聖戦士レーテ

NUJ

始まりの部

スニングス編

1

 今や村じゅうの有名人である戦士レーテは、村人に次々と声をかけられる。

 「レーテ様!」

 「こっちを向いてくださいレーテ様!」

 「私たちはあなたに感謝しております!」

 「私たちはあなたを信じています。」

 「私たちはあなたが好きです。」

 歩いていたレーテは長い巻き毛を振り仮面に覆われた顔を村人に向け、頭を傾けて会釈の合図を見せる。その仮面は、右目だけが露わになっていた。

 「きゃー!レーテ様が微笑んだ!」

 「レーテ様が、微笑んで下さった!」

 「これで今日も一日頑張れる!」

 「あのお方が微笑んで下さったから!」

 村人はそうレーテを崇拝するが、実際のところ、彼らの中でレーテが何者かを知る者は一人もいなかった。噂によれば、あらゆる国家に所属せずに、善の裁きを成す戦士、という評判であったが、その素性を知る者は村人の中にはいない。

 「レーテ様!今日は我々の所に泊まりに行きませんか!」

 「おいしいご飯がありますよ!」

 レーテは歩みを止めて仮面でくぐもった声で喋る。その声は、太い女性の声とも、高い男性の声とも取れる不思議な声であった。

 「すまないが、今日は用がある。」

 「どんな用なんですカァ!?」赤面した女性が叫ぶ。

 「大事な大事な用事だ。」

 「大事な・・・」女性は口ごもる。

 「すまない。」

 レーテはそう言ってゆっくりとその場を立ち去る。村人も物を言うのをやめてしまった。夕焼けがレーテの磨かれた金属質の身体を反射し、またそれが神々しい印象を村人に与え、レーテに逆らうことなどできなかった。

 レーテは軽く振り返ってある建物を見る。そこは村長の住む家である。その家を見ながらレーテは軽くため息をつき、ふたたび前に振り返り、ゆっくりと歩き始めた。

 

 「遅れてしまってすまない。」

 レーテは地下室に腰掛ける。

 「おう!今日は鎧で覆われた奇特なお客さんだねえ!」

 と未熟児のような小さな人たちが呼びかける。レーテは心で微笑む。

 「お話をしてもいいかい?」

 「いいとも!俺たちはお話が大好きさ!」小人たちは愉快に話す。「好きにお話し。」

 「うんうん。まず昔々の話をしようか。」もう何度話したかわからないこの物語を、小人たちに聞かせる事で、レーテは思考の整理をしていた。「太古、人類は、科学と言うものを限りなく発展させた。科学は、道具を作って物事を思い通りに動かすための便利なツールとなってくれた。そして技術が進んで行くうちに、道具があまりいらないな、という結論に達した。」

 「そうだねえ。」小人の一人がグラスを宙に浮かせながら答える。

 「そして科学と宗教の融合が始まった。人間自身の魂を揺さぶることで、現実世界に影響を与える技術、それは科学より前に認められた魔術に非常に近似していた。」

 「そうだったのかぁ。」

 「しかし、魔術の普及は殺戮をもたらした。太古の人類はどんなに落ち込んでいても、身体がある限りは復帰できる可能性があった。しかし魔術は己の身体を最初に操作する。だがら、魔術の普及した今となっては、コントロールできない者はどんどんと深みに嵌まっていく。」

 「それは困るねえ。」小人はえらく他人事であった。

 「そうして、堕魔人だまじんとよばれる存在が現れた。堕魔人となったらもう、精神的に死んでいるも同然とされる。弱体化して人格を再定義するしか復活の方法がない。私はそのお手伝いをしているようなものだ。」

 「それで、今日は堕魔人を倒したのかい?」

 「ああ。」レーテは言った。「ここから外れの村の長の息子が狂ってしまった・・・。」

 

 




 村長ブラムン・ペルトロの息子スニングスはたいそう頭がよかったという。なぜならば村長自身がその妻に身ごもる胎児に、頭が良くなる術を施したからである。

 その息子が堕魔人になって暴れまわったと聞いて、レーテは当然のことながらその”頭のよくなる術”について疑問に思い村長に問いただした。

 「堕魔人になるからには、著しい精神の不調があったはずだ。」レーテは淡々と訴える。「だから、いたずらに知能強化術をする事で、ご子息に何か問題が起きたのではないか。」

 しかしブラムン村長はピンとこない表情どころか怒りを露わにした。

 「それはありえない。精神をおかしくするのは愚かな証拠だ。」

 「精神は能力ではない。生きた証だ。魂だ。」

 レーテはそうはっきりと宣告する。

 「そして知能もあくまで能力だ。精神ではない。頭が良いからといって、精神がよくなるものでもない。」

 「・・・・」村長はしばらく黙った末、ぼそりと言う。「まあ、原因はなんでもいい。息子を・・・退治してください。」

 「ああ。」レーテは静かに返事し、席を立った。「では早速私は灯台に向かう。」

 「頼んだ。」村長は言った。

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