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 「うまくいったようだな。」カラは立ち止まったレーテを見ていった。「だが、ネジネジの兵力は全員死んだも同然。できのいい戦士レーテは結局下等なネジネジの兵になってしまった。それも貴様の独断でな。」カラはネジネジを見た。「作戦の練直しだ。私は城に帰るが、ゴミどもの処理は一人でがんばりたまえ。」カラはそう言って立ち去っていった。

 「レーテ・・・?」ヘルモが呼びかけるとレーテは振り返る。その右目は死んだ眼差し。

 「ヘルモ、いいかな。」アラスタは言った。「今だけなら、レーテを殺す気持ちを解放した方がいい。しかし、殺すには弱点を突かねばなりません。」アラスタはレーテの左肩から顔にかかっている触手を指差す。「あれをどうにかして切断してください。」

 「わかりました。」ヘルモは頷き、そして懐からマルカレンの胎児を取り出す。レーテは傘を広げよたよたと走りながら迫ってくる。

 「まだレーテの体に慣れていないようだな。」ヘルモはニヤリと笑った。「その前に仕留める!」



 ガギッ!という音が背後から聞こえる。戦いは始まったようだ。アラスタは倒れた人々を乗り越えながら前を行く。そして車椅子で天を眺める太ったネジネジのもとにたどり着く。

 「やっと会えました、人格再定義士、ネーヴェル・パールデン。」

 アラスタは冷たく言う。しかしネジネジ=ネーヴェルは答えない。

 「私が再定義士の訓練をし始めた頃は、あなたはもういなかった。かつては優れた再定義士だったけど、いつのまにか失踪し、次に訓練所に、ネジネジの姿で現れて多くの再定義士を仲間にしたその罪を、我々は許していないのですよ。」

 ヘルモはマルカレンの胎児から発せられる光の壁でレーテの猛襲から逃れている。

 「いったいあなたはどうして堕魔人になってしまったんですか?」アラスタはネジネジに手を掲げながら言う。「まず、調べさせてくださいよ。あなたを人格再定義する前に。」

 しかしネジネジは何も反応しない。

 


 カラは城の廊下を歩きながら右手で頭を抱えていた。ネジネジは本人ですら、子分たちのごとく何も考えずにロジカルに動く人間だった。だから利用しやすいと思っていた。だが、それ故にとてつもなく愚かな手段に出てしまった。たしかにレーテは強いかもしれないが、あれは私が最後まで育てるつもりだった。なぜあんなことを・・・。これでは作戦がめちゃくちゃではないか。

 カラは自分の椅子に座る。そして椅子の手すりの蓋を開ける。そこにはクィラの胎児が眠っていた。ネジネジ程度であろうとレーテは強い。だから、訓練したてのヘルモとよくわからない感度だけは強そうな痩せた男などあっという間に殺せてしまうだろう。だからあの二人は放っておこう・・・まただ。カラはなぜか、最近は自分の手で誰かを手にかける事に気が進まなくなっていた。一体これはなぜだろう。

 レーテの存在。これはない。なぜならば以前レーテを殺しかけたからだ。じゃあ汚れ仕事を手下どもに任せて殺さない時間をすごす内に嫌になったのか?それもない。そもそも誰かが死ぬなんてことは幼い頃から当たり前の事だと思っていた。動いてるもので厄介なものは潰す。自分を難しくさせる存在は、悩みの種は息の根を止めるのが一番だ。

 にもかかわらず、どうも目の前で誰かを殺す事が億劫になっていた。このカラが、魔王カラが狼狽えているのだ。

 理由はこいつだ。椅子の中に眠る兄クィラの胎児。こいつは明らかに私を強めてくれた。だが、どうも、おかげで自分の中で、命への愛着が目覚めてしまったらしい。どうすればよいのだろう。最初の時のように、悩み事を無くすためにまた兄を殺すべきか。

 どうも次新しくやり直すにあたり、彼と整理しなければいけない必要があるみたいだ。カラはクィラをつかんで持ち上げた。



 「・・・・ない・・・・理由が・・・・見つからない・・・・」

 アラスタは狼狽えた。「あなたは・・・・ただ、人格再定義をし続ける内に狂った、というのですか・・・・」

 ネジネジ=ネーヴェルは返事をしない。

 「私もいずかあなたのように自分を植え付ける堕魔人になるかもしれない、ということですか・・・。」

 ネジネジの中は空っぽであった。なぜそこまで魂が無かったのか。それは人格再定義というのがやはり多少の罪悪感があったからである。堕魔人で汚れた世界を美しくするために、何十何百人を相手にネーヴェルは人格再定義を淡々とこなしていった。そうしていくうちに、自分を失い、そして"純粋"になった。

 そんな"純粋"な自分を他に移せば、世界はもっと美しくなる。

 ネジネジの中の魂はただそれだけを言っているように思えた。

 「所詮・・・そうか、薄々、ヘルモの更生を見て感づいていたが。」アラスタは膝をついた。「人格再定義は狂っていた、つまり、過去の遺物になるんだな・・・。」

 その時ネジネジの手が、アラスタの顔を覆った。そして、アラスタは、痛い、と。



 「くそう、強すぎる・・・」ヘルモは言った。死んだ目のレーテがまっすぐ向かってくる。「どうすればいい・・・」

 (君は自分の大事な力を忘れているよ。) 手に持っているマルカレンの胎児から声が聞こえた。

 「え?」

 しかし、胎児はなにも言わない。

 「僕の力・・・」

 走り始めるレーテ。

 (僕の力・・・)

 傘をかざすレーテ。その顔から一瞬、青の光が見える。

 (あれは!)

 至近距離に近づくレーテ。ヘルモは青の光に向かってパンチする。

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