25
夜。焚き火を前にレーテはヘルモのことを考えたり、助けるにあたりまずどこから情報を収集しようか、などいろいろと考え事をしていた。マルカレンの胎児はレーテの膝の上である。オドはすっかり眠ってしまって自分が建てたテントの中で大いびきをかいている。何か忍び寄る気配がしたので、誰だ、とレーテが振り返ると、なんてことはない・・・
「なんだ、お前か。」
「驚かせてすまねえ。」人面蜘蛛のザンドルフはバツが悪そうに笑った。「お前すっかり変わったな。なんというか、若さが無くなったというか。」
「お前の知ってるレーティアンヌはすでに死んだのだ。」レーテは言った。「お前も随分大胆になったな。今までじっと見つめてばかりで、話掛けもしなかったのに。」
「人間としてのザンドルフも死んだのよ。」ザンドルフは苦笑を浮かべた。「お前と同じようにな。」
「私は堕魔人じゃないぞ。」
「いや、嘘だ。お前は堕魔人に陥ってることを正義とやらで隠しているだけだ。」
「どこかの魔王のような事を言うんだな。」
「これでもお前よりはカラ王から真面目に勉強したのでね。」
「不愉快な事を言うのなら出て行ってもらおうか。」
「自虐の冗談だ。気を悪くしたらすまぬ。俺はあんなやつの影響を受けすぎたってことだ。」
「・・・。」
「しかしどうしてカラの魔城に戻る気になったんだ?」
「大事な人がさらわれたのだ。」
「大事な人!?」ザンドルフが突如目の色を変えた。
「ああ。だから取り返しに行く。」
「どんな人なんだ、そいつは。」
レーテは切羽詰まった調子のザンドルフを見ながら鼻でフ、とため息をついて言う。
「堕魔人退治する時に出会った少年でな。魔術の感性が優れすぎて、また彼も若いもんだから村じゅうの嫌われものだった。唯一の友人が、ゲゲレゲのなりそこないの堕魔人に襲われて死んでしまったから、」レーテは膝の上の胎児に触れながら言う。「彼は村を出て私に付き従う事になった。」
「弟子、なのか。」
「ああ。そして、この醜い私を受け止めてくれた、大切な人。」
「・・・・・。」ザンドルフは7つ足で歩いてレーテの仮面に隠れた顔を覗き込む。「俺も、お前の全てを受け止めているぞ。」
「嘘をつけ。」レーテは再び奇妙な鼻笑いをした。「お前の慰めにはなれんぞ。」
「・・・・」ザンドルフは顔を歪めた。「そんな・・・意味では・・・ない。」
「この顔を見ても、同じ事が言えるか?」レーテは仮面を外した。ザンドルフは一瞬息を止めた。
「そうだ。それが普通の反応だ。ザンドルフ。」
レーテは仮面を付け直す。
しかしザンドルフはレーテを手中にしようとする願望を諦めようとはしなかった。何かと先回りしながら、オドの言葉を遮ってまで、魔城の道案内をしようとしてレーテに取り入ろうとしていた。
「あの蜘蛛の若旦那は、お前さんを好いてるのかね?」道案内のおしゃべりに夢中になるザンドルフを見ながらオドは訝しげに言った。
「あれは古い知り合いだが。大昔から私の事をじっと見つめていた。いま、こうやって喋れるのだから嬉しいのだろう。」
「気をつけろ。」オドは言った。「あれは堕魔人だ。調子に乗らせると何か危険な事をしでかす可能性がある。」
「わかっている。」レーテはうなづいた。「いつか、私は襲われるであろう。」
「・・・・追い出しはせんのか。」
「堕魔人は急激な悲劇に弱い。手荒に扱うと、ひどく化ける可能性がある。」
「そうか・・・。」
しかしレーテが誤算だったのは、その日が思ったより早く来た事と、レーテ自身心が弱っていてあまりに打ち明けすぎた事であった。
ある夜。
「お前・・・すこし姿が変わってないか?」レーテは訝しげにザンドルフに尋ねた。
「へっ。気のせいじゃないすかねえ。」しかし確かに、ザンドルフの顔は瘦せこけ、7つ足が前よりも丈夫に太くなっていた。「お前、カラ魔王の城にいって、それで、どうすんのか考えているのか。」
「まず、ヘルモを助け出すために侵入口をあらためて探さねばならない。だから、魔城の近くの村で偵察するつもりだ。」
「へっ。アイデアはないけど少年を守りたいってか。」ザンドルフはにやにや笑いながら言う。「お前、俺に対して、言ったよな?」
「何をだ?」
「『お前の慰めにはなれんぞ。』レーテは俺の慰めにはなれない・・・あの言葉について考えたんだが。」
「ああ。」
「レーテ、お前こそ、その少年とやらに慰めを求めているんじゃないのか?」
「ああ、そうかもな。」
「カラ魔王に身も心も破壊され、幸運な事にその穴埋めになってくれる人を見つけた。」
「・・・何が言いたい。」レーテはザンドルフをにらんだ。
「別に?ただ、お前は本当は少年の事など気にしてないということさ。」
「・・・?」
「お前は慰めが欲しくて正義の活動をしていた。次は愛を見つけた。うぶな乙女みたいに少年の幻影を追い求めて、ここまできた。」
「さっきから聞き捨てならぬ言葉ばかりだな。何か不満なのか?」
「別に。お前は堕魔人と同じということだ。」
「またその話題か。」
「お前は、個人的問題に苛まされて化けて人を殺し始める堕魔人と同じってことだ。母の遺伝だな。」
「・・・・・・」レーテは傘を持った。「母の悪口だけはやめろ。」
「そうだ、そうやって逃げてるからお前の母親もおかしくなったのだろう。」
「やめろ。」
「お前のやってることは自己満足だ。少年は救われない。それを知りつつ追い求めているのがその証拠。」
「やめろ!」レーテは金属の左腕で顔を抑えた。「ヘルモは・・・・救う・・・・!絶対に・・・・救う!」
「おうおう本性をあらわしおったな。すっかり正義の快感に狂わされている。堕魔人さんよう。」ザンドルフはここぞとばかりに狂気の笑みを浮かべた。「お前はお前の母の宿命から逃れられない、故に、少年は、死ぬ!」
「黙ってくれ!!」
顔を覆った左腕を激しく下に振るい、レーテは大きくなったザンドルフに迫り来る。が、その時左肩に激しい痛みがきて驚いて立ち止まる。左の肩の関節が盛り上がるような感触。ばきょ、という音と共に肩の鎧が外れ、大きな指のような触手が踊り蠢いた。
「・・・これは・・・・!」
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