魔城の部

ヘルモ編

37

 「ヘルモは生きているよ。」

 声がレーテにささやきかける。

 「本当か!」レーテは思わず叫ぶ。「魔城にいるのか!元気なのか!」

 「これから向かう、先にあるよ。」声は言う。「とってもとっても元気だよ。」

 「ああ・・・」レーテは涙ぐむ。その時目がさめる。目の前にはマルカレンの胎児がすやすやと寝ている。ここは貸家の中である。

 「お前が知らせてくれたんだね。」レーテはその胎児を撫でる。




 「生きている、か。」アラスタは出かける準備をしながら力なく返事した。

 「生きているのだ。無事だったのだ。」レーテはいつになく嬉しそうである。

 「無事と言ったのか。」

 「とてもとても元気だ、って。」

 「とてもとても元気、か。」アラスタはフッと笑った。「いい再会ができるといいな。」

 「ああ。」

 「また回り道するのですか?」

 「カラの故郷の村であれだけ大暴れしたのだ。気づかれている可能性もあるだろう。」

 「ああ、そういう事か。何に追われているかと思いましたわ。」

 「何も考えていなかったのか。意外とそういうところはのんびりしているんだな。」

 「そこもレーテさんとは違う所。」

 「フッ。」

 「肩は大丈夫ですか?」

 「この肩は使うつもりでいないと落ち着いてくれない。いいのだ。どうせ愛憎で動く汚い人間よ私は。」

 「あなたも随分と堕ちましたねえ。」

 「近頃馴れ馴れしいな。」

 「私が悪い人間だから、悪い人間には親近感を持ってしまうんですよ。」

 「まったく、失礼な奴だ。」

 「ふははははは。」




 そしてヘルモは魔城の裏道の入り口の近く、レーテの前方に立っていた。ヘルモは訓練期に使った棒を持っている。

 「ヘルモ!」レーテは呼び掛けて近寄った。

 「ぐしししししし・・・」ヨダレを垂らしながら意地汚い笑いを浮かべるヘルモ。その額には角が生えている。レーテは足を止めた。

 「ヘルモ・・・?」

 「こりゃダメだな。」アラスタは言った。「完全にやられちまったな。」

 レーテはアラスタをキッと睨み、胸ぐらを掴んで「簡単にそんな事言うな!」と怒鳴った。アラスタはつまらなそうな表情で顔を背ける。

 「くっ・・・」レーテはアラスタを放す。「ヘルモ!わかるか!私は、レーテ、戦士のレーテだ!」レーテは仮面を取って一生懸命伝える。「この顔は君しか見てくれなかった顔!思い出してくれ!ヘルモよ!」

 「レ、レーテ、レーテ・・・」ヘルモはもう言葉をしゃべるのも難しい様子である。「レーテ・・・戦士レーテ・・・レーテ・・・」

 「そうだ!思い出したか!」

 「レーテ・・・レーテは確か・・・殺さなきゃいけない・・・」

 「!?」

 「王様が・・・望んでおられる・・・」

 ヘルモはそう言ったのち、徐々に走り始め、やがて尋常じゃない速度ででレーテに向かって走ってくる。レーテはすぐ仮面をつける。右目から涙。棒を振るったヘルモに対し、レーテは左腕で受ける。

 「なるほど、確かにとてもとても元気だな。」アラスタはマルカレンの胎児を見ながらボソリと言う。

 「やめろ!ヘルモ!覚えていないのか!」レーテは叫んだ。「前もこうやって、訓練したじゃないか!その棒で!」

 「訓練、カラ王から、訓練受けた。」ヘルモはそう言いながら棒を振るう。激しいエネルギーが棒から傘にぶつかり、レーテは腕のしびれを感じる。

 「説得は無駄だ!レーテ!」アラスタは叫んだ。「奴は堕魔人にされた上にカラのコントロールを受けている。あの角を見ろ!」ヘルモの額には一つの角が生えている。「あれはヘルモの脳を圧迫し、正常な思考ができなくなっている!もはや彼はただのカラの傀儡だ!」

 「いくらカラでも、堕魔人の特徴までは指定できないはずだ!」レーテは受け止めながら叫ぶ。「人格の植え付けのほとんどが乱暴な結果になるのはアラスタも知っておろう!堕魔人といえど結局人それぞれなのだ!だからこれはヘルモ自身の選択の結果だ!」ヘルモはレーテから離れて間合いを取っている。「こいヘルモ。お前はカラが怖くて何もわからなくなっているだけだ。」レーテは言った。

 「レーテ、殺す・・・レーテ・・・。」

 「マルカレンの胎児はお前が元気だといった。彼はお前に眠る魂を見たはずだ。」

 「マルカレン・・。」ヘルモはハ、と気づいたように静止したが、かといって、大きくヘルモの中で変わった様子もない。おそらくすぐに狂気にとりつかれるだろう。そう判断したレーテは魔の左腕を解放した。左肩の関節が盛り上がり、長い触手が伸び、ヘルモの額に当たり、強烈な魔力を彼の脳にピンポイントに照射した。ヘルモはたちまち気絶した。

 「不意打ちとは。」アラスタは言った。

 「こうするしかなかった。真っ向に戦うといずれ殺す事になるかもしれないが、それはしたくない。」レーテは言った。

 「どうするんですか?」

 「まずこいつを縛って、空き家に持ち帰る。」

 「まさか我々と一緒に住まわせようと?」

 「ああ、そうだ。」

 「なぜ?」

 「今回の目的はヘルモ奪還だ。しかしヘルモはカラにすでに狂わされていた。だからこの作戦は失敗だ。だが、私にはカラを亡き者にする別の目的がある。だがそのためには、カラを殺して世の混乱を起こさぬために必ず私が知らなきゃいけないことがある。」

 「・・・なるほど。ヘルモを堕魔人から引き上げなければ先に進めないわけですね。」

 「そういうことだ。ヘルモをヒトに戻し、カラを殺す。アラスタ。」

 「はい。」

 「この実験に付き合ってほしい。見届けてほしい。もしも成功したら、その時わかったことを教えよう。それによってアラスタはさらに質の高い人格再定義の方法を得る。いずれにせよ、私にはネジネジへの復讐の使命もあるし、堕魔人を人に戻せれば、ネジネジにやられた人への治癒もできるかもしれない。どうだ?」

 「・・・・・。」アラスタは考え込んだ。「あなた、聖戦士と崇められているイメージの割にずいぶんと生々しい交渉をなさる方だ。」

 「所詮聖戦士など名前と結果に過ぎぬ。私はただ一介の、堕魔人になりかけた醜い戦士よ。」

 「ふふ、ますます気に入りましたわ。」アラスタは笑った。「いいでしょう。協力します。」

 ヘルモは前の凶暴さとは打って変わって静かに眠っている。

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