第15話 友人たちの願い
アレッポ側のスカイプ画面から、エルカシュの友人だというアラブ系の青年が、身を乗り出すようにして何度も訴えてくる。
それを、アレッシオはイザに逐一訳して聞かせてくれた。
アレッシオの声は、淡々としていた。湧き上がってきそうになる感情を、押し込めるためだったのかもしれない。
「助けてほしい。エルカシュを、止めてほしい。そんなことしてもナディムは悲しむだけだ。そう彼は何度も訴えてる」
「そ……か……」
それしかイザは言葉が出なかった。必死な訴えは伝わってくる。死地に向かおうとしている友人を止めたいという気持ちは痛いほど伝わってきた。
かといって、イザにできることなど、何も思いつかない。アレッシオたちもそうだろう。
エルカシュは、ロシアに行くといってアレッポを去った。いまは、おそらく
「そういえば。ロシアのどこに行くとか。いつ、そのテロがあるとか。そんなことをエルカシュは言ってはいなかったのか?」
イザの言葉にアレッシオは頷く。
「そうか。もう少し、詳細を聞いてみるよ」
アレッシオはアラビア語で青年と何度か言葉を交わした。
そして、分かったことがある。
テロはロシアに最大限の屈辱を与えるために、大きなイベントがあるときに合わせて行われるらしいということ。
「そして、彼は他の
すぐにアンナが自分のタブレットで地図を開いてイザたちに見せた。トルコとシリアが表示されるくらいの尺度でまずは表示する。トルコはシリアとロシアに挟まれるような位置関係だ。
そのトルコとの国境付近からロシア周辺の都市名をチェックしていく。ある程度大きな都市に目星をつけて探していると。
一つの街が浮上した。
ロシア随一の保養地であり、かつてオリンピックも行われたことのある都市。
ソチ。
念のためアレッシオが、アレッポの青年にエルカシュが言っていたのはソチかどうか尋ねてみると、うん、確かにそんな名前だった気がするという返答が返ってきた。
「エルカシュは、ソチに向かったのか? そして、ソチで大規模なテロが行われる?」
イザの疑問に、アンナはウーンと眉を寄せた。
「かつてないほどの大規模なテロ……っていうんでしょ? 今まで
アンナの呟きにアレッシオも呼応する。
「もしかしたら、ほかの都市でもテロの計画があるのかもしれないな。アサド政権を支援する最近のロシアのシリアへの干渉は……本当に酷すぎる。あの頃、アレッポはまるで地獄のようだったよ」
ふと、イザはあることが頭を過った。足元に置いていたデイバッグを取り上げて中を手で探る。あれ?どこに入れたっけ。としばらく探していたが、目当てのものはバッグのポケットに入っていた。
イザがバッグから取り出したものを、アレッシオとアンナの二人も注視する。それは、イザが
これは、あえて一切の金属探知機に反応しないように、すべてのパーツをポリマーで作られた特注品の拳銃の一部だ。それらを、
なぜそこまでして飛行機に持ち込む? ハイジャックでもするつもりか?
ハイジャック飛行機を使ったテロというと、数機の飛行機が同時にアメリカの世界貿易センタービルのツインタワーや
なぜ、それだけの大量の武器を
しかも、エルカシュが向かったであろうソチは広大なロシア国内でもかなり西側の都市。一方、
これらの武器がすべてテロ用に、準備されたものだったとしたら。
「……ものすごい規模の同時多発テロが計画されて、着々と準備されてたんだ」
イザは唸るように呟いた。
実行に移されれば、どれだけの死者が出るか想像すらできない。史上最大規模の同時多発テロになるかもしれない。
そのとき。まだ繋がっていたアレッポ側のスカイプ画面から、数人の青年たちがまた何かしきりに話してきている。
アレッシオが聞き漏らさないようにと、画面に見入る。
青年たちは、スマホを手に何やら説明しているようだった。
ひとしきり彼らの話を聞いたアレッシオによると。
エルカシュの一番の親友が、アレッポの惨劇の後、難民としてドイツに逃げており。その親友が、アレッポに残った友人からエルカシュのジハードの話を聞き、なんとかしてロシアに行ってエルカシュを止めたいと言っているとのことだ。
どうやら、イザ達イタリア側が地図をみたりしている間に、アレッポ側では携帯電話でそのエルカシュの友人とやらとやり取りをしていたようだ。
「でも、その親友っていうのは、難民として着の身着のままドイツに逃げ込んで何とか生活しているところだから、ロシアに渡る渡航費がないし、パスポートはあるがビザも取れるかわからない。誰か力を貸してほしい、って言って来てるそうだ」
アンナとアレッシオは互いに顔を見合わす。
なんとか助けてあげたいし、テロのことは心配ではあったが。
「旅費を貸す……くらいなら、できないこともないけど」
アンナが口を濁す。
アレッシオも顔を曇らせた。
これからテロが起ころうとしている場所にわざわざ出向いて、過激派として行動しているエルカシュに会って説得したいという彼の親友に、どんな手助けができるというのだろう。
イザは、じっと二人の様子を見ていた。
手の中で、ポリマー製のパーツを転がす。
しばらく考え込むように、手の中のパーツに視線を落とした。
そして意を決したように自分のスマホを取り出すと、アドレス帳から電話を掛ける。相手は、圭吾だ。今は日本はおそらく、夜の11時くらいだろう。
『どうしたん?』
架電すると呼び出し音一回ですぐに圭吾が出る。まだ会社で仕事をしていたらしい。
「圭吾。頼みがあるんだけど。旅費くれない? ロシアへの旅費。二人分。あと、お前に小切手渡すの、ちょっと先に延びてもいいよな?」
『……はい? ……話が全然見えへんのやけど。とりあえず、順を追って説明してくれへん?』
一から事情を説明する間、時折相槌を挟みながらイザの話を聞いていた圭吾は、旅費と小切手の件はすぐに承諾した。しかし。
『なんで、お前が行くんや?』
圭吾の疑問……というか、心配も当然だった。
「俺も直接エルカシュに会えたら、もっと細かい話聞けるじゃん?」
イザは自分の考えがまだ纏まってはいなかったが、なぜか行かなければいけないような気がしていた。それが何故かは、良く分かっていなかったが。
「それにさ。
ああ、そうか。わかった。だからだ。だから、自分が行かなきゃいけないと思ったんだ。自分の中のモヤモヤした気持ちが、今、はっきり形になった気がした。
「俺……知らなかったとは言え。
圭吾からは、長い沈黙が返ってきた。その沈黙のあと。重いため息が聞こえた。
『……わかった。でも、何かあったらすぐ連絡してくるんやで? 言われてみれば、うちの会社から流れた金もテロ資金として使われた可能性がある。俺らかて、無関係じゃない。けど……イザ。くれぐれも無茶するなよ? わかってるよな?』
圭吾の心細そうな心底イザを心配する声音に、イザは笑って答えた。
「大丈夫だって。ヤバそうだったら、すぐに手を引く」
最後に圭吾に礼を言って、通話を切る。
視線に気づいて見上げると、アンナとアレッシオが黙ってこちらを見ていた。圭吾とは日本語で話していたので、彼らには何を話していたのか皆目見当もつかないだろう。
イザは、小さく微笑すると彼らにスマホを傾けて見せる。
「パトロンから、協力を取り付けた。金の心配はしなくていい。俺も、そのエルカシュの親友ってやつと一緒にロシアに行くよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます