Side:G マクィーユ=ガドフィー(2)

「あなたの主は、なんという方なのですか?」


 川沿いを歩きながら、ルイと呼ばれていた少年がマクィーユに尋ねた。


「我が主はダラルード=ダレイルという。英雄王です」

「ふぅん……。それは勇ましいことで」


 主のことを話すとき、マクィーユはいつも少し誇らしげな気持ちになる。だが、自分から聞いておきながら、少年はさして興味なさそうな反応を示した。マクィーユは少しむっとする。


「そういうあなたの主はどうなのです? さぞ、立派なお方なのでしょうけれど」


「さぁ? ボクの主は大事な時にはいつもお眠りになられている、寝ぼすけ王ですからね。この間も、7年間も眠っておられたので、もう2度と目を覚まさないのではないかと思ったぐらいです」


「な、7年? それは一体、どういう……?」

 突飛な話に、つい興味をそそられてしまった。だが、ルイはそれ以上答える気はないらしい。再び、マクィーユに水を向けてきた。


「それで、マクィーユ様は……」


「マキ、で構いません」

 聞けばルイという少年、15歳とマクィーユよりみっつも若いのに、サングリアル王国の侍従卿じじゅうきょうを務めているのだそうだ。聞いたこともない国だが、一国の侍従ともなれば、かなり高位の貴族に違いない。

 気を許したわけではないが、訳も分からずここに連れてこられた者同士。呼び名くらいは教えても良いだろう。


「そうですか? では、マキ様。あなたほどお綺麗な方なら、さぞ、王のご寵愛ちょうあいを受けているのでしょうね」


「な! 何を失礼な。わたしは剣によって王にお仕えする身。ダル様のご寵愛など受けてはおりません」


 カッと頬が赤くなるのが分かる。だが、ルイは不思議そうに首をかしげた。

「失礼でしたか? あなたのように美しい方なら、その美貌によっても王をお助けすることが出来るかと思ったのですが。それとも、王にはすでにお妃がおありで?」


「美貌によって、王を助ける、などと……!」


「ああ、いえ。下世話な意味ではありません。──美は力です。美しさは、ただあるだけで人の心をつかむ助けとなる。そして、人とは力です。市井の民ひとりひとりには騎士ほどの力はありません。しかし、その数が大きくなり、彼らの力を束ねることが出来れば、どんな騎士隊よりも屈強な力となる。その彼らを束ねる結び紐として、美は助けになります」


「美が、力……?」

 思いもよらぬ考え方だった。


「すべては王さまの受け売りなのですけどね。ボクのこの顔は、代々の先祖たちがその力と欲望にあかせ、美姫びきめとってきた結果にすぎませんし、この顔のおかげで色々と嫌な思いもしてきたのですが……、力と考えれば、ないよりはあったほうがと仰ってくださって」


 確かに、ルイは美しい。彼はその顔を誇らしく思っているのだろう。はにかむように笑いながらも、目には強い光が宿っている。


「ですが、残念ですね。そちらの王さまにはすでにお妃がおありとは。いや、すっかり我が国を基準に考えていました。マキ様の王はおいくつなのです?」


「べっ、別に、王に妃がいるわけではありません。もしかしたら、心に秘めたお方がいるのかも知れませんが。我が王は100年前、アルダライル王国を救い命を落とされました。それからご復活なさって、今は16歳だったかと」


「へぇ。復活だなんて、なんというか……奇妙な方ですね」


「そ、そちらの王様こそ、7年もお眠りになっていただなんて。そんな話、聞いたこともありません」


 すると、ルイは確かにそうだと言って笑った。

「不思議ですね。実は、ボクの主も100年ほど眠っていたのです。それで、今はボクと同じぐらいの姿ですから、15~6歳ほどでしょうか。こんな奇妙な話が、これほど似ていることもあるのですね」


 ツィーナとかいう女は“強い魂を持つ者たち”を連れてきたと言っていた。もしかすると、100年の眠りを経てもなお輝きを放つ魂の持ち主だからこそ、ふたりの主が選ばれたのかもしれない。マクィーユはなんとはなしに思った。


「しかし、そうなると、マキ様のほうが年上ではありますが、心の内──精神はダラルード王のほうがはるかに年上なのですね。ダラルード王にお妃がおありじゃないのなら、マキ様にも可能性があるのではないですか」


「わたしは王のことをそのように思ったことはありません。わたしにとって、王は神にも等しいお方。敬愛を捧げ、忠誠を尽くすのみです」


「……では、ダラルード王のほうから、マキ様を求められたら?」


「なっ!」

 瞬間、心がはねた。


「おおお、王がそのような! あのお方は、そういった些事さじには興味をお示しにはならないかと……!」

 顔がほてり、舌がうまく回らない。まったく、この少年は何を言い出すのか。


「あなたのように美しい方を放っておくのは惜しいと、ダラルード王も思っておいでやも知れませんよ? その艶めく銀の髪、絹のようになめらかな肌や、麗しい翠の目を……」


「あ、あ、あなた! さっきから、わたしのことを、美しい、美しいなどと。もしや、わたしを口説いているつもりですか!?」


 マクィーユには精一杯の反撃だった。すると、ルイはなぜかきょとんとした顔をして、それから弾けたように笑い出した。口説くなど、思いもよらなかった、ということなのだろうか。その反応が、マクィーユにはどこか釈然としない。


「は、は、は! そうですね。厩舎の隣の物置小屋には、よく町娘たちを連れ込んでいたものです。あそこにマキ様をお連れすることが出来れば、ボクも鼻が高いでしょう」


「ま、まだ15歳だというのに! なんて破廉恥な!」


「ふふふ。清廉な神官長どのには少し刺激が強すぎましたか。……あぁ、ほら。丘の先に、街が見えてきました。あれが、ツィーナの言っていたエレシフとかいう街ではないでしょうか」


      ×      ×      ×      ×


 みっつも年下の少年にすっかりやりこめられてしまって、マクィーユは少々落ち込んでいた。18歳ともなれば、世俗ではとっくに結婚し、子供を持っていてもおかしくはない年齢なのである。


 エレシフの街は、中央に“万書館ばんしょかん”と呼ばれる巨大な図書館を擁した城塞都市であった。城壁などの防備は物々しいが、街の規模としてはそれほど大きくはない。

 だが、ルイにとっては見たこともないほど大きな都市だったらしい。

 趣味の悪いことではあるが、マクィーユは少々鼻を明かしてやったような気持ちになった。

 彼女の故郷、ドミ・アルダライルにある英雄王の復活を祈念した大聖堂霊廟は、この町のどの建物より荘厳なものであったし、年に一度の祭事の時期になれば、この町の小さな市場など比べものにならないほどの人が押し寄せる。

 ──もっとも、街の中央にある“万書館”だけは、ファールー教の大神殿よりさらに巨大ではあったが。


 と、市場のほうで騒ぎがあった。駆けつけると、路地のほうから、剣戟や石畳の割れる音がかすかに漏れ聞こえた。誰かが戦っているのだ。


 愛剣エルシャフィエを抜き放つ。

(戦いはいい)

 マクィーユは思う。

 戦場の空気はわたしを自由にする。愛だの恋だの、何も考えず、ただ、民を守るために剣を振るっていさえすればいい。これまでは忠義を捧ぐ相手のいない奉仕だったが、今では王がご復活し、傍らにいてくださる。王のお傍で戦っている時、わたしはどこまでも自由だ。すべてから解き放たれ、ただひと振りの剣と成る。

(一刻も早く、王を見つけ出さなければならない)

 わたしはマクィーユ=ガドフィー。王の忠臣、ドミ・アルダライルの騎士長だ。

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