35

 「結局あの選択は間違っていたような気がする。」老いたケーリーはため息をついた。「あいつを追い出さなければあのような恐ろしい魔王にならずに済んだ。」

 「同じことだろう。あなたが生きたか死んだかの違いだ。むしろあなたにとっては幸運な選択だ。追い出さなければいつかあなたを殺していたかもしれぬ。」レーテは言った。「それにそんな若い頃から立派に火を扱えたのだな。」

 「ええ。うちの村はこのとおり不器用者ばかりで魔術がてんでダメだったから・・・どこからあんな技を・・・。」

 「やつはやはり天才なのだな。」レーテはうなづいた。

 「そうなんですな・・・。」

 カラの両親はレーティアンヌと違って魔術の能力にさほど関心を持たない家であった。もしかしたらその無理解が、魔術について狂った認識を持ってしまった原因の一つなのかもしれない、とレーテは思った。

 「そして、それから数年後なんだが・・・。」

 ケーリーは再び語り始めた。




 最初、ケーリー村長は唐突に村に現れたそれが誰なのかわからなかった。左目が潰れ、鼻もへしゃげ、くちびるももげて歯茎が露骨に表れている。そして皮膚一面が赤黒い繊維のようなものに覆われていた。背丈も人間より大きい。

 「父さん・・・。」それはものを言った。「僕、こんなに立派になったよ。」

 「カ・・・カラ・・・・?」ケーリーは顎が震えた。「え、お前、カ、カラなのか・・・。」

 「そうだよ。」カラは答えた。「ごらん。」カラは村を這うネズミをさっと尾をつまんで持ち上げた。ネズミはたちまち苦しみうめき、そして巨大化した。目は爛々と輝き、筋骨隆々となり、牙が次々と生えてきた。カラがそのネズミを放りながると、たちまちケーリーの脛をがじがじとかじり始めた。

 「痛い、痛い痛い痛い痛い痛い!やめろ!」

 カラはその光景を光のない瞳で見下ろしている。

 「やめんか!だから、やめんか!」

 カラがため息をついてネズミに指を触れると、たちまちネズミは絶命した。ケーリーの脛は血だらけである。

 「カラ・・・貴様・・・何を知らせにきたかと思ったら、嫌味でもいいにきたか!」

 「ひどいなあ。父さん。僕はこんだけ成長したんだってことをみせたかっただけなのに。」カラはやれやれと両手を上げて鼻でため息をついた。

 「カラ、自覚が足りないんじゃないか?お前のせいで苦しんだ母さんは自殺したんだぞ。」

 「・・・・」カラは言葉を止めた。「・・・なんで自殺したんですか?」

 「・・・・・!・・・・!」ケーリーは怒りのあまり身悶えしそうであった。「お前は、出て行け!二度と顔を見せるな!」

 「そんな。吉報がもう一つあるのに。」

 「どうせろくでもない!聞きたくない!」

 「・・・・そうですか。じゃあせめてこれでも受け取ってください。」

 そう言ってカラは封筒をケーリーの前に投げる。




 「真面目に聞くべきだったなと思っている。」老いたケーリーはそう顔をしかめながら言う。

 「吉報というのはつまり・・・」レーテは言った。

 「カラの魔城ができたのだ。受け取った封筒には城までの地図があった。」ケーリーは言った。「城の話は最初は何でもないと思ったが、近隣の村を襲って、人を攫ったりネジネジにされたりするのを見た時にまずいと思った。が、時すでに遅かった。」

 「しかしいやにカラはお父さんに優しいんですね。」

 「育て故郷だから侵略対象じゃない、というだけだろう・・・。もうその程度の人間だと私は思いたい・・・。」

 「堕魔人は通常、ひどくこじれた末に突然変身するものだが、」レーテは言った。「彼はじわじわと生涯を掛けて魔を蓄積していったのだな。」

 「まあたしかに、そうだな。」

 「それで、カラの弱点というのは、何の話だ?」

 「ああ、そのことをうっかり話しそびれるところだった。もう一度カラが来たのだ・・・今のような完全な魔王となってから・・・」




 それはレーテが聖戦士として蘇った後の出来事であった。

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