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「そうじゃ。ずっと忘れていたが、わしは・・・。」
レーテは思い出した。オドが、自分がゲゲレゲから墜落した時に自分を拾ったさすらい人である事、大きな鍋を一人で食べきる大食らいである事、そして魔術感性が無さそうなのにマルカレンの胎児の声が聞こえたこと。そしてマルカレンの胎児はゲゲレゲの子分の突然変異である事。それゆえにゲゲレゲの脳内に喋りかけ、ゲゲレゲを麻痺することができた事。全ては一つにつながっていた。
「わしは・・・そう、その、ゲゲレゲなのじゃ・・・。」
レーテは信じられない気持ちでいた。この物腰柔らかそうな老人が、あの、恩人を目の前で殺し、村じゅうに災厄をもたらすゲゲレゲだったとは。
「ものぐさなわしがなぜレーテさんを助けたくなったのかついこの前わかったのじゃ。」オドは言った。「どうも堕魔人化した周辺の記憶が曖昧になるので、思い出すのに時間がかかった。わしは、脳の病気で妻と息子を殺し、それ以来さすらい人になった。その苦しみを収めてくれた恩をどこかで感じていてあなたを助けたのじゃ。きっと。」
「・・・・・・。」
「そこでじゃ、一つ提案がある。」オドは言った。「今わしに眠るゲゲレゲの力を解放できるのは眠らせたレーテさんだけじゃと思う。アラスタさんから聞いたが、どうやらゲゲレゲというのは非常に強く、食欲で動いているから消化能力にも尋常じゃない魔力が働いているらしい。記憶にはないんじゃがな。」
「毒を持って毒を制しろと。」
「さすが戦士、察しがええの。」オドは皮肉のような哀しい笑みを浮かべた。「わしがもしゲゲレゲになったら、その20人の肉の塊となったクリシェなど真っ先に食べてしまうだろう。」
「しかし、オド!」レーテは言った。「それでは最悪あなたが死んでしまうという事では・・・」
「わしが生き残ってる方が最悪かもしれないのう。」オドは笑った。「もしそうなったら、すまない、頼む。わしは、この程度の償いで許されるはずがない。地獄で何遍も火を浴びてやるつもりだ。」
「・・・・・!」
これが、あの、ファレンを殺した憎っくき復讐相手のゲゲレゲ。レーテは考える。あの大敵ゲゲレゲを再びこの地に蘇らす事も抵抗感があるし、またそれはオドを死に導く可能性が高い事の両方に迷いが起きた。まずは、憎しみの方を解決しよう。そう考えてレーテはファレンの傘を持ち「お前はどう思うんだい?」と語りかける。そして次に傘でオドの胸を突いた。
「ごふっ。」オドは胸を押さえてよろめいた。しかし、とくに怪我などない。
「よし。」レーテは言った。「あなたに殺された、私の大切な師匠の道具があなたを許した。だから私も責めるまい。」オドはとても悲しそうな顔をしていた。「あとは、うん、そうだな。」レーテはクリシェを乱暴に殺した結果今起きてる事を考えた。「堕魔人だったあなたの魂が、自ら堕魔人として解決を望んでいる。悲しくても、その選択は受け入れるべきだな。無理に心残りを与えても、しょうがない。」
バゴンという音と共に、クリシェのいた建物が崩壊する音が聞こえた。見れば、肉で出来た巨大な姫マディーが建物の割れ目から姿を見せる。レーテはオドの額に手を当て、逆呪文を唱える。
『ディ・レーム・ナフラ!』
オドは目を閉じる。そして強烈な食欲を感じ、「くああああああ」と頭を抱え、よだれを垂らしながら倒れた。そして体がぶくぶくと膨れ上がった。皮膚がばりばりと破れ、中から黒い体と白いマスクが現れた。ゲゲレゲだ。村人たちから悲鳴が上がる。「なんでここにゲゲレゲが・・・?」と言い呆然とする。
ゲゲゲゲゲゲレゲゲゲレゲゲレゲゲゲゲレゲ。
あの鳴き声。やはりレーテはおぞましい気持ちは隠せない。ゲゲレゲは早速自分よりやや小さいクリシェを嗅ぎつけて両腕を伸ばす。クリシェも肉のドレスから触手を伸ばしてゲゲレゲに巻きつく。
「こりゃ見ものだ。怪獣大決戦ですなあ。」とアラスタは呑気に言う。
ゲゲレゲとクリシェはしばらく取っ組み合いをする。クリシェの触手がゲゲレゲの顔に向かうが、その触手は顔の表面を全く掠ってしまう。ゲゲレゲはあまりに頑固すぎて、人格矯正が効かないのだ。そしてクリシェの首にかぶりつく。頭から下が触手常に分裂してゲゲレゲを執拗に攻める。だがゲゲレゲはクリシェの首を噛みちぎり、頭を飲み込んだ。残ったクリシェの体はたちまち崩れて溶けていく。
「ゲゲレゲ強いですな。」
「黙ってろ。」
これから消化が始まる。こうなると、クリシェは早速死んで、ゲゲレゲが生き残るのか?とレーテが注視していた時、ゲゲレゲは「オウッ」と呻く。ゲゲレゲの腹部が激しく光っており、爆発音と共にそこから多種多様の悲鳴が聞こえる。
「そうか、消化して死ぬたびに別の存在として蘇って、体内でゲゲレゲを攻撃している・・・。」
ゲゲレゲの体がしなるのをレーテは初めて見た。口から黒い血がドロドロと流れていく。ひどい腐臭である。ゲゲレゲは確か酷いダメージを負うとすぐに本能で危険を察して堕魔人状態を解くはずなのに、食に関わる事だから、諦めきれない様子であある。
「クリシェは枯渇するまで常にじわじわと殺され続けるのが嫌いだし、ゲゲレゲは食への執念がすごい。両者それぞれ弱点を突きあっているな。」アラスタは言った。「あ。」
ゲゲレゲの顔は枯れた花のように地面についた。一方ゲゲレゲの腹の中のクリシェも何も反応がない。
「死んだ、のか?」アラスタは言った。
「あまりに空気が澄み切っている。邪気がない。最初にクリシェを殺した時とは違う。」レーテは言った。「死んだ。」
両者相打ち。レーテはこの巨大な亡骸に近づいて、右手を当てて、「レーム・ナフラ」とあらためて唱えた。しかし、姿は変わらない。本当に死んでしまった。オド・・・。短い出会いであったが、無性に悲しくて、でも、救われた祝福の気持ちもあって、レーテは一滴だけ涙を流した。
「お前の姿勢は、私も学ばなきゃいけないね。」レーテはそう、ゲゲレゲの亡骸に言って、村長たちの所に戻った。
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