31
(蘇った・・・?)レーテは混乱した。(バカな。どうなっている。)
「覚悟!」騎士アデュールの姿をしたクリシェが肉でできた剣を振るった、と思ったらその剣は複数の触手へと分裂し、その一本がレーテの左腕に絡みついた。
「・・・これは・・・激しい干渉・・・」
マディーとは打って変わって極めて熱く圧迫する力。レーテの金属の腕もゆがんでしまいそうである。これは、皆と同じように私を誰かに改造しようとする力だ。レーテが腕をふるって触手を解いた時、アデュールであったクリシェの姿が今度は筋骨隆々の牛魔王のような姿になっていた。クリシェは言った。
「魔王デンブレッチェを殺しにいくとは、愚かな騎士アデュールよ・・・死ぬが良い。」
私をアデュールと投影した?そして牛魔王の触手ではない左手から何やらただ物ではない気配を感じた。咄嗟に受け身を取った時に、非常に早く鋭い触手がレーテのそばを横切った。
「姫様、大丈夫ですか!」今度はクリシェは騎士アデュールの姿に戻ってレーテに駆け寄ろうとする。上半身、胸と背中に触手がふよふよ漂っている。
「近づくな!」レーテは叫んでファレンの傘を振るう。アデュールの肉体は四散し、ぼとぼとと落ちる。またあっけなく死んでしまった。どうもクリシェは強さが非常にムラがある。そしてどうやら自分の作り出した登場人物の姿にいくらでも擬態できる。そして、その登場人物を殺しても、また代わりに別の登場人物の姿で蘇る。肉塊が持ち上がって、今度は村娘のような姿になる。村娘のクリシェは手を組みながら言う。
「あたし、あなたの事愛してるわ!」
そして上半身が弾けて太古の生物イソギンチャクのような姿でレーテに迫り来る。今度もファレンの傘を振るうが、クリシェの触手が傘を受け止めた。
「!?」
そしてレーテは傘ごと体を持ち上げられて、触手の一本一本が傘から腕、そして顔に接近してくる。その熱気から、クリシェは興奮しているように見える。まるで、レーテをこれから"創造"できる事が嬉しいかのように。
「実に面白いですなあ。」アラスタはのんびりとその光景を見ていた。
「助けないんですか?」オドが言った。
「なぁに、あの人は間抜けだけどそれなりにやってくれますよ。堕魔人が復帰できたのがその証拠。」
「まあ、そんな気はしますが。」
「しかし興味深い堕魔人ですな。」
「はあ。」
「多分、アデュールとかマディーとか、何かのキャラを演じる間は弱くなって、創作意欲が湧くと異常に強くなるらしい。」
「・・・あなたは堕魔人に精通してらっしゃるのですか。」
「堕魔人と関わる事も多い仕事ですから。」
「・・・」オドは考え込む。
今のクリシェは異常に強い。両腕から魔術を発しても、ダメージを負おうがビクともしない。このままでは自分に何らかの人格が植え付けられる。気が進まなかったが、レーテは、決意をした。禁断のハッチを開ける。
"殺したい" "正義を成したい" "ヘルモを早く助けたい"
心地よい声と共に肩の骨が盛り上がるような奇妙な感触。レーテの左肩についていた腕の金具は外れ、指のような形の触手が生えてクリシェの触手の奥を鷲掴みにする。
「痛い、痛い!痛い痛い痛い!」
村娘のクリシェが悲鳴を上げ、触手をレーテから離した。
「お前を楽にしてあげよう。」レーテは左肩の触手の力をさらに強める。
「い、いやあああ、やめて、そんな世界じゃない、私の世界は、そんな残酷な世界じゃ・・・」
「なるほど、現実の凄惨さに耐えきれなくて物語に没頭したということか。」
「痛い、痛いよ・・痛い・・・。」クリシェの体はレーテの触手に潰れ声が出なくなった。ぼとりと落ちた肉塊にレーテが右手を向けるとクリシェの体から火が燃えた。はたと、レーテは我に返り、ああ、受け入れたとはいえ、自分は結局人殺しを好む堕魔人と同等になり下がってしまったという劣等感をまた味わい、静かに深呼吸して、左肩の触手をゆっくりと左肩の中に収めていった。レーテは後ろを振り返る。燃えカスから蘇る気配もない。
「やっぱり変わってしまいましたねえ。」アラスタはその戦闘の様子を遠くで見ながらオドに話しかける。「前は殺しはしなかったのに。」
「そうなんか。」
「まあこれでもずいぶんと自分をコントロールできてると思いますよ。以前なんか私達を殺しかねない感じでしたからね。」
「・・・・。」オドは自分の腕に乗っているマルカレンの胎児を見ながら沈黙する。「なあ。アラスタさん。」オドは言った。
「何でしょう。」
「堕魔人に詳しいあなたにちょっとお伺いしたい事がありまして。」
「はい。」
オドは深呼吸した。「ゲゲレゲ、ってどんな堕魔人だったんですか?」
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