29
アラスタは離れた所にいるレーテの事を想い、状態を監視しながら森を散策している。途中でテントを発見する。そこからも身に覚えのある気配。案の定、テントの外で鍋物をしている老人のそばに、マルカレン=ゲゲレゲの胎児がいるのを発見した。
「すみません、その胎児はどこから。」アラスタは老人に話しかけた。
「旅で会った戦士のお嬢さんからだよ。」老人は笑った。「堕魔人になってしまうかもしれないからって預けてきた。」
「その戦士は、レーテ・・・?」
「おや、あなたもご存知で。」
「有名な戦士ですよ。」
「そうでしたか。」老人は笑った。
「あなたは・・・?」
「私は、さすらい人、オドだ。レーテは大怪我をしていたので拾ってきた。」
「私は人格再定義士のアラスタ。そばに少年はいませんでしたか?」
「ああ、ヘルモという少年かな。彼はカラに拐われたらしい。だからこれから魔城に向かっておるのじゃ。」
「レーテに何が起きたんですか。」
「わしにはわからんが、レーテさんの古い知り合いのザンドルフという既に堕魔人になっていた男に襲われかけていた。わしがそこから助けたのじゃが、直後にレーテさんも様子がおかしくなったのだ。」
「なるほど・・・・。」
「実を言うと」オドは言った。「レーテさんには借りがあるのじゃ。」
「助けられたんですか?」
「まあ、そんなようなものじゃ。だから助けたのかもしれぬ。」オドはその時非常に奇妙に悲しげな笑顔を浮かべた。「鍋の煮物、食べないか?」
「いいんですか。」アラスタはそばに腰掛けようとした時、ふと気づいた。「・・・まさか!」アラスタは叫んだ。
「どうしたのじゃ?」
「レーテが堕魔人になり始めたら、その、意思を殺す約束をしていたのです。嫌な予感がする。」
「というと?」
「ああ!急がなければ、皆が危ない!」
アラスタは駆け出した。オドもマルカレンの胎児を肩に乗せて後を追った。
「レーテ!」
アラスタはその姿を見て呼びかけた。レーテは左肩を抑えてよろよろと歩いている。
「やはり・・・気づかれたか、アラスタ・・・。」
「仕方ないが、約束通り、君の人格を再定義してもらいます。」
「まて、その前に話を聞いてくれ。」
「時間がないです。」
「私は、大丈夫だ。」
「大丈夫とは?」アラスタは戸惑った。「あなたの言葉を真に受けるべきなのか、それともあなたが完全に狂ったのか判断しかねます。」
「だから、話を聞いてくれ。」レーテは言った。「私は、お前に出逢う前から、カラ流の人格再定義に抵抗し、精神を殺されていた。」
「そうですね。」
「どうやって生き延びたか。私の恩師が私に絶え間ない愛情を注いでくれた。そして私の恩師は、機械人形だったのだ。その事が生き残るヒントとなってくれた。恩師が最後に残した『生きろ』という言葉だけを頼りに、カラに破壊された意識を支えながら今日まで生きてきた。」
「・・・。」
「堕魔人は著しい不調和から生じるのはお前も知っての通りだろう。だから私は本当はいつ堕魔人になってもおかしくない危険なバランスの中生きていた。その事を、私の古い知り合いが気づかせてくれたのだ。」
「ザンドルフ・・・か・・・?」
「知ってたのか。オドに会ったのだな。」
「ああ。」
「あれは、私を気に入っていて、自分のものにできない腹いせに、私を堕魔人だ、母の遺伝なのだろう、ヘルモに対しても依存しているだけの醜い存在だ、という事をしきりに責めてきた。あの悪意に真面目に反応してしまったのは悔しいが、しかし、真実だった。歪んだ形で本音を言ってくれたザンドルフには感謝したい。」
「・・・。」
「だから、私は自分の堕魔人としての危険性を受け入れたのだ。そうだ。前よりも精神が壊れた人間になった。だから、だから、強い目的を意識するようになったのだ。カラを破壊し、この世を平和にすると。そのためなら自分は狂ってもいい、と。」
「つまり、カラを破壊するための堕魔人に陥る決意をした、というわけですね。」
「そうだ。」
「そんな・・・。」アラスタは初めて狼狽えた。「レーテ、私はあなたを止める気は進まなくなりましたが、でも、それでもいいんですか。もう、あなたは・・・。」
「そうだ。だからアラスタ、この旅に同行してほしい。」レーテは傘を掲げて言った。「私がカラを倒したら、殺してくれ。この傘で。」
アラスタはその折れた足の傘を見つめて時を忘れていた。それから、「おや、お二人とも無事なのかの」と言いながらオドが現れると、レーテはふ、と笑った。
「私が大丈夫な証拠は、あのオドの肩にいる胎児を見てほしい。」
アラスタは振り返る。マルカレンの胎児は楽しそうに拍手をしていた。
「あの子は、正直だ。」
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