マルカレン編
5
レーテは自身の欠点を把握していた。堕魔人の気配を感じ取る索敵能力がそこまで高くないという点である。その代わり、短距離の範囲で違和感を感じ取る能力は人一倍高かった。
索敵能力の低いレーテがどうして人目(正確には魔王カラの目)を忍んで村長の協力を得て聖戦士ができるのか。それは勿論協力者がいるからである。
「遅いじゃありませんか。どこで道草を食っていたのですか。」
人格再定義士アラスタの元にレーテが現れた時、暗い部屋からアラスタがほくそ笑みながらそう問いた。「もしかしてあの後村の様子を見に行ったと?」
「やはり貴様は村のネジネジにすでに気がついていたのか。」レーテは諦めたように言った。「ああそうさ。お前が人格再定義したスニングスの父が、堕魔人にならないかちょっと心配だったのさ。」
「私が去った後にネジネジがこちらにくる気配が確かにあったので、もっと早くお伝えできればよかったんですけどねえ。」アラスタは少し申し訳なさそうだ。「しかし、ご無事で何より。」
「遅れたのは足と腕を破壊されたからだ。」
「おや、あなたにしては珍しい。」
「村人の生き残りに行かないでくれえと掴まれてね。すごい魔力だったよ。」
「そいつはどうなった?」
「ネジネジに洗脳されかけたので、引き剥がしたら、爆発してしまった。」
「あらら、バカな事をしましたね。」
「私がネジネジから生き残ったから、もしかしたらと思ったが・・・」レーテは首を降った。
「あなたは奇跡的に一瞬だったし、知恵があるから助かったようなものです。」アラスタは小馬鹿にするように言った。「ネジネジは洗脳する前に顔をねじりながら魔力の液体を注ぎ込みます。おそらく魔力発生するか増幅するためのものでしょう。さもなければ、ネジネジは自分と同じ魔力を持ったものを増やせないからです。そしてねじられた村人は、パニックのあまりその液体状の発生装置を作動させすぎて、ボンッと爆発した。」
「じゃあやつは洗脳された方がマシだったわけか。」
「残念ながらネジネジにされてその後無力化して永久の昏睡状態に陥った方が幸せだったと思いますねぇ。」
「・・・・。」レーテは何も言えなかった。
「やっぱりちょっと感じ悪いしこの話はやめましょう。」アラスタは首を降った。「それより、道中でキャッチしたのですが、ここより南の、サルブドゥー村に新たに強力な堕魔人の気配があります。気配が全く止むときもあり、おそらく魔力を操って人同然にもなりきれる強力な奴だと思います。そしておそらく、奴によって既に誰か死んでいます。」
「わかった。」レーテはアラスタをまっすぐ見つめて言った。「情報に感謝する。事を済ませたらまた連絡を取り合おう。」
「よろしくお願いします。」
アラスタはレーテほどの戦闘能力は全くないが、凄まじい索敵能力があった。遠くにいる堕魔人の気配を感じ取り、そのパターンからある程度の能力の推察ができた。また、一度覚えた堕魔人のパターンは必ず忘れ無かった。それでネジネジ達の気配をつかんだのであろう。アラスタは単に人格再定義の実績が欲しいだけで、レーテのような正義の心など持っていなかったので全面的に協力しているわけではなかった。しかし。
「ネジネジの親玉はいなかったのですね。」アラスタはレーテに言った。
「ああそうだ。」
「ネジネジ、と呼ばれていた彼は、かつては私の大先輩でした。しかし、彼のせいで我ら人格再定義士の、ただでさえ低い評判が地に落ちたようなものです。」アラスタはため息をついている。「そして勢力を広げつつある魔王カラも、我々を許しはしない。」
「知っている。」レーテは言った。「あいつらは独自の人格再定義システムを採用しているから、君たちが気に食わないらしいな。」
「おや、ご存知でしたか。」
「私がその魔王のシステムの実験台であった。」
「・・・!」アラスタは息を飲んだ。「それはご存知なかった。」
「いいのだ。知らなくて当然だ。」レーテは言った。「人としての私は魔王カラによって死んだようなものだ。レーテという名も本名ではなく小さい頃のあだ名だ。本名は捨てた。」そしてレーテは呟いた。「おじさま・・・。」
「おじさま?」
「いや、なんでも無い。」レーテは慌てて言った。「とりあえずその、強力な堕魔人に会いに行こう。人間にも化けるということは少し知恵がいりそうだな。」
アラスタは軽く一礼し、レーテはその場を去った。武器である壊れた傘を一瞬見つめ、そして前方を向いて歩き出した。
サルブドゥー村は事件などなかったかのように静かに楽しそうに日常を繰り広げていた。しかし、レーテの姿を見るなり、「あなたは・・・!もしかして、レーテ様!」と言って村人が駆けつけた。「レーテ様!」「レーテ様!」と様々な村人が寄ってくる。
「事件があったのだろう。詳しく聞かせて欲しい。」とレーテが言うと、一人中年女性が喋り始めた。
「それがけったいな事件でしてね、」女性の村人はちょっとレーテの前で話せる事が自慢げな様子である。「あたしがその死体を発見したのだけれど、なんかひどく臭い匂いがするなと思って振り返ってみたら、そりゃあむごたらしい有様で、ジョージ・マルカレンの服を着たひき肉同然でしたわよ。」
村人が顔をしかめる。
「なるほど、」レーテは言った。「その死体はどこにある?」
「堕魔人の仕業ということで燃やしてしまいました。」
「その燃えかすは?」
すると女性は視線をそらして指を口にあててオロオロとした。「・・・わたし、わかりません・・・。」
「弔いはしたのだろう?」
「いえ、その場で燃やされたのでどうなったか分からず・・・」
レーテは若干呆れながら「わかった。情報ありがとう。」と例をいうと、女性は満足げに「お役に立てて嬉しいです。」と一礼した。
レーテは次にそこの村の村長サンディーノ・ピラスの元に訪れた。
「やあやあ、ようこそおいでしましたレーテ様。」ピラス村長はうやうやしく礼をした。「村の悪魔を退治してくださるのですか。」
「そうだ。」レーテは言った。「ただお伺いしたい事がある。」
「何でしょう。」
「堕魔人に殺された、ジョージ・マルカレンの遺灰の居所はどこか。」
村長は息を飲んだ。「いけません、レーテ様。あれは恐ろしい魔力が」
「魔力があるから聞いている。今回の堕魔人は少し特定が面倒な相手だ。だから奴の痕跡の一つ一つが貴重で、できるだけ資料が欲しいのだ。」
「特定?」
「パニックになるから村人には告げないで欲しいのだが、」レーテは言った。「あなたの村にいる堕魔人は、強力である、ということまではわかっている。そして強力な堕魔人は人並みの知能をもち、姿形も人に近い。その上私の協力者の情報で、自分の発する魔力の気配も消す事ができる、とわかっている。」
「つ、つまり・・・・」
「村人の中に擬態している堕魔人がいる、ということだ。」
「ひえっ!」
「絶対に言ってはならぬ。村中が大騒ぎになるからな。」
「わかりました。」
「とりあえず、その遺灰の場所を教えて欲しい。」
「わかりました、使いの者に案内させます。」
ピラスの手下フルヌトという中背の男がレーテの前に礼をし、「レーテ様、ついてきてください、」と言って村役場の扉を抜けた。レーテもそのあとに続いて外へと出た。
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