追記  (あとがき的な)

 ※ネタばれを含んでいるため、最終話まで読み終わってからご覧ください。


 幸いにしてたくさんの方にこの作品を見ていただく機会に恵まれました。本当に、ありがとうございます。

 感想やレビューをいただく中で、この辺りは追記しておいたほうがいいかもしれないということが少し出てきたので、書いておくことにします。

 蛇足になってしまうかな……という懸念もありますが。

 これ以降は、ネタバレを多く含むため、読んでいただかなくても本作には何ら影響はありません。


 〇ISアイエス(イスラム国)の描写について

 ISアイエスの描写については、資料で調べたものと私の創作の両方があります。


 私の創作の部分としては、アムニが入っている建物の描写や職場内部の描写です。


 この辺りは、文献にはISアイエスの首都ラッカでは、かつての占領前の行政機関の建物をそのまま流用してISアイエスは使っているとの記述はありました。しかし、現在ラッカは日々、有志連合からの攻撃にさらされていること、地方ではISアイエスの軍施設をはじめ主要施設は民家を使っていることなどが文献から拾えたので、おそらくラッカにおけるアムニの職場も一般民家を使っている可能性が高いと思い、あのような描写にしました。


 それ以外は、ほとんど創作はありません。

 極力資料をあたってリアルに再現できるようにしました。


 参考資料は下記の通りです。

 参考資料一覧:

 イスラム国の正体(国枝 昌樹)

 イスラム国とは何か(常岡 浩介)

「イスラム国」謎の組織構造に迫る(サミュエル・ローラン)

 なぜISISは平気で人を殺せるのか(ベンジャミン・ホール)

「イスラム国」はテロの元凶ではない(川上 泰徳)


 池上彰が読む「イスラム」世界(池上 彰)

 イスラームとは何か その宗教・社会・文化(小杉 泰)


 〇「第19話 エルカシュの説得」でのエルカシュのセリフ

 ここでエルカシュが喋ったことは、極力、文献などで拾ってきたISアイエス構成員の生の声をそのまま反映させました。

 ですので、私が「きっと彼らはこう思っているだろう」と創作した部分は、あまりありません。

 ISアイエス構成員や元構成員たちのインタビューを読んでいると、彼らの中にある『自分たちは自分たちや自分たちの共同体を守るために立ち上がった元被害者だ』という強い被害者感情を感じることがしばしばありました。それは、私たちがISアイエスの構成員たちについて抱いている、ならずもの、殺戮者といったイメージとは随分乖離があるものだったので、少なからず驚いたことを覚えています。


 もちろんISアイエスの構成員にも様々なバックグラウンドを持つ者たちがいます。特に海外からの参加者の中には殺戮目的で参加する者もいるようです。アマガサのように、もともと犯罪を犯して自分の国では追われている者が、隠れ蓑にするためだったり、さらなる犯罪行為をするためにISアイエスに加わるというケースも少なからずあるようです。


 一方で、本編にちらっと話だけ出てきましたが、中国のウイグル地区やチェチェンなど中国ロシアなどの中央政府から弾圧を受けるイスラム教徒の多く住む地域にもまた、ISアイエスの影響力が増している地域もあります。


 さらに、最近はISアイエスのテロは、世界各地でイスラム教徒の移民二世や三世が、その弾圧や差別からの抵抗として自分の住んでいる土地で単独でテロ行為を行い、それを後日ISアイエスが公認するというパターンが多くなっています。


 テロリストたちも自分を差別や抑圧の被害者だと思い、その抵抗手段としてテロを行っているのだとしたら。

 それを防ぐために、西側諸国がテロとの戦いといってISアイエスなどの支配地域を攻撃し続けるのであれば。


 たとえISアイエスが消滅したとしても、アルカイダやタリバンが消滅したとしても、今後同様の組織が再び組織されて世界各地の平和を脅かし続ける未来は変わらないでしょう。負の連鎖は続いてしまうでしょう。


 その未来を変えるのに、もしかしたら敗戦の記憶とそこからの復興という体験のある日本は、ほかの国にはない重要な役割を担っていけるんじゃないか……なんてことも思って、本作を書きました。

 政治的な意図はまったくありません。〇〇派とか右とか左とかも全然意識はしていません。


 本作では、私の意見を聞いてほしいのではなく、読んだ方にいろいろと考えてほしかったので、登場人物それぞれに違う意見を担わせてお互いに主張しあうという書き方をしてみました。

 だって、簡単に結論なんかでるような問題じゃないので……。

 その中から何を選んで、どう行動するのかはキャラクター次第ですし、何を感じるかは読んでくださった読者ひとりひとりの自由です。




 〇ユナイテッド航空93便について

 本作の第6章飛行機を読んで、2001年9月11日におこったアメリカ同時多発テロでのユナイテッド航空93便を思い浮かべた方も多いかと思います。

『ユナイテッド93』という名前で映画化もされています。


 アメリカ同時多発テロでは、4機の航空機がほぼ同時にハイジャックされました。そのうち、2機は世界貿易センターのツインタワーに激突させられ、1機は国防総省(ペンタゴン)に落ちました。

 唯一、乗客乗員以外に被害を出さなかった航空機、それがユナイテッド航空93便です。この航空機は、ペンシルバニア州に墜落し、大破。乗員乗客は全員亡くなりました。ユナイテッド航空93便には、日本人の大学生の方も一人搭乗していました。


 この航空機をハイジャックしたテロリストたちは、この航空機をホワイトハウスか議会議事堂に墜落させるつもりだったといわれています。

 しかし目的を達することなく、その途中で墜落したのは、乗客が抵抗したためです。乗客が抵抗したという事実は、乗客の何人かが家族にあてた電話の中で、抵抗しようとしている乗客がいると言っていたという証言や、ボイスレコーダーの中にテロリストたちが「ドアを押さえろ、絶対中に入れるな」といった言葉が残っていたり、ドアをたたき壊そうとしている音が残っていることなどから、たしかに起こったことなのだろうといわれています。

 当時、アメリカの管制塔はもちろんアメリカ政府や軍すらも大混乱に陥っており、この航空機への撃墜命令が出されたのは墜落した後でした。

 もし、乗客が抵抗せずテロリストたちに従っていたら、ホワイトハウスなどに墜落してより多くの被害が出ていたのかもしれません。

 乗客たちがコックピットの中に入れたのかどうかについては、いろいろな見解があるようですが、ボイスレコーダーにコックピットのドアが開く音が記録されていたという情報もあるので、コックピットの中に乗客が侵入しテロリストを押さえつけようとしたが、テロリストは航空機を急下降させて墜落させた……という見方が大半のようです。



 本作の話に戻りますが、裏設定として、本作のテロリストたちも『ユナイテッド93』を見て知っていたことにしています。そして、乗客側にも特にアメリカ人のバートなどはこの映画を見て知っています。

 本作の中で、ワゴンでコックピットのドアを突き破ろうとしているシーンがありますが、これはユナイテッド93の映画の中のやり方を追随しています。

 それを見てテロリストたちは「9.11以降コックピットのドアが強化されて、ユナイテッド93のときのようにワゴンなんかでドアを壊せるものか」とたかをくくっています。

 しかし、それが油断となって、彼らはコックピット内にドアの開閉を知らせるブザーが鳴っていることに気づきませんでした。

 乗客側は、はじめから彼らを油断させるために、ユナイテッド93のやり方をただ繰り返しているのだとテロリスト側に思わせるためにワゴンを使っています。

 30秒ずっと弾を撃ちまくれるほど残弾数が残っていなかったので、その間を埋めるため……という理由もありますが。

 結果、乗客たちは30秒間テロリストたちに開閉要求ブザーが鳴っていることを気づかせることなく、ドアの開閉に成功しました。


 9.11以降、コックピットのドアは強化されました。現在では、拳銃で撃ったり斧をたたきつけるぐらいでは壊れません。

 コックピット内で開閉を許可しないと基本的には開かないようになっています。

 テロリストなどコックピットの外から悪意を持って侵入しようとするものを防ぐために。


 しかし、本作の中でもCAが説明していましたが、機長副操縦士の両者が気絶してしまった場合などに備えて、外部からも開閉できるシステムも準備されています。

 本作の中に出てきた、テンキーに暗証番号を入れ、30秒間コックピット内で開閉要求ブザーが鳴っている間、開閉拒否の操作をしなければドアが開く……というのはエアバスで取られているシステムです。おそらく、どの航空機も似たような緊急システムを持っていると思います。


 とはいえ、このようにドアを強化したことがアダになる事件がその後おきました。

 2015年3月にドイツで一機の航空機が墜落します。これはその後原因究明が図られた結果、航空機を道連れにした副操縦士の自殺だったことが判明しています。

 機長が席を外した隙に、副操縦士がコックピットのドアをロック。異変に気付いた機長がドアをたたき壊そうとしましたが、9.11以降の強化されたドアには敵わず、航空機は墜落しました。


 今のところ、コックピット内に悪意ある者が入り込んでしまった場合、ドアを開けるのは非常に困難です。


 コックピットの外部からの悪意ある侵入者を防ぐと同時に、内部に入ってしまった悪意ある者を排除する……両方を満たすドアの開発はまだ発展途上です。



 本作では、ユナイテッド航空93便が辿れなかった未来を、辿る物語が書いてみたかったということもあって、あのような結果になりました。

 でも、現実には過去にあんな悲しい事件が起こっていたということを、どうか忘れないでほしいなとも思っています。



 ユナイテッド航空93便および2001年9月11日アメリカ同時多発テロで亡くなった方々のご冥福をお祈りします。

 そして、宗教、民族に関係なくすべての人たちが幸せに暮らせるような未来を築けるように、一人一人が些細でもいいから心がけていけるような世の中になったらいいななんて思っています。


 最後まで読んでくださり、本当にどうもありがとうございました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

撃ち落とされるまで、あと何分? 飛野猶 @tobinoyuu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ