魔城までの部

クリシェ編

30

 「あれがカラの城なのじゃ。」オドは黒い城を指差した。

 「そうなのか。」レーテは怪訝そうな目で言った。「随分と大きな城になったな。」

 「そしてこれから通るのは、カラの生まれ故郷のハリス村じゃ。」今度はオドは目の前の建物たちを指差した。

 「気をつけてください。」アラスタは言った。「非常に危険な気配がします。」

 「なに・・・。」レーテが言った。

 「あ。」

 村の方からよろよろと若い男性がこちらに向かって歩いてくる。顔がはっきり見えた時、レーテは驚いた。まぶたが切り裂かれて目が異様に大きく、骨格を強引に歪ませられていた。「うわぁ。まるでひどいデフォルメですわ。」とアラスタが言った通り、下手な顔の絵を無理やり具現化したような比になっていた。

 「どうしたのか・・・?」とレーテが話しかけると、若い男性はふらふら歩きながら「俺は影の国の騎士アデュール・・・。光の姫マディーと結ばれない恋の関係にある・・・」とぶつぶつとつぶやいている。

 「かなり強引に人格が植え付けられていますな。」アラスタは言った。

 「これは・・・クリシェの仕業か。」オドは言った。

 「クリシェ?」レーテは男性の両肩を抑えて座らせながら振り返った。

 「堕魔人クリシェ。わしがさすらった地で以前遭遇した。旅人たちの噂によれば、クリシェはもともと空想に耽って絵を書き続ける、子供のような人間だったらしいが、空想の登場人物たちを愛しすぎる内についに狂って、現実と虚構の見分けがつかなくなったという。だから、クリシェは、登場人物に似ている者を発見すると、たちまち自分の"画風"にデフォルメしてしまうのだ。」

 「それで目を無理やり広げたり骨格がめちゃくちゃ歪んだりするわけだな。」レーテはまず男性を沈黙させてから目に光を当てている。

 「そう。クリシェは絵が非常に下手だったのだ。ちなみにこの、影の国の騎士アデュールとやらも過去に2度会っている。別人だがな。」

 「こいつはひどい。人格ばかりは元に戻せない。」レーテは両手をあげた。男性の顔は端正になっている。

 「仕方ありませんね。」アラスタが今度は男性の顔に右手を当てた。「まあ幸い記憶喪失程度ですみますが。」

 「それもまた切ない話じゃのう。」オドは言った。

 「そういうのを100回以上も見る仕事ですから。」アラスタは無表情で男性の顔に光を当てる。「赤ん坊のままリセットされることもざらにあります。」


 

 ハリス村に入ると早速、歪んだ改造をされた村人たちが苦しみうめいていた。人格植え付けに失敗した人もいて、その人はただただ広げられた目の痛みと顔じゅうの激痛にもがき苦しんでいた。

 「これは酷い・・・・。」アラスタは声を漏らす。

 「ゲゲレゲの次に汚い被害を出す堕魔人だな。」レーテは冷たく言う。

 「レーテさん・・・戦士のレーテさんですか!」唐突に年老いた声が聞こえる。レーテが振り返ると、物陰から老人がいた。

 「やっぱり、来てくださった・・・レーテさん。」

 「あなたは村長ですか?」

 「そうです。ケーリー・ヒンベルグ」老人はうやうやしく礼をして近づいてきた。びっこを引いた歩き方であった。よく見ると、義足である。「そしてカラの父親という汚名もあります。」

 「カラの、父親、だって?」レーテは驚いた。

 「ええ。そうです。認めたくないですが」ケーリーは首を振った。「だが、父親ゆえに、あいつの弱点を知っています。」

 「そうなのか?」

 「しかし条件があります。」ケーリーは言った。「この村に悪さをした、あいつを退治してください。そうすれば言います。」

 「・・・・」レーテはしばらくケーリーを見つめ、そしてうなづいた。「わかった。必ず退治する。」


 そして、レーテはふたたび路地に出る。よく見ると、高い高い所にくるくると舞っている何かがある。

 「あれか・・・。」

 それは肉のドレスから手足が無造作に生えており顔だけ黒々と塗りつぶされていた。くるくると舞いながら、「きゃはははは、きゃははははは」と笑っていた。

 「大した魔力はなさそうですね。」アラスタはクリシェをぼんやり見ながら言った。

 「ああ、だが、油断は大敵だ。何か隠し持ってるかもしれん。」

 「気をつけてください。」

 「ああ。」

 レーテは右手に傘を持つ。左手は機械の腕である。勢い良く駆け出しながら、近くなった所でクリシェに声をかける。

 「そこの君!人を改造するのは、やめるのだ!」

 「改造?」女の声。クリシェはレーテを見つけてきょとんと首をかしげる。「失礼ね。不満があったから描き直しただけなのに。」

 「お前は狂っている!自分の作った世界と現実の見分けがついていない!」

 「自分の作った世界・・・。」クリシェは考え込む。「私、光の姫、マディーよ。世界なんか作れないわ。」

 "なるほどな。" 遠くからアラスタの思念。 "登場人物と作者が見分けつかなくなっている。"

 「・・・・。」レーテは傘を構えながら次クリシェがどう出るか眺める。

 「あなた、顔がゆがんでいるのね。」クリシェは言った。レーテはどきりとした。「そのお顔、綺麗にしてあげる。」

 そしてものすごい速さでクリシェがレーテに近づいてくる。レーテは傘を広げ、さっとクリシェに一撃を与える。「ああああああああぁぁぁ!!!!・・・・」クリシェの悲鳴。

 「しまった、うっかり殺してしまった。」レーテは魂の気配が急激に沈んでいくクリシェを感じながら悔やんだ。「しかし思ったより脆すぎた・・・」

 "違う!"

 アラスタの叫び・・・レーテはその言葉の意味を気付いた頃には、後ろでまた何かが湧き上がる気配がした。振り返ると、肉の鎧の騎士が立ち上がっていた。騎士は男の声で叫んだ。

 「何をする!貴様!この影の騎士、アデュールが光の姫マディーの仇を取ろうぞ!」

 そしてレーテに走り寄ってきた。

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