第9話 ポップコーンとアイスコーヒー

 映画が始まってしまえばこっちのもので、わたしは最初から最後まで、映画に集中してしまっていた。完全に入り込んでしまっていたくらい、映画は面白かった。話題作だったから面白いんだろうなとは思っていたけど、こんなにとは思わなかった。今すぐ感想を語りたい! エンドロールまでしっかり見届けた後、ちらりと横にいる高際さんを見る。高際さんも余韻を味わうみたいにしばらく画面を見ていたけど、少しして目が合った。


「あのっ、すごく、面白かったですね!」


 我ながら頭の悪い感想だ。でも、それしか言葉が出てこなかったのだから仕方がない。興奮気味に言ったわたしに、高際さんは口元だけで笑うと立ち上がった。


「感想でも言い合いながらご飯にしようか。行こう」

「はい……!」


 ゆっくり話がしたいわたしの意図を汲んでくれたようだ。わたしたちはショッピングモールに向かい、ご飯屋さんを探す。たくさんある中で高際さんが「ここにしようか」と言ったのは、美味しそうなパスタのお店だった。わたしはこくりと頷いて、高際さんの後に続く。店内はピークを過ぎたというのに賑わっていて、わたしたちは小さな2人掛けのテーブルに案内された。机の上を見ると、お昼過ぎ限定のケーキセットのポップがあって、賑わっている理由はこれか、と1人で納得する。


「ご飯よりそっちがいいか?」

「あっ、いえ、違っ!」


 まじまじと見てたから勘違いをされた。食いしん坊かと思われたかも。さっきポップコーン食べたのに、ケーキセット見てるなんて。


「冗談だよ。これのせいで人が多いんだな」


 クスリ、と笑った高際さん。基本的に表情の変化があまりないから、本気か冗談かわかりづらいよ! 

 注文を済ませてから、どちらからともなく話し始める。話題はもちろんさっきの映画のことだ。話題のCGアニメーション映画『サファリ!』。飼い主に捨てられた茶色の子猫・テオが主人公だ。自分を捨てた飼い主を探すため乗り込んだトラックがたまたまサファリパークの動物搬入用トラックで、テオはそのままサファリパークで生きていく決意をするけど……って内容。育ての親代わりのライオンのレオを始め、さまざまな仲間たちとの出来事を描いた、笑いあり涙ありの超大作。かなり心を揺さぶられた。


「わたし、レオが身を挺して敵の群れからテオを守ったところ、ちょっとうるっとしちゃいました。最初はあんなにテオのこと嫌がっていたのに」

「あそこはいいシーンだった。あの後、レオとテオが協力して敵に立ち向かうところも良かった。テオの身軽さを活かした攻撃と2人のコンビネーションは見ものだったな」


 アニメーション映画だから、高際さんは飽きてしまうんじゃないか、とも思っていたけど、全然そんなことなくて。むしろわたしよりしっかり見てたんじゃないかってくらい。高際さんの感想や考察に、そういう見方もあったんだって感心したり、わたしと全く違う着眼点にびっくりしたり。話は尽きなくて楽しい。

 注文の品が届いてからも、わたしたちはいろいろと話をした。そろそろ感想も出尽くしたかな、というときにはもう目の前のお皿は空になっていた。


「高際さん、普段ああいう映画って見るんですか?」

「普段は洋画が多いかな。最近は忙しくて見れてないが」

「やっぱり……、付き合わせちゃいました、よね。ごめんなさい」

「何で謝る? 新しい発見だらけで面白かったよ」

「……新しい発見って?」


 わたしが首をかしげると、高際さんは空になった皿をまとめながら「そうだな、」と呟く。


「アニメーション映画もすごく奥が深くて面白いってこととか。普段洋画の吹き替えをよくやってる声優も、こういう映画に出るんだなということとか」

「えっ、誰ですか?」

「サイの親玉。あの人、かなりの大御所だよ」

「へー! そうなんですね!」

「……あとは……」


 そう言いながら、高際さんは肘をついてわたしのことをじっと眺めた。真剣な眼差しに思わずどきりとする。な、なに? 顔になにか付いてる? 反射的に口周りをゴシゴシこすると、高際さんは、ふ、と一瞬優しく笑った。


「つばさちゃんは表情がころころ変わって見ていて飽きないってこととか」

「!」


 もしかして、映画中も、見られてた? わたし、こっちなんか見てないと思って、思う存分映画に入り込んでたから、多分きっとシーンに合わせて百面相してた。見てて面白いってしぃちゃんにもたまにからかわれるのに。それを見られてたとなると、恥ずかしくて顔から火が出そう! 

 真っ赤になったわたしを見て高際さんは、また少し目を細めた。目の下のシワが優しく刻まれて、わたしはなにも言えなくなる。


「あとは──、」


 まとめ終わった皿を載せたお盆を持って、高際さんが立ち上がる。まだあるの!? と身構えながら、次の言葉を待った。


「キャラメルポップコーンとアイスコーヒーは、意外に合うってこととかかな」

「……もう!」


 拍子抜けだ。同じものを共有したいから、と2人用にしたポップコーン。意外にもお気に召してもらえたようで良かったけれど。なにを言われるのかとヒヤヒヤしたのに! 高際さんを睨みつけると、さっきのケーキセットのポップのときと同じように小さく笑っていた。これが冗談を言ってる時の顔だって、覚えておこう。


「さぁ、時間はまだあるから、適当に店でも見ようか」

「はい」


 わたしなりに楽しもうと決めた、22歳上の人との初デート。話が合わなかったり、好みが合わなかったりして楽しめないんじゃないか、と、心のどこかで思っていた。でも、実際そんなことはなくて、その違いが楽しかったり、新しい発見があったりする。それを高際さんも楽しんでくれているみたいで、安心する。

 ……キャラメルポップコーンとアイスコーヒー。まるでわたしたちみたいに正反対のふたつ。果たして本当に合うんだろうか。コーヒーは苦手だけど、帰ったら挑戦してみようかなって、ちょっとだけ考えた。

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