Side:S ヴラマンク・プレシー(3)

 炎色の髪の男がヴラマンクの首をはねんとした寸前、ヴラマンクは横から弾き飛ばされ、一命を取り留めていた。

 ルイだ。

 サングリアル王国の侍従卿じじゅうきょうも、こちらの世界に呼ばれていたらしい。


 炎色の髪の男は、もうひとりの闖入者ちんにゅうしゃ、本人がマクィーユなどと呼んでいた銀色の髪の女から逃げるように、姿を消している。その女も、男の後を追って消えた。


 後に残されたのは、ペギランの死体と、肩口に重傷を負ったルイ。そして、彼らを守ることも助けることもできなかった、惨めな王がひとり。


「あららぁ? 目を覚ましたんですね、王様」

 メルーナが気の抜けた声を出す。

 ルイに突き飛ばされた際に頭を打って意識が朦朧とし、男が去っていくのを確認したところで気絶したらしい。目を覚ました時には、すべてが手遅れになっていた。


 忠臣の死体を静かに見下ろす。


「ペギラン……」

 そう、死体、だ。

 土気色の顔、筋肉が緩んだのっぺりとした表情、どちらも、王の盟友の命がすでにないことを示している。


 万感の思いが胸にこみ上げた。これほど、唐突な幕切れがあるのか。最期に言葉すら、交わしてはいないのに。

 むろん、人より長く生きている分、今までにも何度も人の死には直面してきた。だが、この王の忠臣だけは、自分が年老いて死んでゆくまで、ともに生きてくれるだろうと、どこかで思っていた。いや、願っていた。


 最期の瞬間──、獣のような姿にされても、王の敵を打つべく、敵の支配に抗ってくれた。最高の忠義だった。今はただ、彼の死を胸に刻み、前に進むことを考えなければならない。


「メルーナ、すまないが、応急処置を手伝ってくれたりはしないか?」

 野次馬が集まり始めていた。一刻も早くルイに処置を施し、ペギランの遺体が衆目にさらされる前に、ふたりを連れてここを立ち去りたい。


「んんぅ~。でもぉ、多分、無駄だと思いますよぉ?」


「無駄じゃない! ……無駄じゃ、ない。ルイだけは、なんとしても助けなければ」


「いえ。そうじゃなくってぇ……。その人の傷、多分、魔銀クロムの剣でつけられたものですよね? 傷自体はもう塞がっていると思いますよぉ?」


「なに?」

 言われて、ルイの傷を見る。確かに、肉が見えるほどの深い傷だが、出血は止まっていた。


「あははぁ。魔銀クロムの武器にやられた傷は、すぐ塞がるんですよぉ。魔銀クロムの武器が怖いのは、傷自体よりも、精神──心を魔銀クロムによって覆い隠されてしまうこと。魂の力を消費しながら死ぬまで戦い続ける魔物へと、変貌させられてしまうことなんです」


 猛獣とも猛禽もうきんともつかぬ面に覆われた、ペギランの顔を思い出す。


「今はまだ、この人の持つ剣が、魔銀クロム兵化を食い止めてくれてるみたいですね。ってゆーか、すごい剣ですね、これ」


「……あぁ。サングリアル王国の秘宝だからな」

 ルイが持っているのは“太陽王の剣ロワ・ソレイユ”と呼ばれる宝重ほうちょうである。サングリアルを救う力を秘めた剣だ。


 すると、メルーナの言葉を聞いていた野次馬の一部が騒ぎ始める。


「おい、聞いたか? 魔銀クロムの剣だってよ」

「じゃあ、ついにこの街にも来たのか。やつが!」

「おれも見たぞ! 確かに噂通り、炎色の髪に、金褐色きんかっしょくの目をしていた」

「この街を品定めしていたってことか。この街も、もう、おしまいだ」

「復活したんだ……。魔王、ダラルード=ダレイルが……!」


 その時、ペギランを抱え上げようとしていたヴラマンクの頭上に影が差した。白ひげ白髪の老エルフである。垂れた目と鷲鼻が特徴といえば特徴だろうか。


「失礼。あなたが先ほど、魔王ダラルード=ダレイル……、いや、炎のごとき髪をした男と、戦っていたお方ですかな?」

「そうだが……、お前は?」


 部下の死で、気持ちがささくれだっていた。察したのだろう。老エルフは深々とおじぎをし、自己紹介する。


「わたくしは、ナハテム教の司教ニーミャと申します。この街の中央、万書館ばんしょかんに収められし“世界書せかいしょ”を神の手によるものと崇め、守っておる者にございます。臣下の方は、誠に残念でございました。よろしければ、埋葬まいそうのお手伝いをいたしましょう」


「埋葬……。そうだな、しなければならないな……。こんな、見知らぬ土地の墓地に埋めるのは、忍びないが……」


 ニーミャと名乗った老司教が手を叩くと、野次馬の人垣から、神官服と思しき衣装を着た男たちが進み出て、ペギランの遺体を担ぎ上げた。

 ふと、その耳が全員尖っていることに気づく。いや、神官らしき男たちだけではない。野次馬に集まっていた男も、女も、子供たちも、全員、エルフという種族のようだった。


「それから、そちらのお方は……魔王の銀に侵されているのでございますな? まれに、強い魂の力で、魔王の支配に抵抗する者がおります。ですが、心を魔銀クロムによって覆い隠された状態が長く続きますと、次第に肉体は力を失い、いずれは魔物と化すか、衰弱死してしまうでしょう」


「……ルイを助ける方法があるのか?」

 ニーミャの歯切れの悪い物言いに苛立ち、ヴラマンクは先を促した。


「失礼をば、いたしました。では、単刀直入に申しましょう、聖銀アレクサの剣を振るいし者よ。──どうか、魔王ダラルード=ダレイルの侵攻より、我らをお助けくださいませ。我らエルフ族は平和を愛する種族。戦うすべを知りませぬ。魔銀クロムの剣の主である魔王が死ねば、ルイ様の心もまた、解放されるでしょう……!」

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