11
「レーテさん。」ヘルモは恐る恐る前を歩くレーテに尋ねた。「どうして貴方はそんな壊れた傘で戦うんだい。剣じゃなくて。」
「この傘と出会わなかったら私は今このように戦士をしていないだろう。」レーテは言った。「どうだ、持ってみるか?君ならわかるだろう。」
「え、いいんですか・・・?」ヘルモは珍しく困惑した。
「ほれ。」レーテは腰につけた折れた傘の柄をヘルモにもたせてみる。
「・・・!」ヘルモは目を開いた。「これは、すごいですね。でも、この傘は明らかにレーテさんのためにあります。とても暖かい。」
「ああ。」レーテは右目でヘルモをみながら頷いた。ヘルモが傘を返すと、レーテはその柄を持って言った。
「これは私の偶像(idol)だ。」
「アイドル・・・?」
「魔術を行うにはやはり何かと形に頼った方が安定が保てる。そして、この偶像はかつての私の師が用いていた偶像でもある。この偶像で私は鍛えられ、そして、守られた。」
「レーテさん・・・。」
「両親がいなくなってから師が親の代わりだったのだ・・・。」
「お父さん・・・。」
レーティアンヌ嬢は顔をえぐり取られた父の亡骸を前にして涙する。
「お父さん・・・。」
葬儀の後の食事会で遺族たちは噂をしあう。
「あれはどう見ても堕魔人に殺されたにちがいない。」「知らないのあなた?メーランを殺したヒト。」「え、誰々。」「メーランの奥さんなのよ。」「え、そんな!」「奥さんは結婚する前から心をおかしくしてたって噂ね。」「それで娘を産んだ後、ついにノイローゼでぷっつんして堕魔人になりかけてて病院に収容されていた。」「そんな・・・。」「その看病をしていたのがメーランなのよね。」「やめなよ。娘がいるじゃないか。」
「ファレン・・・」レーティアンヌは父の亡骸を見ながら、隣にいるファレンに話しかけた。「堕魔人、って、何なの。」
「堕魔人は、悲惨な存在です。」ファレンは悲しげに言った。「人は脆い。精神と現実が融合した世界、と嘆かれてからもう久しい。こんな世界でヒトが自分の感情をコントロールできなくなると、簡単に危険な存在になってしまう。もうそうなったら誰も助けられない。」
「お母さんは、堕魔人になってしまったの。」
「奥方は・・・見つかっていないのです。」ファレンはため息をついた。「お父様は奥方の為に力を尽くしてらっしゃった。ですが、予想以上に精神が悪化したようなのです。看病した時に暴れ出して、それで・・・。」
「私・・・どうすればいいのかしら。」
「しばらくはこのジジがあなたのお世話を致します。」ファレンはうやうやしく礼をした。「この物騒な時代です。何かと護身術を教えねばなるまい。」
「・・・・。」レーティアンヌ嬢は父の顔に開いた穴をいつまでもいつまでも見つめていた。
「ヘルモ。」
レーテは言った。「お前も私と同じ戦士になる気はないか?」
「戦士?」ヘルモは驚いた。
「お前には素質がある。だから私としても教えがいがありそうだと思うのでな。」
「・・・いいんですか。」
「はじめからそのつもりで私についていってるんじゃないのか。」
「・・・。」ヘルモはバツの悪そうな顔で答えた。「はい・・・。」
「ふふ、素直でよろしい。」レーテは久しぶりに微笑む。「だがまず偶像を探さないとな。」
「どういうのがいいんですか。」
「なんでもいい。私は最初、その辺の棒切れで魔術の訓練を受けたものだ。だが、これは自分にとって手放せないというものを発見した場合は、それを偶像にするが良い。その好意と信頼は必ず糧になる。」
「手放せない、ものですか・・・。」ヘルモは首をかしげる。「俺にはそんなものはない・・・。」
「そのうち見つかるだろう。」レーテは妙に楽観的な投げやりさでそう答えた。「いつまでたっても手放せないものは、そういうものだ。」
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