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 ダーニャのいた地面には粉々に千切られたかのような内臓、血と肉、そして朝食の噛み砕かれた果物とレーテのくれた元気玉が地上に広がっていった。元気玉はその周辺にまで及ぶ瘴気ですぐに立ち消えてしまった。傍観していた村人が激しい悲鳴を上げた。ダーニャの皮膚のようなものは、薄いクリーム色の膜のように広がり、空中をふわふわ浮かんでいた。

「正体を現したな!マルカレン!」レーテは腰につけていた壊れた傘を抜き取り、膜状の堕魔人に振りかざそうとしたが、堕魔人は突然素早くレーテの元を去り、そして見れば村人のおじいさんに覆いかぶさっていた。

「うお、うお、うお、ごぶぇ」とおじいさんは悲鳴を上げ、堕魔人の膜の間から血肉がぼとぼとと溢れ出した。声が聞こえなくなり、しばらくして堕魔人が離れると、もうそこにはおじいさんの内臓の塊しかなかった。

“・・・つまらぬ・・・つまらぬ・・・つまらぬ・・・”

膜から声が聞こえた。レーテは身構える。

“・・・どの人生も面白くない・・・凡人どもめ・・・死ぬ事にしか意味が無い・・・”

「マルカレン!貴様はこれからもそうやって人の人生を奪っていくのか!」レーテは叫んだ。

“・・・マルカレン・・・・” 膜は笑っているようであった。 “奴は面白い人生であった・・・私に似ているからな・・・”

「!」

 ヘルモは息を飲んだ。レーテも驚いた。

「マルカレンではない・・・お前は、誰だ!」レーテは叫んだ。

“・・・私はもともと誰であったか知らない・・・” 堕魔人の膜はレーテにそう答えた。“・・・お腹がすいてきた・・・・”

 膜はそのままゆっくりレーテに向かっていった。“お前は、旨そうだ・・・。”

「存在しないのならば、消してしまっても問題ない。」

 レーテは壊れた傘を再び身構えた。すると壊れた傘が激しい光を放っていた。「なに!?」レーテは傘を凝視した。まるで武器が、喜んでいるかのように見えた。

(傘はあいつを知っている・・・?)

 傘は自然に堕魔人の方に引き寄せられていく。

(この堕魔人は、もしかして私は知っているのか・・・・?)

 そして傘の赴くままにレーテが振るうと、膜がびりびりと千切られ、萎びて縮み、たちまち無力化した。レーテはそれを右腕で受け取り、残った魔力の残滓を感じ取る。

(こいつは・・・!)

 レーテは驚いた。

(ゲゲレゲの突然変異・・・!)




「レーテや、レーテ。」

 おじさんは、ビルの屋上にまで伸びてこちらに向かって食しようとするゲゲレゲの顔を背に、綺麗な黒い傘を片手に持ちながら幼いレーテに話しかける。

「わたしが死んでも気丈に生きろ。」

「そんな!」幼いレーテは叫ぶ。「やだ!やめて!」

「レーテならできる。では、」おじさんは後ろを振り返る。「さらばだ!」

・・・・・




「レーテ・・・さん・・・?」とヘルモが呼びかけるのが聞こえてレーテは我に返った。いつのまにか右目から涙を流していた。また悪い記憶を思い出してしまった。

「大丈夫だ、落ち着いている。」震える声でレーテは言った。

「いや、右手・・・」

 レーテは驚いた。右腕に乗っかっていた堕魔人だった膜が動き出していたのだ。この右腕は金属製であり、魔術で動いている。だから、集中力を失うと感覚を失うので気づかない事もあり、レーテはその動きに気づかなかった。

 膜が盛り上がって、果物のようにめくれていった。そして小さな胎児が現れた。「ぶぇあー」と呻くその胎児にはもう有害な魔力はない。

「おや、また引き取り対象ですか。」

 人格再定義士アラスタの声が聞こえた。

「どこにいた。」レーテは言った。

「私も忙しいのでね、いろいろ仕事をしてから今ここにきたのですよ。」アラスタは言った。「それで?こいつもまたあの地下室に閉じ込めるのかい?」

 レーテは静かにうなづいた。

「規約違反ですからねえ。私は大目に見ておきますよ。」そう言ってアラスタはニヤニヤ笑いがら去った。





「ありがとうございます。」ピラス村長は言った。「なんとお礼していいのか。」

「礼は良い。とりあえず、ダーニャとマルカレンを丁寧に葬ってほしい。あれはほとんど魔力は無い。」

「・・・・わかりました・・・・・。」ピラスはお辞儀をした。そしてレーテはこの場を去った。呻く胎児を持って。この胎児はゲゲレゲなのだろうか。ゲゲレゲは食べた人間に種を植え付けて、その養分で子分を次々と作り出すことで知られている。その中で突然変異で狂った種なのだろう。マルカレンは両親が食べられた時に、その突然変異にやられたにちがいない。堕魔人曰くマルカレンは自分に似ていて面白かったらしい。両親を失ってあまりに崖から落ちたかのように喪失気味のマルカレンに対して、あろうことが親近感を抱いた。そしてその人生を蝕んでいった。魔術を感じやすいヘルモを必要としたのも、どこかマルカレンで危険を予感していたからだ。誰かにこの化け物に気づいてくれ、と頼んでいたのだ・・・・。

「レーテさん。」後ろからヘルモの声が聞こえた。「俺にはもうマルカレンしか友がいない。村にいても居心地が悪いだけだ。おまけに俺はそれなりに魔術への感性があるらしい。だから外にでたい。」

「つまり、私の旅のお供にしたいと?」

「あ、ああ・・・。」ヘルモはちょっと恥ずかしげである。

「いいだろう。」レーテは目で柔らかく微笑んでいた。「それに、君の両親の仇打ちにいくかもしれんしな。」

「え?」ヘルモは目を見開いた。

「これだ。」レーテは胎児を掲げた。「こいつはゲゲレゲの突然変異。こいつが何か教えてくれるかもしれない。」


 夕日を背にしたレーテが掲げた胎児は赤々と照らされていた。

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