の細い腕には不釣り合いに思える大剣の切っ先を、ツィーナの首元に向けた。


「例えば、あなたをこの剣で脅し、今すぐボクを元の世界に返せと要求したら、どうします?」


 慌てて、下げかけていた剣を構え直す。何を自分は呆けていたのだ。


「……それは、ふたつの理由でありえませんね」

「どういうことです?」

 これ見よがしにため息をつくツィーナに、ルイが尋ね返す。


「まず、あなたは──いや、あなたがたは、仮に帰れたとしても、それぞれの主と合流していない今の状態で帰ろうとはしないでしょう。そのために、バラバラに召喚されたのですから」


「では、王と出会うまであなたを拘束し、連れ回します。我々には、あなたの目的に付き合う義理はない。王を見つけ次第、返してもらいます」


「それも、もうひとつの理由でありえません」

 瞬間、ツィーナの姿がかき消える。


「なっ!」


 と、驚愕の声を上げるルイの整ったあごに、病的なまでに白い手が添えられた。その鋭利な爪は異様なまでに伸び、小指で首を、人差し指でこめかみをもてあそんでいる。ツィーナが指を曲げ少し力をこめると、ルイの頬からつつ……と赤い血が垂れた。


「我が主より限定的にではありますが、管理者権限の一部を借り受けています。あなたがたふたり程度なら、苦も無く倒せるでしょう。もっとも、あなたがその“太陽王の剣ロワ・ソレイユ”の力をすべて引き出すことができたなら、その暴力的なまでの魂の力に対抗できるかは分かりませんが……」


 陶然と笑み、ツィーナは爪の先についた血をちろりと舐める。ルイが振り返り、剣を振るうが、すでにツィーナの姿はない。


「う……、ボクたちに、何をしろって言うんだ?」


 虚空から声だけが響いた。


「まぁ、ヒントぐらいなら、残していってあげても良いでしょう。水音を探して歩きなさい。川を下って行った先に、小さな街があります。人が集まる場所でなら、あなたがたの王に関する情報も得られるかもしれません。あなたがたの王はそれぞれ強い魂の力を持っています。それは本人たちが意識せずとも、人々を巻き込み、光り輝くものですから」

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