第12話 過激派の活動

 約40日間の訓練を終えた訓練生たちは、最前線へと送られる。

 エルカシュも他の訓練生とともに戦地に赴いた。

 そこで彼らは様々な戦闘に参加することになる。中には2、3日で終わる戦闘もあったし、1か月以上かかるものもあった。




 シリア中部。

 今回のターゲットは政府軍の補給施設で、すぐ近くにはアラウィー派の町もあった。


 ISアイエスの攻撃対象となっているのは、主にアサド政権側が属しているイスラム教シーア派の一つであるアラウィー派や、他のシーア派、クルド系のヤジディ教徒などだ。また、ヌスラ戦線や自由シリア軍といった他の反政府勢力も攻撃対象となっていた。


 その政府側の補給施設は周囲をフェンスで囲まれ、唯一の出入り口である正門には常にアサルトライフルを構えた兵士が数人で警備に当たっていた。門の脇には装甲車も見えた。

 その正門に一台のピックアップトラックが迫る。

 政府軍の兵士たちはアサルトライフルを向けて静止を叫びながら発砲した。

 しかし、ピックアップトラックの勢いは止まらずスピードを上げる。


 すぐに装甲車が動き、正門を封鎖するように止まった。その装甲車に、ピックアップトラックは勢いをまったく衰えさせないまま、衝突する。

 その瞬間、大きな爆発が起こった。ピックアップトラックの荷台には大量の爆弾が積まれていたのだ。


 ピックアップトラックは大破。装甲車は爆発の勢いで数メートル吹き飛んで横倒しになる。正門にいた兵士たちは原型をとどめない悲惨な姿になって飛び散った。


 爆発音を聞きつけて応援の兵士たちが正門付近へと集まってくる。


 そこへさらにもう一台のピックアップトラックがトップギアのまま突っ込んできた。

 逃げろ!という悲鳴があちこちで起こる。

 ピックアップトラックは、一台目が自爆で開けた正門に滑り込んだ。

 目の前にいる人々をなぎ倒して補給施設の敷地のど真ん中に走り込み、倉庫にぶつかって止まった。

 ピックアップトラックが動きを止めたのを確認して、補給施設側の兵士たちがアサルトライフルを構えピックアップトラックの周りを包囲する。

 その時を見計らって、運転手は体中に付けていた爆弾に着火させて自爆。周りの兵士たちを巻き込んだ。


 二度の自爆攻撃で補給施設は大混乱に陥っていた。死体があちこちに転がる地獄絵図の中、兵士たちは怒号を飛び交わせながら必死に態勢を整えようとする。


 その混乱に乗じて、さらに数台の乗用車やピックアップトラックが補給施設へと入り込んできた。どの車両にも武装し黒い戦闘服に身を包んだISアイエスの戦闘員たちを乗せている。


 ISアイエスの戦闘員たちは、車両が減速するとすぐに敷地へと飛び降り、手当たり次第にアサルトライフルを撃ちまくる。

 エルカシュもアサルトライフルを持ち、他の仲間たちとともに車から降りると建物に向かって走った。


 建物の陰から数人の兵士が銃撃してくる。

 エルカシュたちISアイエスの戦闘員たちは、自分の身も顧みずアサルトライフルの引き金トリガーを引いた。


 二度の自爆攻撃が優位に働き、1日と立たずにその補給施設はISアイエスの手に落ちた。敷地内は、いたるところに兵士やISアイエスの戦闘員たちの死体が転がり辺りには血の匂いが充満していた。


 次に、彼らは補給施設にほど近い、アラウィー派の住民が多く住む町へと向かう。大した武力も持たない町は、ISアイエスの別動隊によってあっさり制圧されていた。山に逃げた者たちもほとんどが捕らえられる。


 男たちは全員町はずれに一列に並ばされたあと、一斉に射殺された。

 女たちと子どもたちは連れていく。

 女たちはISアイエスの構成員に妻として分配したり、奴隷市で売るために。

 子どもたちは、将来のISアイエスの構成員にするべく訓練キャンプに送りこむために。



 ISアイエスの戦闘員たちはその日の戦闘が終わって宿泊キャンプになっている農家に帰ると、今日の戦闘のできを興奮気味に語り合った。

 危険な突撃や戦闘をいくつこなしたか、どれだけ自分が勇敢だったか……そういった話は勲章のようなものだった。そして、幸運にも戦闘で死んだ戦闘員を讃えあう。彼らはきっと、来世で天国へと行けることだろう。

 次こそは自分も殉死したいと誰もが望むのだった。




 エルカシュは、このキャンプで多くの友を得た。苦楽を共にし、死線を何度もともに超えた大切な仲間だ。

 その友の中でも、特に親しくなったのはロシアのチェチェンからきた者たちだった。

 チェチェンにはイスラム教スンニ派が多く住むが、長年にわたるロシアからの弾圧で多くの被害を受けていた。

 アレッポでロシア軍の空爆によって弟を亡くしたエルカシュには、彼らの怒りが痛いほど身に染みた。そして、同じ思いを抱く彼らとの親交に安らぎを覚えるのだった。






 そんな戦闘行為に明け暮れていた、ある日。

 エルカシュは、他のチェチェン人の友人たちとともに上官に呼ばれる。

 何だろう?と思って揃って上官のところへ行くと、上官はエルカシュたちに「アラーのために死ぬ覚悟はあるか」と問うた。


 エルカシュ達には、とっくにその覚悟はできている。それを口々に上官へと伝えるのを、上官は満足そうに頷きながら聞いていた。

 そして全員に確認が終わると、よく通る声でエルカシュ達に告げる。


 近いうちに大規模な同時多発テロが計画されている。場所は、ロシアだ。

 お前たちをそのメンバーに推薦しておいた、と。


「アサド政権と共に我らの同胞をおとしめ、殺戮し続けるロシアの者たちにその傲慢さを思い知らせてやれ。不信仰者どもを家で安全に眠らせておくな」


 エルカシュ達は歓喜に湧き、お互いの肩を叩いて喜び合った。






 いよいよ来週には、テロの準備のためにロシアに向けて経つという日の夜。

 エルカシュはなかなか寝付けず、寝床になっている床の上で何度も寝返りを打った。

 ズボンのポケットに右手を入れる。そこには一枚の紙切れがあった。アマガサからもらった小切手だ。

 戦闘の時も、寝る時も。常に肌身離さず持っていた。


 自分がテロで死んでしまったら、この小切手は無価値になってしまう。

 いや、自分の死体を異教徒たちが見つけて、この小切手を異教徒に奪われてしまうかもしれない。それだけは、絶対に避けたかった。


 今度の戦闘では、アレッポの近くまで行く。

 その時、こっそり抜け出してアレッポまで行こう。それが最後のチャンスだ。

 エルカシュはそう心に決めると、目を閉じた。

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