3

 「とまあそんなことがあり、町の人々に感謝されたけれど、もちろん、村長だけが暗かった。頭を良くする術というのがまったく裏目に出た事を最後まで認める事ができず、私を訴えようとさえした。」

 レーテは地下室の小人に語りかける。

 「私は事細かに説明したが理解の姿勢すらなかった。ああ、この心の小ささが息子にも遺伝していて、高い知能を支えきれるのに向いてなかったのだ、と私はますます確信してしまった。だから脅かすしかなかった。いい加減にしてください、自分が間違っている事をあなたが一番ご存知だ、そのまま、恨みに固執しているとあなたも堕魔人になりますよ、と言ったのだ。村長はようやくだまった。」

 レーテはため息をつく。

 「結局スニングスはあーとかいーとかしか言わない生き物になってしまったよ。結局あれは早死にしてしまうと思う・・・可哀想だ・・・。」

 「正義の執行はつらいものなんだねえ。」小人はいまだ他人事だ。

 「ああそうさ。それに村人たちは、あの魔王カラの目を恐れている。魔王からしたら私なんかお尋ねものさ。」

 「隠れ家を探しているのかい。じゃあ、いつでもいらっしゃい。」器を浮かべた小人が言った。

 「ありがとう。」レーテの仮面から見える右目は笑っていた。「前は堕魔人と戦う人や旧世代技術のロボットだとかがいたが、ほとんど強力な堕魔人やカラの手によって駆逐されてしまった。知っている人たちも遠くにいってしまった。」

 「カラ?」

 「魔王だ。やつは・・・」レーテの手が震えていた。「私から全てを奪った屑野郎だ。」 

 「どんな事をしたんだい?」

 「・・・・」レーテはしばらく黙って、言った。「すまない、これは少し言いづらい。思い出すと非常に苦しいのでな。」

 「そうか。」

 「ああ・・・」

 「復讐なんだね。」小人の一人がそう言った。

 「え?」

 「正義のためではなく復讐なんだね。」

 「いや、私は・・・・」否定しようにも、レーテはなんとなく確信がもてないでいた。「・・・正義のために戦士をやっている。かつてそのように生きた人がいたからだ。」そういいながらレーテは折りたたまれた壊れた傘を見つめる。「だが・・・たしかに復讐の念も否定はできない。」

 「どっちにしても、いつか君は魔王と再び会うのかもしれないね。」小人は言う。

 「ああ。」レーテは言った。「そのつもりは、ある。」

 

 


 数日後レーテは地下室から出て、村長が堕魔人に陥ってないか心配だったのでマントとターバンで鎧で覆われた身を隠しながら村に戻った。村は静かな様子である。空気の流れる音しかない。騒ぎは起きていないようだな、とレーテは安心しようとしたとき、なにかがおかしい、と安心する気持ちと現状にどこか矛盾がある事にふと気づいた。静かすぎる。レーテは先を先を歩いて行った。すぐに村人がこちらに背を向けて歩いているのが見えた。レーテは息を飲んだ。村人の手が大きすぎる。これはまずい、とレーテが察して身を翻そうとした時、村人がこっちに振り返った。その顔は強烈に捻られて渦巻きの形になっている。そして中央に孔の空いた巨大な手のひらをレーテに向けて走り迫ってきた。自分の正体がバレてしまってはまずいので、慌ててレーテは走り出す。

 レーテから見て右側の壁の隙間に男が現れた。普通の姿の村人の一人だ。レーテは叫んだ。

 「後ろから堕魔人がくるぞ。はやく逃げろ!」

 「その声は・・・レーテ様・・・?」

 男が驚いた顔で身を隠したレーテを見て、すかさずすがりついた。

 「助けてください!レーテさま!顔に渦巻いた化け物が、村人を次々と、化け物と同じにしていまして・・・」

 「分かっている、早く逃げるんだ!」

 「もう逃げるなんてこりごりです!私はレーテ様のそばにいます。化け物共をやっつけてください!」

 そして顔に渦を巻いた村人達が次々と現れる。五人ほど立ちはだかった。彼らはさっきの村人のように巨大な手をレーテに向けていない。あの男がレーテレーテ叫ぶものだからさすがにバレたな、とレーテは察した。なぜならば私の体を"洗脳"することはほとんど不可能だから、村人達は"洗脳"するための手を私に向けないのだ。

 「おまえたちは堕魔人ネジネジなのだろう。」レーテは言った。「ネジネジ本人はここにはいなそうだな。」

 顔のない村人は黙って返事もしない。

 「堕魔人ネジネジはもともと人格再定義士だったやつの成れの果て。」レーテは言った。「だからおまえたちはかつての村人の記憶も人格も完全に支配されている。解き放たれるためには永久に昏睡状態にならねばならない。夢の中で自由になれ。」レーテは骨だけの傘を広げる。「覚悟!」

 そう駆け出そうとしたがレーテは強く足を捕まれて危うくつまずきそうになった。村人の男がレーテをいかせまいとしていたのだ。

 「レーテ様いかないでください、あなたがそばにいないと私は死んでしまうかもしれません。」

 「化け物を殺してほしいのか守ってほしいのかはっきりしろ!」レーテは叫んだ。

 「どっちもです・・・。」

 「ならば私に行かせてくれ!早く!手遅れになるぞ!」

 「嫌です・・・絶対に・・・」

 この男はレーテを好いている。故に色々と錯乱しているのだ。強引に振り払おうとするが足を掴む力が異常に強い。好意が、魔術となって、レーテにすがりついている。そうこうしているうちに5人の村人がまっすぐ男の方に向かって歩く。「来るな!来るな!来るな!」レーテは壊れた傘に力をこめて振り回し、村人達を追い払う。片足が封じられては非常に不自由である。しかも相手は5人。「早く離せ!」と言っても男は首を振る。私を不可能の無い神とでも思っているのだろうか。ネジネジの一人を傘の骨を体の深ぶかとした所に突き刺し、レーテはそこから激しく念を伝えると、そのネジネジの村人は昏睡状態となった。一人減った、という安心感が隙を生む。他の4人がレーテにすがりつく男に襲いかかり、孔の空いた巨大な手を男の顔に覆いかぶさった。

 「あっ!」

 どるっ、どるるるるるるるるとドリルのような激しい作動音とともに男の顔が震えだした。

 「やめろ!」レーテは無理やり男の顔から手を引き剥がした。そして男の顔を見て驚いた。顔がぐちゃぐちゃに右巻きに歪み、ところどころ青い光の斑点がある。その光がどんどんと増していく。すると村人達が逃げ出した。そうか、危険を察知したのか。ネジネジはネジネジから発する力の危険性を熟知している。ということは、私もここから逃げないといけない。レーテは全力で逃げ出した。男が青い強い光を発している事が背後から視界にかけて明確に分かった。



 爆発。



 逃げ遅れたネジネジの村人達はある人は砕け散り、ある人は燃え盛る肉体に無言でのたうちまわり、他の3人は跡形もなかった。レーテは吹っ飛ばされ、激しく何度も地面に叩きつけられた。傘は無事であった。レーテはホッとした。しかし左腕をどこかに無くしてしまった。また、作り直さねば・・・・、とレーテは思いながら歩こうとするが、足の関節部分が壊れていてギクッシャックと揺れ動きながら進まねばならなかった。じきに他の村人達が集まるはずだ。顔が渦巻きの"洗脳"された村人達が。今ではとてもじゃないけど戦えない。だから、逃げるしか無い。レーテは悔しい思いで歩きだした。走ることも難しいのだ・・・。

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