第3話 不穏な武器密輸


 ホテルのチェックインは、イザが済ませた。やんたちには、ホテル内では自室以外では喋らないように固く言い含ませる。

 とにかく、喋りさえしなければ日本人に見えるんだから。


 彼らの荷物は、それぞれが中型のキャスター付きスーツケース一個と、小さめのボストンバッグぐらい。肩からかけられるデイパックを背負っているものもいる。

 それらをエレベーターで割り当てられた部屋に運んだ。

 イザも、カウンターでチェックインだけしてそのまま帰るわけにもいかないので、男たちと一緒に一旦部屋まで行く。


 部屋に着くと。男たちはまだ夕方前だというのに部屋のカーテンを全て引いて、すぐにコンセントやベッドの下などをチェックし始めた。盗聴器などが設置されてないことを確認したのだろう。

 それが終わると、さっそく荷物を開け始める。


 その作業の様子を、なんとなく手近なベッドに腰かけてイザは眺めていた。特に、出ていけとも言われなかったから。

 男の一人が、ちらとイザを見て、次にやんを見た。この人、まだ居るんですけど、いいんですか?というような視線にやんは笑って、イザを指さす。


「ああ。気にするな。彼は、野良猫みたいなもんだから」


「……ひっでぇな」


 不平を漏らすイザに、やんは身をかがめると。男の一人が開けていたスーツケースの中身を乱暴にまさぐりはじめた。

 スーツケースには、普通に衣類などが入っているようだったが。

 やんはその中から何かを手に取ると、イザに投げてよこした。


 イザはそれを両手でキャッチする。

 手を開いてみると、渡されたものは黒く艶消しされた長い部品。


「……なんだこれ。オートマチックのバレルみたいだけど」


 オートマチック拳銃のフレーム内部にある筒状の、弾丸が回転しながら出ていく銃身のことだ。


「ご名答」


「……じゃあ、オートマチックをバラシて、分散させて機内に持ち込もうとしてるってわけか」


 イザは、そのバレルを眺めていて、ふと違和感に気づく。

 あれ? 普段自分が扱っているものよりも、心なしか軽い。


「もしかして、これ。バレルもポリマーなのか!?」


 ポリマーというプラスチック製の拳銃は最近の流行ではあるが、すべてがポリマー素材だけでできているわけではない。

 火薬の力で弾丸が高速回転しながら出ていく銃身バレル部分などは金属で作られるのが普通だ。


 そもそも、金属探知機に反応しないという疑いを払しょくするために、ポリマーフレームで有名なグロック17をはじめ通常のポリマー製拳銃は、ポリマーの製造過程で金属粉を混ぜ込むことによって、ポリマー部分にも金属探知機が反応するように作られるものなのだ。


 気づきましたか、とでも言うように、やんはニヤリと笑って糸目を細くする。


「これは特注品なんです。ポリマー部分に金属粉は含まれていない。ふつうは金属が使われる銃身バレル部分も、この銃はすべて強化ポリマーが使われています。ですから、空港の金属探知機でも引っかからず持ち込めるってわけなんです。確かに、金属製の銃と違って何十年も使い込めるわけじゃないですが、数回使うくらいなら何の問題もありません。どうです? お気に召したでしょう」


 日ごろ銃火器取引を生業にしているイザは、当然自身も銃火器、特に拳銃が好きなので興味津々だった。新しい玩具を見つけた子どものように目を輝かせる。


「すげー。おもしれー。欲しいこれ」


 男たちが次々にスーツケースから出してきて確認のために空いているベッドに整然と並べて置いていく部品を、イザは横から一種類ずつ拾い上げると、カチャカチャと玩具を組み立てるように簡単に組み立ててしまう。そして、出来上がった拳銃を楽しそうに眺めた。


「やっぱ、全部ポリマーだと軽いな。お前らが持ち込んだのは、全部オートマチックの拳銃なのか?」


 ホテルの壁に掛かった、モネ風の絵に狙いを定めて、拳銃を構えてみる。リアサイト(銃身後方についている凹型の照門)越しに、淡いタッチの風景が見えた。


「いいえ。私たちのグループは、たまたま拳銃担当だっただけで。ほかのグループが運んだのはアサルトライフルがほとんどでした。そっちはポリマーじゃなく普通のものが大半だったかな……」


「弾丸は、どうすんだよ?」


 イザの問いにやんは、にっと口端を上げるとズボンのポケットに手を入れ、握ったものをイザに投げた。

 拳銃を持っている手とは逆の、左手でそれを受け取るイザ。掌の中に納まってしまうサイズのそれは、弾丸だった。

 サイズは、9ミリパラベラム……か?


 弾丸は通常、鉛などでできた弾丸部分と筒状の薬莢部分が合わさり、その筒の中に火薬が詰まった構造をしている。

 しかし、その弾丸の薬莢はイザが見慣れているようなメタリックな色ではなく、ポリマー拳銃と同じ艶を消した黒色をしていた。


「え!? マジ!? これ、薬莢もポリマーか!? へー、どっかで開発されてるって話は聞いたことあったけど。俺も現物見たの初めてだ」


 驚くイザをやんは、さも楽しそうに眺める。


「あ……でもさ。さすがに弾頭は金属なんだな。これだと機内持ち込みはできねぇんじゃねぇの?」


 やんは、軽く肩を竦めてみせる。


「拳銃の弾丸の方は、依頼先にそれほど沢山の量を運ぶことは要求されてないんですよ。その程度の量の金属だと、分散して持てば金属探知機に引っかからないんです。空港の金属探知機は、一定量以上の金属を持っていないと反応しませんから。小さいから、ポケットとかにも入れられますし。エックス線で見ても、その弾頭の部分だけだと弾丸には見えないでしょう?」


 アサルトライフル持ってったグループは、戦争するのか?ってくらい弾も積み込んで運んで行ったんですけどね、とやんはつけ加えるとペットボトルのキャップを開けて水を飲む。ボルヴィックが好きらしい。


「へぇ……どこで作ったんだ? これ。 大手メーカーじゃ、作んねぇよな、こんなもん。あからさまに、どこの国の法律にも違反してそうだし」


「ふふふ。それは企業秘密ってやつですよ」


「……ちぇっ。教えろよ。けち。パキスタンか?」


 イザの言葉に、やんは思わず咳き込んだ。いきなりビンゴを引いたらしい。

 気管に水が入ったようで、涙目になって胸を叩いている。


「……なんで、わかったんですか」


「カマかけただけだよ……んな、睨むなって。お前の目、怖ぇえんだよ」


「貴方だって他人のこと言えないでしょう。鏡見てくださいよ。……そうです、パキスタンにある密造工場です」


 パキスタンの某都市には、昔から家内工業的に銃を手作りする工房が沢山ある。


「ちょっと前まで手作り感満載で作ってた気がするけど。今は、こんなものまで作れるようになってたんだな。技術力あがったよな」


「技術自体は、大手メーカーが開発したもの。それの特許をちょこっと拝借しただけです」


 やんは、またミネラルウォーターのボトルを口に傾ける。イザと会ってからでも、もうこれで何本目だろう。


「お前ら、特許無視はお家芸だもんな。……水飲みすぎだって。シャブ覚せい剤中も大概にしとけよ?」


「ドラックを仕事にしてる貴方が、よくそんな事言えますよね?」


 放っておいてくれ、とでもいうように、ペットボトルを持ったままぷいっとやんは横を向く。


「ドラッグサバイバーの一人として、忠告してやってんじゃん。瞳孔が鈍くなる前にやめとけよ?」


 ドラッグサバイバーとは、ドラッグ中毒になりつつも、生き延びた人間のことだ。

 ドラッグ中毒の症状の一つに、常に喉が渇くというものがある。

 いくら飲んでも飲んでも、喉の渇きが癒えないのだ。

 身体がドラッグという異物を排除するために水分を欲する自己防衛本能の表れ、らしい。


 瞳孔が開いたまま閉じにくくなることで、瞳がギラついて見えるようになるのもまたドラッグ中毒の症状の一つ。その症状が出ると、ドラッグを止めても長期間その後遺症は残ることも多い。イザもその一人だった。イザの目つきが悪いのは、それも原因の一つだったりする。


 イザは再び拳銃を分解してパーツに戻すと、ベッドの上に並べて返した。

 やんは自分のブランド物のセカンドバックから、ペーパーの束を取り出して、ベッドに並べられたパーツと照合するように確認していった。


 おそらく、あれが依頼先からの指示書なのだろうな……とイザは、ぼんやりとその様子を眺めていた。

 ペーパーは、質のよさそうな上品な紙でできた薄いアイボリー色のもので、手書きで何やらいろいろと書きつけられているようだった。


 手書きの紙というのは、実はかなりセキュリティレベルが高い。メールなどだと後で消しても、その道のプロにかかれば復元できてしまう。

 パソコンのテキストで打ち出しても、やはりパソコン内に記録の痕跡が残ってしまう。


 しかし、手書きの紙であれば、その紙さえ肌身離さずもっておけばハッキングされる危険もないし、要らなくなれば燃やしてしまえば何の記録も残らないからだ。

 ネットのセキュリティを大金かけて保持するよりも、ずっと安価で秘密を守れるため、このネット社会だからこそ案外意味があったりする。


 やんが持つペーパーには、上部左端に青いマークが入っていた。おそらく、あれが依頼主の会社のロゴなのだろう。龍が丸く円を描く中に、九という文字が書かれていた。

 いや、本当の依頼主を隠すためのペーパーカンパニーのロゴ、といった方が正確だろうか。

 こういう裏の仕事を頼んでくるような依頼者が、自分の身バレに繋がるような情報を簡単に仕事相手に渡すとは思えない。

 間にペーパーカンパニーを挟んでくるのは常套手段だ。


 ベッドに並べられたパーツの数を数えると、だいたい拳銃10セット分があるようだった。

 それほど多い量というわけでもないが……でも、なぜそこまで徹底的に金属探知機を気にした作りをしているんだろうと、イザは疑問に思う。

 普通の銃であれば、やんたちだって香港でいくらでも手に入れられるだろうに。そもそもロシア国内だって沢山流通しているから、現地調達してしまえばワザワザいくつもの国境を越えて持ち込む手間もいらない。


(てことは……この銃は、何らかの決まった目的のために特注で作らせて、赤道付近からロシアまで運び込んでるってわけか)


 なんに使うんだ? 

 テロでも起こすつもりなのか?

 イザは、ベッドにパーツごとに並べられてやんがチェックし終わったものの一つ、一番ベッドの端に置かれていたものを、やんやほかの男たちの視線が一瞬こちらを離れた隙に、手が当たっただけなような自然な動作でベッドから床に落とす。そして、すぐさまそれを軽く足で蹴って、ベッドの下に隠した。

 やんや男たちが気づいた気配はない。

 彼らは確認を終えたパーツから、再びスーツケースやボストンバッグに仕舞はじめた。


 パーツを全部しまい終えると、ようやく男たちの間に寛いだ雰囲気が漂い始めた。

 香港を出てからずっと続いていた緊張が解けたのだろう。男たち同志、早口な広東語で雑談を飛ばしあっている。



 やんは相変わらずミネラルウォーターをがぶ飲みしていたが。ああそうだ。忘れるところだったと言ってペットボトルを窓際に置くと、セカンドバックから封筒を取り出した。自立しそうなくらい太く膨れた封筒。

 その中から、紙幣を取り出して数えると、イザに手渡す。香港ドルだった。


「円じゃなくても、いいですか? 経費分も込みということで」


「……別に、円でなくても構わないが。おい、これ貰いすぎだろ。なんで、こんな誰にでもできるような簡単なお仕事で、こんなにくれんだよ」


 携帯で今日のレートを確認すると、だいたい1香港ドル=15円程度。

 渡されたのは1000香港ドル札が30枚。ざっと45万くらいか。ホテル代やレンタカー代などの経費を差し引いても、十分おつりがくる。


「いえ。いいんですよ。私たちの持ち出しではないので」


「へぇ……この取引で、あんたんとこの組織は結構稼いでんだろうな」


 そこで、ふと疑問に思うことがある。

 それだけの潤沢な資金があるなら、なぜもっと簡単な方法を取らない?


「そういやさ。なんで、お前らが直接運んでんの? んなの、ロシアンマフィアの連中の手を借りた方がずっと楽じゃん。ロシアは、あいつらの地元なんだし」


 ロシアンマフィアは、最近ではすっかり経済分野に進出して強い力を持っている。ロシア国内はもちろんのこと、中国や香港、日本にもその影響は及んでいるのだ。

 まして、ロシアンマフィアは『裏世界の運び屋』と呼ばれるほど、世界各地に網を巡らせて世界中の裏社会を繋ぐ物流を担っていることは有名だ。


 ロシアに物を持ち込むのなら、そのロシアンマフィアの手を借りない理由がわからない。この取引には資金も豊富に絡んでいるというのなら、節約のためにやんたちが運んでいるという訳でもなさそうだ。


「……もちろん、私たちもそれを真っ先に考えましたよ。たしかに、ロシアに物を運び込むのに、彼らに頼むことほど確実な方法はない。でも……依頼主の意向でそれはできません。一切、ロシアンマフィアを関わらせないでほしい。彼らには感づかれないでほしい……それが、第一条件でしたから」


 それを聞いて、イザは怪訝そうに眉を寄せた。

 それじゃ、まるでロシアンマフィアに戦争でもしかけようとしているようだ。

 でも、そう考えると武器の量はやんたち三合会トライアドが運んでいる量はあまりに少なすぎる。


(なんか、妙だな……)


 若干気になりはしたが、考えても仕方のないことだったので、やんに「ちょっと早いですが夕飯を食べに行きませんか? 新幹線の中で食べた駅弁とやらは何だか物足りなくて」なんて言われたものだから、すぐに忘れてしまった。


 荷物を見張るため、男一人は部屋に残って留守番らしい。


「わかった。先行っててくれ。すぐ追いつくから」


 イザの言葉に、やんたちは連れ立って廊下へと出ていった。その背中を見送り、イザは靴紐を結びなおす振りをしてベッド脇にしゃがみ込む。

 留守番に残った男は、欠伸などしながらテレビのチャンネルを変えていてこちらを見てはいない。


 イザは男に気づかれないようにそちらに背中を向けたまま、ベッドの下に手を伸ばした。

 ベッドの下を手で探ると、指先が何かに触れた。それを掴んでベッドの下から取り出す。

 イザの掌にあるそれは、先ほどイザが蹴って隠した、ポリマー製拳銃のパーツの一つだ。


 なにげない動作で立ち上がると、イザはそれを気づかれぬよう自分のポケットに仕舞う。そして、何食わぬ顔で部屋から出てやんたちを追った。

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