41
「ヘルモ、どこにいっちまったんかなあ。数日みないぜ。」
屈強な堕魔人オルガノが困り果てている。
「このままじゃ待ちくたびれて部下が全員いなくなっちまうよ。」
オルガノの周りではネジネジにされた人たちが怯えたように後ろをついていっていた。すでに脇道ではネジネジの死体がごろごろと転がっている。暇つぶしに殺しているようである。残り3人しかいない。
「は〜あ。もう一人殺すか。」
そう言ってネジネジの一人の首根っこを掴んだその時、
「オルガノ隊長!」と呼びかける声が。
「ヘルモ!やっと来たか!」オルガノがネジネジを離して朗らかな顔で振り向いたが、すぐにその表情は真顔になった。角の生えたヘルモの後ろに鎧で包まれた戦士レーテがいた。
「ヘルモ!貴様!」オルガノは怒りで顔を歪めまっすぐ歩いてくる。「なぜレーテを殺さなかった!レーテを殺せとあれだけ長い期間教えてあげたのに、なぜ生かした!」そしてヘルモに一発拳を食らわせた。ヘルモは転倒し、レーテを見て一瞬襲おうと手を伸ばすがすぐにそれを引っ込める。
「・・・・!?」オルガノは信じられないものを見るような緩んだ顔になった。「なぜだ?なぜ
「そうだ、躊躇しなくていい。ヘルモよ。」レーテは目でニコリと笑った。「お前の願った通りに動け。私を殺しに来い。」
その言葉にオルガノは最もうろたえた。そしてレーテを見た。「貴様・・・そうやってヘルモを洗脳したな・・・?」
(馬鹿だと思っていたが、勘がいいな・・・)物陰からアラスタはマルカレンの胎児を抱えながらそう思った。
「洗脳?いいや、そうではない。必然だ。」レーテは言った。「いいか、ヘルモ。選択しろ。私への殺したい衝動をがまんするか、それとも、あいつの側につくか。」
「もちろん、お前はカラ王への恩義を忘れたわけではあるまい?」オルガノはヘルモに言った。
ヘルモは顔を上げ、オルガノとレーテを見比べた。そしてオルガノに言った。
「申し訳ありませんオルガノ隊長。私には別の考えがありました。」
「ほぉーう?別の考えとは?」
「私はもちろんカラ王への忠誠心があります、だから、」レーテとアラスタはヘルモを見た。「いまここで仕留めるよりも、レーテをカラに引き渡した方が王はきっと喜ぶのではないかと。」
(やっぱりだめだったか・・・)アラスタは腰が抜けた。ヘルモの言葉を聞いてオルガノの顔がいっきに顔を微笑ませた。ヘルモはレーテを見た。
「では、早速」オルガノは言った。「戦士レーテを魔城にひき連れろ。」
ネジネジの人々が現れて、レーテの両脇を掴む。そしてなすがまま一緒に歩いていく。
「いやにおとなしいじゃないか?」オルガノがレーテに言った。
「どうせ暴れたらヘルモを殺すのだろう。」
オルガノはばれたか、とバツの悪そうにふふっと笑った。
(ああ・・・・レーテ・・)遠く離れた戦士を見ながらアラスタはため息をついた。しかしマルカレンの胎児は嬉しそうだ。
「もう一人、この付近に仲間がいます。」ヘルモは言った。
(え、ちょっと、まってよ、おい。話にはないぞ!)アラスタは焦って路地の裏へと駆け出した。外に出るとヘルモがすでに待ち構えていた。
「うわっ!」アラスタは転んで、マルカレンの胎児をはなしてしまった。地面に落ちた胎児をヘルモが拾う。「あっ」レーテに守ってほしいと言われた胎児を拾われて、アラスタは声を上げた。
「なんだその気色悪い胎児は」オルガノが言った。
「やっぱりだ。」ヘルモは胎児を持ちながらニヤリと笑った。「あんな棒切れ力にならぬ。これこそが、僕の偶像(idol)だったのだ。」
「何を言ってるのだヘルモ。」
ヘルモは振り向いて、胎児の持った右手でオルガノの腹を突いた。白い閃光。パン、という破裂音と共にオルガノの腹が弾け散った。
「おふぅぅ」オルガノは呻きながら仰け反った。
「カラ王万歳。」ヘルモはオルガノに近寄りながら言った。「オルガノ隊長。わたしはこれからレーテを殺しに魔城に行きます。」
「じゃ、じゃあ、な、なぜ、俺を・・・」
「レーテを痛めつけたからだぁぁあああ!!」ヘルモはそう叫んでオルガノに何度も魔の拳を浴びかせた。飛び散る血飛沫。肉塊と化したオルガノにはもはや命はない。ヘルモはアラスタをふりむいてヒヒヒと笑いながら言った。
「さあ、アラスタ。後を追ってレーテを殺しに行きましょう。」
アラスタはヘルモの言う事が全くわからなかった。
「お前はどっちの味方なんだ?」
「私はカラ王の手下です。」
「でもオルガノは・・・」
「オルガノはレーテをひどく痛めつけたから、誰かが報いる必要があった。」
狂っている。アラスタははっきりと思った。こいつは、狂っている。治ったのではない、現状に適応するように狂ってしまったのだ。
「"狂っている"?何を考えているのですか?」ヘルモがそう言ったのでアラスタは「ひいいぃ!」と叫んで後ずさりした。するとヘルモはまっすぐアラスタに歩いてきて、「あなたは僕に協力しなくてはいけません。」と肩を掴んで立ち上がらせた。
「私はレーテさんを殺したくはないぞ。」アラスタは震えながら言った。
「知ってます。」ヘルモは言った。「あなたはネジネジを退治したい。そう思っているのでしょう?」
「・・・。」
「私ならもしかしたらネジネジを殺せると思います。だけどそのためにはあなたのその優れた感知能力をお借りしたい。だからここは手伝ってくれませんか。」
「もう一度言う。私はレーテさんを殺したくない。」
「アラスタ、わかってほしい。」ヘルモは言った。「僕の『殺したい』は、あなたの考える殺したい、ではない、ということを。」
アラスタはヘルモの目を見てハ、とした。殺したいと言うその眼差しはあまりにも、愛で澄んでいたのである。何よりもレーテの身を案じ、しかし任せている目。ヘルモは狂ってしまったのかもしれないが、しかし必ずしも多くの堕魔人と同じようにむやみに殺す方向に狂ったとは限らない。いや、わからない。アラスタは、迷ったが、もう考えることすらできなかった。
「仕方ない、信頼しよう。」アラスタは言った。「もうどうとでもなるがいい。」
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