ザンドルフ編
24
「過去に堕魔人と戦った事はあるか?」
レーティアンヌがカラの魔術学校に入る頃、面接でされた質問。
「はい。アルナ・サングリスです、私の母です。」
カラ王の目が笑った。「・・・面白い。ぜひ我が校に入ってくれ。」
「お母・・・さん?」
「レーテ・・・。大きくなったねえ。」
母の顔が出ているその肉塊からたくさん触手が生えており、その先端は爪のように鋭い。
「うそ・・・。」
「お母さんはあなたのことを愛しているよ」
そういって抱きしめるように触手をレーティアンヌに覆い被せようとする。
「どうして、お母さんはお父さんを殺してしまったの・・・。」
すると母アルナはため息をつく。
「わからないの。わたしはお父さんを愛していたはずなのに。」
「じゃあお母さんは同じように私を殺しちゃうの?」
「わからないの。」アルナが涙を流す。「ただ、だきしめたいだけなの。」
尖った触手が明らかにこちらへの殺意を持ってレーティアンヌに向かってくるのでとっさに避け、胸ポケットから万年筆を取り出す。
「それは・・・・ファレンさんの!」堕魔人アルナが息を飲む。
「ええ。ファレンさんは、ゲゲレゲと一緒に自爆して死んだ。」レーティアンヌは言った。「でもその前に、戦士としての技術を教えてくれたんだ。」
「そんな、私と戦おうとしないで。」アルナは言った。「私は、ただ、あなたが愛しいだけ・・・。」
レーティアンヌはしかし混乱し始めていた。始めて会った堕魔人が、ゲゲレゲという非常に凶悪な存在だったから、このように愛してくる人がいるなんて知らなかった。とはいえ堕魔人は病気の存在だから、もしかしたら愛が母を救う事ができるのでは?と思った。レーティアンヌはそのまま駆け寄り、肉塊のアルナを抱きしめた。
「お母さん・・・。」
「レーテ・・・。」
アルナの触手もレーテをゆっくり抱きしめる。
「つらかったんだよね、お母さんも。」
「レーテ・・・」
「愛してる。」
「私も。」
そして触手の先端がレーテの背中にえぐり取るように押し付け始める。「・・・!」激しい痛み。「いやあああああああ!!!!」レーテは万年筆でアルナの額を刺した。
「・・・!」アルナは硬直した顔。
「ああ!」レーティアンヌは息を飲んだ。「ごめんなさいごめんなさい!違うんです・・・違うんです。」
アルナの肉体が徐々に縮んでいく。
「そんな・・・そんな!」レーティアンヌはうろたえた。「こういうとき・・・・・・そうだ、レーム・ナフラ!」
しかしアルナの縮小は止まらない。
「どうして!どうして!」レーティアンヌは頭を抱え、一旦深呼吸して、何かを思い出したかのようにアルナに右手を当てて言った。「レーム・ナフラ。」
アルナの縮小は止まり、肉塊が崩れ始めた。中から小人が現れた。「おはよう。」小人が言った。全く記憶を失っている。レーティアンヌは衝撃と共に、この小人をどうしよう、と思った。そして一瞬で脳裏にちらついたのは、あの秘密の館であった。散策して偶然見つけたあの地下の館・・・。
「おい。レーテだろう。なあ。」
森の茂みから、オドとレーテに呼びかける声。
「誰だ?」
「俺だ。ザンドルフだ。」
「ザンドルフ?」レーテは驚いた。ザンドルフはカラの魔術学校時代の同級生で、ずっとレーテの事を見つめていた男である。レーテは声の方に語りかけた。
「生きてたのか。」
「ああ。」そういって現れたのは7つ足の人面蜘蛛である。オドは息を呑み、レーテは傘を構える。
「・・・・貴様・・・堕魔人と化したな・・・!」
「そんなこわがるなよ。」蛇みたいな顔のザンドルフはけらけらと笑っていた。「お前だって堕魔人のくせに。」
「私は堕魔人じゃない!」
「へぇそうか?」ザンドルフは言った。「遺伝もあると思うけどな。」
「貴様、母を侮辱するな!殺す!」レーテは傘を広げた。
「悪かった悪かった。でも殺さないでおくれ。」ザンドルフはふてぶてしくそう答える。「俺も今ややこしくてな。不良品の堕魔人だからカラに処分されそうなのを逃げていたのだ。しかし人間としても生きてけねえ。だからその、かくまってくれないか?」
「残念だな。」レーテはうっかりザンドルフに憐れみの感情が湧きあがったのを悔しく思いながら言った。「これから私はカラ城に向かうのだ。死にたければついてこい。」
「ひい!」ザンドルフは悲鳴をあげた。「・・・しかし・・・それにしても居場所がねえ。ついていってもいいか?」
「・・・・ただ歩くだけならな。」
「ああ。約束しよう。」
「カラが現れても守るつもりはないからな。」
「大丈夫、その時は一目散に逃げるさ。」
「そうしてくれると助かる。」
こうして、鎧の戦士、太った老人、そして人面蜘蛛の珍道中が森を歩く。
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