第27話 夢と理想
高際さんとの1週間に1回のデート(お勉強を含む)にもだいぶ慣れ、最初の中間テストでは自分史上最高点をたたき出した教科もあったりして。思っていたよりもずっと順調に、高際さんとのお付き合いは続いていた。
少しずつ季節は夏に向かって進んでいる。最高学年としての自覚だとかなんだとかはまだわからないけど、部活は引退前の大会に向けてみんな力を入れている。今年で引退するっていうのも、まだ実感は湧かない。
そんな中担任から配られた紙にもまた、いまいちピンとこないまま。
「期限は今週の金曜日まで! 学校見学は志望校を決める上で非常に重要だぞ。各学校の日程をしっかり確認して、1校だけじゃなく何校も見て比較して、夏休みが終わるまでには志望校を決めること。じゃあ、解散!」
先生のよく通る声が教室に響いた。それに合わせて、クラスメイトたちはざわつき始める。全員に配られたのは、各高校が開く学校見学の日程一覧と、提出用の用紙だった。
学校見学かぁ……。特に行きたい高校もないなぁ。そう思って一覧を眺めていると、背中に衝撃があった。
「つーばーさっ!」
「わぁっ!?」
どうやらしぃちゃんに後ろから飛びつかれたらしい。わたしは心臓が口から出てきてしまうのではないかと思うくらい驚いてしまって、その様子を見てしぃちゃんはけたけたと笑った。
「もち、北高は行くっしょ? 一緒に回ろうね!」
「うん、そうだね」
「あと、南高も一応見たいかな~。あたしの頭でも行けそうだし。ねぇ、つばさは私立も見る感じ?」
「あー、えっと、どうだろう」
「うちさぁ、お金ないからって私立はダメって言われてんの! 滑り止めも受けさせてくれないとかヤバくない? 落ちたら死ぬんだけどあたし」
「えっなになに? 杉崎も遠嶋も北高第一志望なん? うーわ、マジかよー俺もなんだけど。真似すんなよ」
「は? ウザ! 話入ってくんなよノベ!」
二人がじゃれ始めたのを見守りつつ、わたしはまた手元の用紙に視線を落とした。中学を卒業するビジョンさえ曖昧なのに、そのあとのビジョンなんてまったく想像出来ない。行けばイメージ湧くのかな。自分だけが取り残されているような気持ちになって、すこしだけ、怖くなった。
* * *
「元気がないな。何かあったか?」
教科書を閉じたタイミングで、高際さんが言った。勉強モードから恋人モードに切り替わったのが分かったので、すすすっと隣に移動して身体を預ける。高際さんはわたしの体重なんて感じていないかのように平然としている。
「学校見学の希望を出さなくちゃいけなくて」
「もうそんな時期か」
「受験とか、行きたい高校とか、全然わかんないです……でもみんな割とちゃんと考えてて、焦るっていうか……」
高際さんの腕に頭を擦り付けると、高際さんは反対側の手でポンポンと頭を撫でてくれた。それに、少しだけムッとする。
お付き合いは、順調だ。こうして優しくもしてくれるし。でも──。
「つばさちゃんは、将来の夢とかはないのか? こうなりたいという理想でもいい」
「理想……」
高際さんの言葉を反復する。もっと小さな時は、お花屋さんとか、パン屋さんとか、そういうことを言っていたけど、そんなこと今は思わないし、夢というのもいまいち浮かばない。こうなりたい、という理想を強いて言うなら。
「……早く大人になりたいなぁ」
高校とか、そういうのをすっとばして、早く大人になりたい。
何度も家でのデートを重ねたし、部屋で二人きりっていう状況なのに、高際さんは、頭や髪に触れる以外は何もしてこない。せっかく恋人になったのに、わたしたちはキスもまだしていない。こんな素敵な人とお付き合いできているだけで幸せだってことはわかっているし、下にお母さんがいるってこともわかっているけれど、ほんのちょっとくらい、って思うのだ。
人って、恋をするとどんどんワガママになっていくんだなって思う。1週間に1回会えるだけでよかったし、高際さんが触れてくれるだけで満足だったのに、もっともっと長い時間一緒にいたいし、もっと触れ合いたいと思ってしまう。頭や髪に触れるだけの手に、もどかしさを感じてしまう。
それが出来ないのは、わたしがまだ中学生だからかな、とか、高校生になれば変わるのかな、とか、高校生もまだ子供なのかな、とか。色々考えてしまうけど、考えても答えは出ない。
「……焦らなくても大丈夫だよ」
高際さんはそう言うけど。わたしが歳を重ねるのと同じペースで、高際さんも先へ行ってしまうじゃないか。時間の差を埋めるには、やっぱり時間しかないじゃないか。
「とにかくいろんな高校を見てみるといい。見学に行ったら行きたいと思えるところが見つかるかもしれない」
「……高際さんのばか」
「ん?」
こんなのは八つ当たりだって分かってる。それでも、吐き出さずにはいられなかった。
高際さんが好きで、一緒にいたくて、早く大人になりたくて。その問題を解決する選択肢ってひとつしかないんじゃないかなって、心の隅で思い始めていた。
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