第28話 未来とクレープ

 結局学校見学の希望用紙は、しぃちゃんとおんなじ学校を選んで出した。お母さんの勧めで一応私立も見学することにしたんだけど、しぃちゃんも「見るだけならタダ!」って一緒に回ってくれることになったのだ。

 その用紙をやっとの思いで提出したら、今度は部活の練習が現役最後の大会に向けて一段と厳しくなり、必死でこなしているうちに、とうとう大会の日がやってきた。最後だというのに自己ベスト更新とはいかなくて悔しかったけど、三年生みんなで号泣したらすっきりして。目立った活躍はできなかったけど、わたしの三年間の部活生活は、こうして静かに幕を閉じた。


 それから、あっという間に夏休みがやってきた。

 今日はしぃちゃんの第一志望である北高の見学に、お母さん同伴のもとやってきた。早苗さんは残念ながら用事があって来られないらしい。


「やっぱり北高の制服かわいい~! 着たい~!」


 しぃちゃんは、在校生の姿を見るやテンションが上がっている。青地のチェックのスカートに、薄い水色のワイシャツ。中にはホワイトのベストを着ている人もいて、全体的に爽やかな印象だ。冬場はこれに同系色のリボンがついて、紺色のブレザーを羽織る。

 活発で明るいしぃちゃんには、確かに爽やかなブルーが良く似合う。北高の制服も着こなしちゃうんだろうな。そう考えて、じゃあ、わたしは? と思う。脳内に思い描いたしぃちゃんの隣に、同じ制服を着たわたしを並べてみる。……う~ん? 似合う、のかな……? 


「つばさ! あっちのでかい教室で説明会だって! 行こ!」

「あ、うん!」


 やる気十分のしぃちゃんに腕を引っ張られながら、わたしたちは説明会の教室にやってきた。『プレゼンテーション室』と札がかかったその教室は、普通の教室とは少し違って、机や椅子が固定されていた。大人数が入れるように普通の教室の倍以上の広さだし、前方には大きなモニターがついている。

 案内されるまま席に着く。しぃちゃんとお母さんの間に座って、机の上に置いてあった資料をパラパラとめくる。校長先生の挨拶から始まり、学校の特色であったり、年間行事のことなど色々書いてある。入学式、スポーツ大会、文化祭……1年を通していろんな行事があるみたいだ。

 1年。365日が、3年間。それって、つまり。数学は得意じゃないから、筆算をしようと資料の端っこに数字を書いてみる。


《皆様、揃いましたでしょうか? それでは、説明会を始めたいと思います》


 マイクのハウリング音と共に、室内に声が響いて、わたしはハッと顔を上げた。結局計算の答えは出ないまま、説明会が始まった。

 北高の歴史、校風。年間行事に、部活動一覧。そして、生徒の卒業後の進路の話まで。資料に沿って説明会は進む。


《当校は、県内でも進学率が高く、卒業後は大学に進学する生徒がほとんどです。お手元の資料にあるように、これだけの数の大学への進学実績がございます》


 ずらりと大学名が載っているページを見ていると、しぃちゃんが小さく「あっ!」と声をあげる。何事かと思ってしぃちゃんのほうを見ると、しぃちゃんは興奮気味に私の肩を叩いた。


「やばくない? ここ、駅伝で有名なとこだよ。北高行けばこういう所にも行くチャンスあるのかなぁ!」


 しぃちゃんが指をさしたのは、確かにテレビでよく名前を聞く大学だった。よく見ると、それ以外にも有名な大学がたくさん載っている。……あ。ここ、高際さんが通っていた大学じゃなかったかな。目を滑らせた先にその大学を見つけて、後で高際さんに教えてあげよう、と思った。


「確かに、これだけの実績があるってすごいわねぇ。大学進学を考えるなら、北高、いいんじゃない?」

「そう、だね」


 しぃちゃんに触発されてなのか、お母さんも随分乗り気だ。高校進学のことすら迷って決めかねているのに、大学進学だなんてさらに先のことを言われても分からないよ。そうは思ったけど、曖昧に返事をした。


 * * *


 帰りがけ、アンケートにご協力ください、と紙を渡された。今日の説明会がどうだったか、というものだ。一つ一つの質問に正直に答えて、最後の質問でちょっと筆が止まった。


『当校を受験しようと思いますか?

 1.はい 2.いいえ 3.わからない』


 どうせ匿名だし、分からないよね。隣にいるしぃちゃんに見られないように、そっと3番に丸を付けた。しぃちゃんは、当然1に丸を付けたのだろう。客観的に見て、とてもいい学校だと思った。公立なのに校内は綺麗だったし、年間行事も楽しそうだし。偏差値がちょっと高めだから勉強は大変かもしれないけど、お母さんが言うように、大学進学を考えたら北高だ。

 でも、主観で言ったら? 大学に行きたいかなんてまだわからないし、勉強、そんなに好きじゃないし。部活も好きなほうだけど、しぃちゃんほど情熱を持っているかと聞かれたら、そうじゃないし。

 そして、なにより──。

 高際さんの背中が頭の中に浮かんだ。いつも、ピンと背筋が伸びた、大きな背中だ。わたしは、あの背中に近づきたい。優しい彼は、わたしと歩くときにはいつも歩幅を合わせてくれるけど、時間の流れは、そうとは行かない。わたしより、ずっと先に生まれた彼は、わたしのずっと先にいて。わたしが進めば進むほど、同じだけ遠くに行ってしまう。その差がどうしても埋められないというのなら。せめて、少しでも長い時間を一緒に過ごしたい。

 この間から考えていた、選択肢のひとつ。高校に行かないで、高際さんと一緒にいる。わたしの希望だけで言ったら、そこにたどり着く。

 高校生になったら、勉強に部活に、きっと今より忙しくなる。今までと同じように会うのも難しくなるかもしれない。でも、高校に行かなければ、その分高際さんと一緒にいれる。3年間だ。結局さっきは計算できなかったから日数はわからないけど、その分だけ、一緒にいる時間ができる。3年間必死に頑張って大学に進む道より、高際さんの隣で笑う道のほうが、わたしの進みたい道だと思うのだ。今時、高校に行かない人なんてほとんどいない。きっとそんなこと言ったらみんなに反対される。高際さんにだって否定されるかもしれない。


「駅前にクレープ屋さんあるじゃん! 放課後、買い食いできるじゃん!」

「あら、じゃあ買っていく?」

「え!? いいんですか!?」

「うふふ、買い食いの予行演習ね」

「やったー! つばさ、どれにする?」


 しぃちゃんは悩みに悩んで、結局一番人気のチョコバナナにした。わたしは正直、クレープって気分じゃなかったんだけど……お母さんが買ってくれるって言うし、せっかくだから、いちごチョコを頼んだ。お会計はお母さんに任せて、出来上がったクレープを受け取って、すぐに口に含む。


「おいしー!」

「ほんと、おいしいね!」


 生クリームが程よい甘さで、イチゴの酸味とチョコの甘みを引き立てている。なにより、生地がもちもちですっごくおいしい。さっきまでもやもや考えていたのが吹き飛ぶくらい。


「つばさ、一口ちょうだい!」

「いいよ! しぃちゃんのもちょうだい!」


 チョコバナナも、一番人気なだけあってとてもおいしい。うわー! 部活引退したから甘いもの控えなくちゃなのに、止まらなくなっちゃう。二人しておいしいおいしいって食べてたら、あっという間に食べ終わってしまった。なんならもう1個はいけちゃいそう。確実に太る……! 


「あはは! 目標は全種類制覇だね!」


 しぃちゃんの何気ない一言に、屈託のない笑顔に、ズキリと胸が痛んだ。しぃちゃんは当たり前のように、描く未来にわたしを置いてくれている。それが嬉しいと思う反面、苦しい。

 反対される以前に、しぃちゃんを傷つけてしまうかもしれない。そう思ったら、楽しそうに笑うしぃちゃんに、そんなことを考えてるなんてますます言えない。

 全種類制覇って言うしぃちゃんに、「そうだね」って言えなかった。そのことにしぃちゃんは気づいていない様子で、また楽しそうに笑った。

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