第14話 しぃちゃんと高際さん
駅伝はまだ続いている。今は第三走者の子が2位のまま折り返し地点を過ぎた。1位との差はあまりないけれど、なかなか追い抜けないみたいだった。
「杉崎が戻って来ないな。あいつ何やってるんだ?」
先生から発せられたしぃちゃんの名前にどきりとする。さっき、わたしだけ応援できなかった罪悪感でズシリと胸が重くなったけれど、それがばれないようにぱっと顔を上げて先生を見た。
走り終わった選手は、応援席まで各自戻ってくるようになっていた。第一走者の子はとっくにわたしたちと合流していたのに、しぃちゃんの姿はまだ見えない。
「あっ、じゃあ俺が──」
「わたし、探してきます!」
ノベくんと声が重なったけれど、わたしが言い切る方が早かった。驚いたような、恨めしそうな目でわたしを見たノベくんを見ないふりする。ごめんね、ノベくん。
「そうか、頼むな、遠嶋」
「はい!」
わたしは先生にぺこりと頭を下げたあと、応援席から抜け出した。
率先してこの役を買って出たのは、しぃちゃんとゆっくり話がしたかったからだ。しぃちゃんは大事な友達だから、ちゃんと向き合って、自分勝手な気持ちでしぃちゃんのことを悪く思ってしまったことを謝りたい。しぃちゃんがわたしの中の黒い感情に気づいていなかったとしてもだ。自己満足に過ぎないけれど、そうしないとわたしの気が済まない。
──でも、何してるんだろ、しぃちゃん。
スタート地点を探してみたけれど、しぃちゃんの姿はなかった。走り終わってからだいぶ経っているし、ここにいるのもおかしな話だ。他に考えられるところといったら、沿道のどこかかな? 一般の観客の中に知り合いがいて話し込んでるとか?
うちの学校側からスタート地点までは見たから、今度は反対側の沿道を探してみようかな。スタート地点を通り過ぎて反対側の沿道に向かう。小走りで観客の人たちを見てみるけど、それらしき人影は見えない。
あ、この辺、高際さんがいたところだ。通り過ぎる時にソワソワと姿を探したけれど、高際さんの姿もそこには無かった。
──帰っちゃったの、かな。
しぃちゃんに会うという目的も達成されたし、しぃちゃんの番はもう終わったし、確かに帰ってくれても何の問題もない。でも、一声かけて欲しかったと思うのは、やっぱり我が儘だ。高際さんだって、せっかくの休みだったのに来てくれたんだから。
この間から、わたし、自分勝手だ。こんなこと考えたくないのに、何でなんだろう。しぃちゃんや高際さんに、自分勝手で嫌な気持ちを抱いてしまう。こんなの、変だ。今までこんなことなかったのに、どうしてなの?
ふるふると首を振って考えを霧散させる。今はしぃちゃんを探さなきゃ。あと探していないところといったら、トイレくらいだ。トイレは近くの運動公園のものを借りることになっている。案内板も立っていて、一般の人もそこを使えるようになっているのだ。早くしないとわたしも先生に怒られてしまう。わたしはさっきまで小走りだった足を速めて、トイレがある方に向かった。
* * *
運動公園の敷地に入って、トイレの中を探す。女子トイレを一通り見たけど人はいない。男子トイレにはいるはずもないし……。ここでもないとすると、いよいよ検討がつかなくて頭を抱えた。
「まさか何か事件に……? そんなこと……」
ないとは言い切れない。運営の人が見回りをしているとはいえ、可能性はゼロじゃない。どうしよう、一回戻って先生に報告する? これがもし本当に事件だったら──そう考えて背筋が凍る。しぃちゃんに変な態度をとったままお別れなんて、そんなの嫌だよ。
「──……ざいます。来てくれて」
「……?」
トイレから少し行った向こうのほうから聞き覚えのある声がした。それがしぃちゃんの声だとわかるまでに時間はかからなかった。よかった、無事だったんだ! 慌てて声のした方へ向かう。独り言ではないだろうし、しぃちゃん、誰かと話してる……? とりあえず物陰から覗いてみて、息を飲む。
──しぃちゃんと、高際さん……!?
後ろ姿だけどすぐにわかった。ピンと伸びた背筋と今日の服装。高際さんと向かい合うように立っているしぃちゃんは、わたしには気づいていないようだった。
どうして2人が? 来てくれてありがとうってことは、しぃちゃんが呼び出したのかな。いや、駅伝に来てくれてって意味かも。考えても答えが出ないことに必死で頭を巡らせた。
そんなことより問題は、どうしてこんなに人気のないところに2人きりでいるのかってことだ。
『えっ!? うそ、ちょっとかっこいいじゃん! イケオジって感じで』
しぃちゃんの言葉が頭をよぎる。いやいやそんなまさか! あんなに人のこと全否定してたじゃん! 一番行き着きたくない可能性を必死に叩き潰す。
それじゃあ、高際さんが? わたしの友達が女の子だったことを喜んでいた。今日初めて会ったしぃちゃんのこと気に入ったんだろうか。だとしたら、わたしのことは? そういえば、わたしが告白されたのも初めて会った日だった。やっぱりそういうことなの? 誰でもいいの? それとも、わたしのこと好きじゃなくなった──?
ぐるぐる、ぐるぐる。行き場のない感情が頭の中を巡って、どんどん黒くなっていく。立ち去ろうにも、駈け寄ろうにも、動揺した足はすくんで動けない。こんなことしちゃいけない、わかってるけど。わたしはどうすることもできず、その場で2人の会話に耳を傾けたのだった。
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