第17話 星空と横顔

 高際さんの衝撃の告白がつい昨日のことのように思えるのに、時の流れは驚くほどあっという間だ。あれから1ヶ月半。その間、連絡を取り合ったりデートをしたり、ちょっとだけヤキモチをやいたりと、いろいろなことがあった。この1ヶ月とすこしの間で、高際さんへの気持ちは抑えきれないくらいどんどん大きくなっていって。だからもう悩んだり迷ったりしない。わたしの心はもう固まった。

 わたしは今日、高際さんに告白の返事をするつもりだ。


 * * *


 急いで待ち合わせ場所に向かうと、高際さんはすでに到着していた。最初のデートの時と同じ『特別』な日の髪型をして、あの時と同じPコートにベージュのチノパンを合わせた高際さんが、目印の時計台に背もたれながら本を読んでわたしのことを待っている。読書する姿もかっこいい……なんて、思ってる場合じゃない! わたしは慌てて高際さんの元へ駆け出した。


「……ごめんなさい! 待ちましたか?」


 高際さんはわたしの声に気づいて、持っていた文庫本をパタリと閉じる。


「いや、大丈夫だ。電車の時間も問題なさそうだな」


 そう言って高際さんは腕時計をちらりと見た。わたしもそれに合わせて時計台の時計を見上げる。時計は待ち合わせ時間の少し前──11時前を指していた。

 今日は車ではなく、電車でお出かけだ。前回はわたしの行きたいところに行ったから、今回は高際さんが行きたいところに行くことになった。と言っても、わたしはまだどこへ行くのか知らない。高際さんは当日のお楽しみだと言って教えてくれなかった。

 どこへ連れて行ってくれるのかさっぱりわからなかったから、今回はスカートじゃなくパンツスタイルにした。ちょっとデートっぽくなくなっちゃったかな。やっぱり意地でもスカートにすれば良かったかな。まぁ、今更考えても遅いんだけど。


「あの、そろそろ教えてください。今日はどこへ行くんですか?」


 いい加減気になってわたしが尋ねると、高際さんは少し考えてからこう答えたのだった。


「今日は、星を見に行くんだ」


 * * *


 電車に揺られて数十分。わたしたちが降りたのは、多くの観光客で賑わう都心の駅だった。こんな昼間に星を見に行くなんて言うから、何の話かと思ったけれど、目的地に到着したら腑に落ちた。最近出来たらしい駅ビルの中のプラネタリウムは、家族連れやカップルで賑わっていた。そう──高際さんが行きたかった場所は、プラネタリウムだったのだ。


「わたし、プラネタリウムって初めてです。高際さん、星好きなんですか?」

「そうだな……」


 わたしの質問に、高際さんはすこし言葉を濁らせた。その態度を不思議に思って首をかしげると、高際さんは口を開く。


「眺めるのはまぁ好きだが、特別好きだと言うわけではないな」

「え!? じゃあ何で……」


 思わず声をあげると、高際さんは難しい顔をして顎に手を添えた。わたしの疑問に対しての答えの言葉を選んでいるみたいだった。


「……君を夜に連れ出すわけにはいかないからな」

「あ……」


 高際さんの答えに、ハッとした。喉の奥がきゅうっとしまって、何も言えなくなってしまう。そんなわたしの様子に気がついたのか、高際さんもそれ以上は何も言わなかった。ここで待っているように、と指示するようなジェスチャーをして、そのままチケット売り場に行ってしまった。

 言葉の裏にあった高際さんの『我慢』に、気づいてしまった。わたしはまだ子供だから、夜中に連れ出すことは出来ない。だから夜中に2人で一緒に星を見ることなんて出来ない。だからこうして高際さんは、プラネタリウムをデートの場所に選んだんだ。

 もう我慢なんてしないでください、と言いたい。でも、そう言ったところで、わたしが子供なのは事実で、どう頑張ったって急に大人になんかなれない。2人で並んで星を見るだけのことが、こんなにも難しいなんて。


──こんなに、好きなのに。


「つばさちゃん」


 声をかけられて我に帰る。悲しい顔をしていたと思う。それを慌てて引き上げて、にこりと笑顔を作る。せっかくのデートなのに、そんな顔してちゃダメだ。それに、決めたじゃないか、告白の返事をするって。好きって伝えるって! 


「はい! 行きましょう!」


 わたしは高際さんの後をついて、上映が行われるホールへと向かった。ホールにはすでに人がちらほらといて、上映前の時間を談笑しながら潰している。高際さんに連れられて席に着く。あ、これ、リクライニングになってるんだ。そっか、プラネタリウムだもんね。

 いざホールに入ると、初めてのプラネタリウムにドキドキしてきた。我ながら単純な思考回路だとは思うけど、せっかく来たからには楽しまなくちゃ。


「もう直ぐ始まるな」

「わくわくしますね!」

「そうだな」


 ふ、と一瞬高際さんの表情が和らいだ。高際さんも、楽しんでくれてるのかな。同じ気持ちでいてくれてるかな。

 すると、ホール内の照明が落ち始めた。ざわついていた観客たちもおしゃべりをやめて、各々椅子の調節をし始めている。わたしと高際さんも椅子を倒して天井がよく見えるようにした。

 ゆったりとしたBGMが流れ出したと思ったら、次の瞬間に満天の星空が浮かび上がった。


「わぁ……!」


 思わず声が出てしまい、慌てて口を塞いだけれど、わたしみたいな人は大勢いたようだった。歓声のあと、たくさんの拍手が送られる。

 吸い込まれそう、と思った。当たり前だけど、部活で遅くなった時に見上げる星空とは全然違う。部活の合宿に行った時、みんなで見た田舎の星空も澄んでいて綺麗だと思ったけど、それとは比べ物にならないくらい。きっとこんな星空は、普通にこの街に住んでいたら見られないんだろうな。

 たとえ作り物だとしても、こんな綺麗な星空を一緒に見れたのが高際さんで良かったと思う。だけど高際さんは、どう思ってるのかな。気になってこっそりと高際さんのことを見た。

 高際さんは微動だにせず、星空の映像を食い入るように見つめている。星の光が反射して、キラキラと瞳を輝かせた真剣な横顔。大の大人なのに少年のように一心に星空を見つめるその横顔に、わたしはすこしの間見惚れてしまっていた。


 今はわたしが子供だから、夜に一緒に居ることは出来ないけれど──わたしが好きだと伝えたら、いつかはこうして、こんな星空を一緒に眺めることが出来るのかな。

 そうだとしたら、すぐにでもこの気持ちを告げてしまいたい。そうは思ったけれど、今はまだその横顔を眺めていたかったから、黙って星を見るフリをした。

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