28
レーテとアラスタが出会ったのは取るに足らない手羽先のような姿をした堕魔人を沈めた時であった。その頃のレーテは堕魔人を無効化したあと、殺す以外の方法を知らなかった。だから、手羽先の堕魔人に鎮めの呪文「レーム・ナフラ」をかけて、最後の止めとして手をかけようとしたレーテにたまたますれ違って声をかけた時、レーテの戦士活動は大きく変わった。
「殺すのはつらくないですか?」悪徳商人のように話しかけるアラスタ。「殺すぐらいなら、生きて人生をやり直す事のできる、我々人格再定義人がお手伝いしますよ。」
「人の手は借りぬ。」レーテは言った。「煩わしくなるだけだ。」
「いやはや、そうですか。」アラスタはそう聞いてさっさと去っていった。「それは残念。」
しかし、それから何度かアラスタはレーテにつきまとった。会わない事も何度かあったが、何度か退治後のタイミングで現れては、人格再定義でお手伝いできないか話しかけ、その度にレーテに鬱陶しそうに追い払われた。
「やあこんにちは。」
そうアラスタが話しかけたので、とうとうレーテは言った。
「一体、私につきまとってどうしようというのだ。」
「つきまとったつもりはございません。第一、そんな暇ではありません。」アラスタはうやうやしくお辞儀しながら言った。「私たちは営業のために、カンをいつも働かせています。カンに導かれて、人格再定義を必要とする人たちに出会う。本当ならば弱った堕魔人を相手にするのですが、最近どうも、あなたばかり出会ってしまうのです。」
「ふむ。」
「多分、仕事人というより、私個人としてあなた様が気になったからだと思います。それが最近なんとなく分かってきた。あなたの魔術にうっすらと・・・ネーヴェル・パールデンの面影が見える。」
「ネーヴェル・パールデン・・・?」
「堕魔人ネジネジに成り果てた私の先輩だ。」
レーテは息を飲んだ。そして言った。「そうだ。私はネジネジに洗脳されかけた。それで顔が歪んだからこの仮面をつけている。」
「まさかあれに生き残れる人なんていたんですね。なるほどそういうことか。」アラスタも驚いた様子である。「そういえばずっとお名前遅れました。私はアラスタ。」
「私はレーテ。戦士をしている。」
「堕魔人退治をしに回ってるわけですね。このご時世、珍しい。」
「ああ。だが、難しい。着いた頃には大分成長して村人を皆殺しにしてしまったり、もともと堕魔人の情報が入らなかったりする。」
「ふむ。」
「なあ、取引をしないか?」レーテの方から持ちかけた。「アラスタ・・・あなたは並外れた察知能力があるとお見受けする。ただ堕魔人が放置されて強い奴らが増えてる現状、あまり人格再定義がやりにくいだろう?」
「まあ、そうですね。」
「アラスタの察知能力で私が堕魔人を効率よく発見し、無力化し、アラスタがそれを再定義する。そうすることで私もお前も実績を増やしていくのだ。」
「名案ですねぇ」
「その上、私は本物のネジネジの風貌を知っている。」
「ほう・・・?」
「私ならネジネジに復讐ができるかもしれない。取引に乗るなら答えよう。」
「もちろん、もちろんですとも。」
「よし。約束だな。」
「はい。」
「本物のネジネジは私が一撃を与えたから、顔が著しく凹んでいるのだ。」
しかしそのアラスタも今やレーテの意思を奪おうとしている。しょうがないことだ。レーテ自身が狂い始めているのだから。
"つらい" "寂しい" "カラが憎い" "アラスタも憎い"
レーテの心の憎しみが暴走したようなものが、左肩を再生している。ザンドルフの植え付けた悪の種は順調に成長を続けている。
「うう、ちくしょう!」
レーテは呻く。アラスタに一週間だけ時間をくれ、と提案したが、はっきりいってなにをどうすればいいのか、わからない。
だがこれだけ感情が溢れ出しているという事について、よくよく今までの事を思い返せば、自分がいつ堕魔人になってもおかしくなかったんだな、と言う諦めを悟った。その意味で、ザンドルフは正しかったのだ。両親への哀しみ、ファレンへの哀しみ、クイーナへの哀しみ、カラへの恨み、それに加えてヘルモを奪われた哀しみが加わった上に、ザンドルフの心無い執拗な嫌がらせが効いて限界値を超えていた、という事だ。
自分は、もうだめなのかなあ、とその時レーテは初めて挫折感情を抱き始めた。そうすると肩の堕魔人は落ち着き始める。もしかしたら戦士を引退してこのままひっそりと暮らせば幾分か楽に過ごせるに違いない。だが、背負っていた思い出を忘れている限り、ではあるが。多分逃げ出したら、今度は逃げ出した苦しみも来るだろうから、向き合った時にさらにひどくなるに違いない。そうするも今よりさらに手のつけようのない堕魔人になるかもしれない。そうなると、アラスタの提案する人格再定義が確かに一番いいのかな、と思い始めた。なんだかその運命にレーテはぐすりと涙を流しながら不貞寝をした。
"これも私よ。" 肩の堕魔人が囁きかける。"受け入れればいいのに。" "私は醜い愛情と怒りで生きている人間だって" "聖戦士だと思ってるのは他でもないレーテ本人なのよ。この傲慢。"
誘惑か。
"分からず屋。" 肩の肉塊は今やすっかり存在しないぐらいに萎縮している。 "あなたが堕魔人を倒した時、どうしたのか思い出しもしない。" "だから私はあなたに味方しようとしているのに。"
私は堕魔人を殺すのはあまり気が進まなかった。だから無力化した。そしてそのために彼らを理解しようとした。理解・・・そうか・・・理解。
"私たちは同じよ。"
同じ。
"分かり合いましょう。"
レーテは左肩を見て、次に生の右腕で左肩を軽く押さえた。
「そうかもしれないな。」レーテは言った。「この悪の種も、私なのだ。」
その時レーテは自分の意識のどこかで弾けたような感触がした。
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