12
「レーテや、レーテ。」レーティアンヌが両親を失って以来、ファレンはいつもよりも優しく語りかけるようになった。「強力な魔術を行うためには偶像(idol)が必要だ。偶像は魔術の受け皿となるから思い入れのあるモノが一番いい。レーテの思い入れのあるのは何かい?」
レーティアンヌは左下を見つめて、「わからない・・・」とつぶやいた。
「そうか。じゃあ例えば、小枝で好きなかたちのを探しておいで。気に入ったものには魔術はよく働いてくれる。」
「ファレンは、その傘が気に入ってるの?」
「ああ。そうだとも。」
ファレンは腰の黒い傘を抜いて差した。
「こいつは私に馴染みがあるのでな。」
「へえ!」レーティアンヌは傘をまじまじと見つめた。「私、その傘がいい!」
「だめだめ、レーテ。」ファレンは苦笑した。「これは私が使うものだ。」
「だって、私、ファレンが大好きだもの!」
無邪気にそう叫ぶレーティアンヌにファレンは静かな眼差しを向けた。
「しょうがないなあ。だけど傘はだめだ。このペンでどうだ?」
そう言ってファレンは胸ポケットの万年筆を取り出した。
「いい!」レーティアンヌは嬉しそうに声を上げた。ファレンはにこりと微笑んで言った。
「よし、じゃあ早速レッスンを始めよう。」
「まずは君をしっかり整える必要がある。」
戦士レーテはヘルモの肩を後ろから押さえながら言った。ヘルモは妙に緊張している。
「皆魔術を神秘に見立てすぎた。だから、誰もが使えるとなったとき、自制心なく発展してしまい、このような堕魔人のうろつく世の中になった。」
レーテは右手の指先をヘルモの脳天に置く。
「あ。」ヘルモは声を出す。
「少し意固地だが、いい精神をしている。」レーテは言った。「どうだ?何を感じる?」
「温かい・・・。」ヘルモはぼそりと言った。「レーテ・・・あなたは・・・。」
「そうだ。」レーテはうなづいた。「今はそれでいい。」
「これはその、レーテの師から教わった事なのか?」ヘルモは訊ねた。
「そうだ。私のもっとも尊敬する師。ファレンという名前だ。」
「ファレン。」
「私は二人の師に訓練された。この傘の持ち主であえるファレンと・・・。」
「・・・!」ヘルモは驚いた。
「察しがよいな。そうだ。私のもう一人の師は、私から多くを与え、全てを奪った、カラだ。」
「魔王・・・。」
「あれが魔王と呼ばれるのはつい最近のことだ。数年前は城を解放して魔術の学校のような事をしていた。」
「そうだったんですか・・・。」
「まあ、あれも、自分の兵を作るためだったってことだ。」
成長し立派な若き戦士となったレーティアンヌ・サングリスはカラの城に訪れる。聞けばここで王が直々に魔術の高等技術を教えるとの事で、さらに力を伸ばすには最適だろうと考えた。
面接はカラ王自身が立ち会っていた。机の真向かいの王の姿は、ひょろ長いながらも人間にしてはやや巨大で、左目しかないその黒い顔は人々を威圧させる。
「名前は。」カラ王はくぐもった声で尋ねる。
「レーティアンヌ・サングリス。23歳です。」
「若いな。私より一回りも下だ。」カラは茶を飲む。「手のひらを見せてくれ。」
レーティアンヌは言われるがままに右手のひらを机に置く。カラはその右手に人差し指をちょんと置く。火花のような痛みを感じたレーティアンヌは顔をしかめる。
「敏感だな。」カラ王は言った。「しかし我慢強い。恐ろしい心の強さだ。」カラ王の片目は煌めいていた。「これほどの力を持ちながら、堕魔人にならなかったということは、何かに守ってもらってるのだろう。」
「これのことでしょうか。」レーティアンヌはそう言いながら、胸ポケットから万年筆を取り出す。
「おお。やはりか。」カラ王はその万年筆をまじまじと眺めた。「これはあなたにとって大事なものなのだな。」
「私の命の恩人のものです。」レーティアンヌは答えた。
「過去に堕魔人と戦った事はあるか?」
「はい。アルナ・サングリスです、私の母です。」
カラ王の目は笑っていた。「・・・面白い。ぜひ我が校に入ってくれ。」
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