第7話 デートの誘いと初電話
22歳も年上の人とのLINEのやり取りなんて、絶対に続かないと思っていたけど。
『おはよう、つばさちゃん。今日の小テスト、頑張って』
朝起きて、届いているメッセージを寝ぼけ眼で確認する。小テストの話、一週間前にしたのによく覚えてたなぁと思いながらわたしはそれに返事を送った。
高際さんはマメである。朝と夜、夜はたぶん高際さんの仕事が終わった後、必ずメッセージをくれる。わたしが負担にならない程度に、1日に何回かのメッセージのやり取り。高際さんはLINEでも、わたしのとりとめのない話をきちんと聞いてくれている。先週だって、小テストなんてやだなぁ、ってぼやいただけだったのに。本当に、わたしとしっかり向き合おうとしてくれているんだな。そう考えるとなんだか嬉しく思えて、今日のテストも頑張れそうな気がした。もちろん、気のせいなんだろうけど。
* * *
「ぜっ……たい、ロリコンだよその人!」
部活の休憩中、「ぜ」と「たい」の間をためにためて言ったのは杉崎
「そうかなぁ」
「絶対そう! だってその人36でしょ? おっさんじゃん。うちのお父さんとそんな変わんないよ? なのに中学生に告白とかありえないって!」
全否定である。
「でも、誓約書とか書いてきたんだよ、わざわざ」
「それは表面上でしょー? 裏では絶対ヤラシーこと考えてんだって! 大人なんか思ってないこと平気で言えるよ」
フォローしたつもりが、受け入れてもらえない。ヤラシーこと、考えるんだろうか。高際さんみたいな人でも。……想像できない。いつもキリッとしてるもん。それに、あの告白だってあんなに真っ直ぐな目で、わたしに好きだって言って──って、思い出したら恥ずかしくなってきた。パタパタと手のひらで顔を扇ぐ。
「……やっぱり高際さんはそんな感じには見えないよ」
わたしがそう言うと、しぃちゃんはわざとらしくため息をついた。
「わかった、じゃあさ。試してみようよ、その人のこと」
「……試す?」
しぃちゃんの発言の意図がわからず、わたしは首を傾げた。
「デート誘いなよ、つばさから」
「デート!? それに、わ、わたしから!?」
素っ頓狂な声が出た。だって、デートって、付き合ってからするものじゃないの? それに恋愛経験ゼロなわたしが、男の人をデートに誘うなんてハードルが高すぎる。
「別に難しいことじゃないよ。JCから『二人だけでどっか行きましょう』って言えばロリコンなら食いつくでしょ」
「そ、それはそうかもしれないけど」
「それで一回デートしてちょっと隙を見せればコロッと本性見せるでしょ!」
「しぃちゃん……面白がってるでしょ、わたしと高際さんのこと」
「あ、ばれた?」
ペロリと舌を出したしぃちゃん。そんな顔も様になるんだから可愛いってやっぱり得だ。じとりとしぃちゃんを睨みつけると、休憩終了の笛が鳴った。
「あっ、やば、集合だ。行こ、つばさ」
「うん」
ドタバタと立ち上がって、顧問の元に行く。さっきのデートの件は流れたな、と安心したのに、しぃちゃんはこっそりわたしに耳打ちした。
「あとでデートの作戦練ろうね」
流れてなかった。なんてこと。こわごわとしぃちゃんを見ると、にっこり笑いかけられ、チャームポイントの可愛らしい八重歯が顔を覗かせた。なぜか当の本人のわたしよりノリノリで楽しそうなしぃちゃんに、わたしは何も言えなかった。
* * *
『テスト、全然ダメダメでした』
朝の話題に返事をしてから、どうしたものかと考える。自然にデートの話に持っていける気がしない。いや、デートの誘いなんて自然に持っていく必要はないのかもしれないけど。
既読はすぐに付いた。あ、高際さん、仕事終わってたんだ。
『お疲れ様、よく頑張ったね。わからないところがあれば教えるよ』
さらりと言ってのける余裕が羨ましい。さすが、学年トップクラスの成績だっただけある……って、感心してる場合じゃなくて。高際さんの返信に既読をつけてから時間が経ってしまった。はやく返事しないと変に思われてしまう。なんて言えばいいのだろうか、しぃちゃんが言ってた通りで大丈夫かな。
打っては消して打っては消して、結局、『今度二人でどこか行きませんか』という当たり障りのない文章になってしまった。送ってから勉強のことと思われたかも、と気づいて慌てて『勉強のことは置いといて』と付け足した。
あ。なんで疑問系で送ってしまったんだろう。しぃちゃんに言われた文面とちょっと違う。失敗した。もしかしたら断られるかもしれない。向こうには向こうの都合って物があるんだし。やっちゃったな、と後悔しつつ、恐る恐る画面を見る。既に既読が付いている。いつも思うけど、高際さん、既読早すぎない?
返事、どう来るかな。チラチラと画面を気にしながらそわそわしていると、予想外の出来事が起きた。いつもならメッセージを受信するとぶるりと一度だけ振動するスマホが、ぶるぶると震えている。まさか。
「でっ、電話……?」
なんでいきなり!? てっきりイエスかノーの返事が来るものだと思っていたわたしは、わたわたとスマホを手にした。ど、どうしよ、喋れる自信ない。でも、さっきまでやり取りしてたくせに電話には出ないなんて不自然すぎる。えーと、えーと。
ええい! もうどうにでもなれ! わたしは意を決して応答ボタンを押した。
「も、もしもし……」
《つばさちゃん?》
久々に聞く、低く澄んだ声。そういえば、声を聞くのは連絡先を交換して以来だ。電話越しだとこう聞こえるんだ。
「はい」
《いきなりすまない。……嬉しくて、つい、舞い上がった》
「へ……」
本当にこの人は、いつもストレートに物を言う。誠実で真面目な人だというのは、数日のやり取りでわかっていた。分かっていたけれど、嘘のないこの言葉には、この行動には、ドギマギさせられてしまう。
《どこに行きたい?》
「えっ、えと、その」
そこまで考えてなかった。しぃちゃん、そこまで考えてくれればよかったのに!
わたしは今までの知識(と言ってももちろん漫画とか友達の恋話から得たもの)の中から、必死に考える。デートでしょ? それに、初めての。あんまりハードルが高くなくて、中学生でも行けて……。色々考えた後、声を絞り出した。
「え……映画、とか?」
《映画だな。見たいものはあるか?》
電話越しの高際さんは食い気味に質問してくる。そこまで考えてないんだってば! 今って何が上映してる? テンパって一つも出てこない。思わず無言になってしまうと、電話の向こうからカチカチと音が聞こえた。何をしているんだろう。
《実写とアニメ、どちらがいい?》
「え? えと、アニメ?」
《CGアニメと普通のアニメがあるな。CGの方は最近話題になっているやつだな》
「CG……あ、あの動物がいっぱい出てくるやつ、ですか?」
《そうだな。見たことあったか?》
「あ、いえ。友達が面白かったって言ってたから、気になってました」
《じゃあこれにしよう》
カチカチ、とまた音がする。この音は、パソコンを使って映画を調べてくれている音だ。わたしのことを第一に考えて、選択肢を与えてくれて。その優しさに気づいて胸がぎゅっと締め付けられる。
それからあっという間に日取りと時間と場所が決まった。わたしは高際さんの提案に「はい」と返事をしていただけだ。当日は高際さんが車で迎えに来てくれるらしい。こんなにするすると事が運ぶとは思っていなかった。
《外出の件はご両親に僕から言っておく。約束だからな》
「あ……はい」
そういえば、誓約書にそんなこと書いてあったな、と思い出した。わたしに口裏を合わせてもらったり、黙っていたりすればバレないだろうに、本当にこの人、真面目で変わってる。
《それじゃあ、日曜日に。急に電話してすまなかったな》
「いえ、大丈夫です。いろいろ決めてもらっちゃってすみません。ありがとうございます」
《楽しみにしてる。……、じゃあ、おやすみ》
「……はい。おやすみなさい」
わたしがそう言うと、少しだけ名残惜しそうに、数秒の間があってから電話が切れた。わたしは電話が切れたその画面をしばらく眺めてから、そのままベッドに倒れこんだ。
「はぁ~……」
びっくりした。びっくりして、すごく神経を使った気がする。
『嬉しくて、つい、舞い上がった』
高際さんはそう言っていた。メッセージで済ませればいいものを、わたしが誘ったから、嬉しくて思わず電話かけてきたってこと?
『楽しみにしてる』
楽しみにしてくれてるのがわかる、少し弾んだ声。あんなに嬉しそうにしてくれるなんて思わなかった。だって、映画に行くだけなのに。
『……、じゃあ、おやすみ』
おやすみを言う前の間。少し詰まった息遣いは、初めての電話を終わらせたくなかったから、だろうか。
まだ、耳元に声が残っているような、そんな変な感覚。わたしは無意識のうちに耳に手をあてた。メッセージのやりとりとは違う、声のやり取り。アルバムを見ていた時には遠く感じていた距離が、少し近くなったような気がする。もしかしたら、今度のデートでまたさらに、距離が変わるかもしれない。
高際さんがロリコンだとか、そうじゃないとか。試すとか試さないとか。しぃちゃんには申し訳ないけれど、そういうの、もう既にちょっとどうでもよくなってきている。
「……えへへ」
初めてのデート、わたしもちょっと楽しみだ。緩んでしまう口元を、慌てて引き結んだ。
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