アラスタ編
27
レーテは自分の左肩に突然現れた肉腫を抑えながら森の中を彷徨う。これも、私の内面から現れた一部であり、除く事はおそらく無駄である。レーテは「無力化した」堕魔人の魔力を封じて蘇らせる事はできた。だが。ヘルモを救うためには自分が無力になっては決していけないし、堕魔人になりかけている歪な意識とそれを直そうとする意識の区別が困難であった。
(結局無力化した堕魔人は、殺されているも同然だったんだな・・・。私だって自分を殺したくないもの・・・。)
だから死ぬ事も多いし、多くの場合スニングスやマルカレンのように知性のない子供のような姿でしか生きられない。レーテの秘密の館にある秘密の小人は珍しく発話能力はあったものの、僅かな生前の記憶と、たんなる相槌と、とりとめもえない言葉しかない。一体彼らの意識はどこから得られているのか検討がつかない。
レーテはさらに厄介な事に気づいた。ヘルモを助けたい気持ちが強くなったとき、肉腫は明らかに自分の体の内部へと侵入し、支配せんとばかりに迫ってきた。たちまち脳内に心地よい快楽とともに"寂しい。" "誰かを殺して満足したい。" という言葉が囁き、レーテはこれが自分の一部なのかとゾッとして呻く。
自分の正義の気持ちと、死んだザンドルフの言った欲望が一緒だとは信じたくない。どうしたらいい。どうしたらいいのだ。悩めば悩むほど、堕魔人の快楽がより強くなる。
"でも寂しいの。レーティアンヌ。寂しいの。" "私は死んでるから。愛する人も皆奪われて死んだようなものだから" "誰かを殺す事で、死の苦しみを分かちあいたいの"
そんな事、考えたくない!助けて!助けてくれ!「助けて!」
「みじめなものですな。」
声が聞こえた。この懐かしい声は・・・・
「アラスタ・・・。」
人格再定義師アラスタが侮蔑したような眼差しでレーテを見下げている
「堕魔人の波動を感じたが、あまりにこう、パターンが君とそっくりで来てみたら、まさかの、そうですか。」
「・・・・・。」
"私を否定しないで" "これも私なの" "私はあなたも殺したい"
「どうです?人格再定義されたいですか?楽になりますよ?」
「ヘルモを・・・救わねば・・・・」そうレーテが言うと、左肩の肉腫がまたもりもりと盛り上がる。
「愛をこじらせて堕魔人とは、こりゃたまげましたわ。」
「そうじゃない・・・確かに心は弱っていたが・・・それに加えて、私の旧来の知人にあまりにひどい事を言われて・・・それで・・・。」
「ふーん・・・」アラスタは腕を組む。
「なあ、アラスタ・・・知らないか・・・堕魔人になりかけた人間をもとにもどす方法・・・。」
「あるかないかは堕魔人と戦って散々『レーム・ナフラ』の呪文をかけたあなたが一番ご存知じゃないでしょうかね。見た感じ、『堕魔人になりかけた』どころか、さらに深刻そうですが。」
その言葉を聞いてレーテは打ちひしがれた。ないから、人格再定義するしかないのだ。アラスタに聞いても無駄であった。
「おやおや、堕魔人が収まった模様。」アラスタは言った。「どうやら君が懸命になるほど、その部位に魔力が供給されて活動するようですな。はやく君の意思が魔に支配される前に、無にしなければ・・・」
「私はカラに一度精神を殺され、蘇った身だ。」
「そうだったんですな。そんだけ強いと、難しくなる。」アラスタは首を傾げた。「ということは、あなたの意思をそれほどまで繋ぎ止めるものがあったんだな。」
「ああ・・・」レーテは一瞬ファレンの傘をちらりと見た。
「なるほど。」アラスタは笑った。「その傘の持ち主と深〜い因縁と約束があるんですね。じゃあこれを失えばあなたは終わりだと。」
アラスタはレーテの右手に握られている傘を持った。
「・・・何をする!」
「私はネジネジの退治を条件にあなたに協力するはずでしたね。」アラスタは言った。「ですが、あなたが堕魔人に陥ってしまっては全てがお終いです。それに私はあなたが強い事はよく知っている。あなたが堕魔人になったら誰も手がつけられないでしょう。カラの手にでも陥ったら最悪です。」
「・・・そんな・・・。」
「安心してください。あなたを純真な少女のままにしてあげます。そうすればあなたは死ぬまで幸せです。」
「やだ!やだ!やめてくれ!」レーテは駄々をこねてしまった。「一週間、一週間だけ待ってくれ。どうにかして解決法を探す。」
「ふーん。その間に堕魔人に陥ったら誰が退治してくれるのでしょうね。」アラスタはため息をついた。「まあじゃあ、一週間見張っていますわ。少しでもおかしい気配を察したら、無になると思ってください。。」
「・・・わかった。だが、考えに集中させてくれ。監視するのは勝手だが、ちょっと離れた場所でやりたい。」
「私の魔力察知は健在です。」アラスタはにこりと笑う。「遠くにいてもあなたの異常ぐらいすぐにわかります。」
「・・・お願いを聞いてくれて恩に着る。」
「いえいえ。」アラスタはすでにレーテの元から去りながら言った。「本音をいえばあなたは不幸な死に方をしてほしくないだけです。大切な友人ですからね。」
「アラスタ・・・。」レーテが振り返った時はアラスタはもういなかった。その時はどうも感動して、心が安らかであった。肉腫はしばらく動かなかった。
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