その2 トラブルはつねに憑き物で

トラブルはつねに憑き物で(1)


 半分に欠けた月は蒼く、宵の街を冷たく照らす。

「相変わらず、この都市まちは騒がしいな」

 コルビアの酒場通りの真ん中で、サシム・エミュールが溜息混じりに呟いた。

 石畳を挟むように軒を並べる木造の建屋は、どれも戸口の三分の一程の小さな扉が中央を塞いでいた。この地方によく見られるスイングドアというヤツだ。

「異国情緒あふれると言えば聞こえは良いが、少し無節操に群がり過ぎだろ!」

 実際彼の言う通り、行き交う人々の中には茶髪青眼のメルカナ人を始めとする西方人の他に北方や東方の衣装を身に着けた者もおり、一見華やかに見える往来もどこか浮いているようで、鮮烈過ぎる余り風景に溶け込めていない感がある。

 だが、

 それは今まさに、ぼやくサシムの正面で繰り広げられていた。

 北方のノルム人や東のクアーナ人など多様な人種の男達が十数人、寄ってたかってうら若き乙女二人を取り囲んでいる。

 一人は十四、五歳ほどの垢抜あどけなさの残る栗髪翠眼くりがみすいがんの少女。三つ編みにしたポニーテールが印象的なその娘は、つばのところに突起のある一風変わった剣を背中に差している。

 今一人はつやのある紫の長髪で、左右から細い三つ編みを冠のように巻き付けて後ろで結んだ上品な印象の娘。琥珀の瞳で、怯える様に栗髪の少女の肩越しから暴漢たちを覗き見ていた。




 話は少しさかのぼる。

 夕焼けの荒野をひた走る四頭の栗毛。文字通り半壊した車台には、縛り上げた強盗達。彼らを乗せて馬に鞭を打ち続けること約二時間半、ようやく目的の都市まちが視界にその姿を現した。

 馬車馬は二頭とも既に事切れていたが、サシムは強盗達の乗っていた馬を車台に繋げて走らせた。

 手綱を引く彼の隣で、退屈そうに欠伸する少女の姿。ルーシアという名の栗髪の娘だ。その手には、サシムからポンと渡された手配書の束。

「しかし、まさかこいつがあの毒蠍アンタレスだったとはな。お陰で今夜は美味い酒と飯にありつけそうだぜ」

 猿ぐつわの代わりに黒頭巾の口当てを噛まされた暗殺者を親指で差しながら、上機嫌につぶやくサシム。胸元から覗く白銀のメダルには、微かにクレーターのような傷が出来ていた。

 六芒星の上に交差する剣と銃の紋章――そのちょうど中心部、長剣と猟銃が斜めに重なった位置に針の穴ほどの銃創が。

「おっちゃん、運が良いね」などと戯れに言葉を投げる少女。それに対し、

「運も実力の内よ」とうそぶくサシム。

「どれだけ技を磨こうが、優れた頭脳や強大な能力、超兵器を持っていようが、結局最後に笑うのは運の強い奴だ。覚えときな、嬢ちゃん」

「うん、解った」

「それにしても、先刻さっきのアレは凄かったな。居合いみたいに一瞬で抜いたかと思ったら、いきなり魔法のような光の刃が飛び出すとはな。一体何したんだ?」

 サシムが何気なくくと、ルーシアは逆に驚いたように眼を丸くする。

「そのイアイってヤツだよ。おっちゃん、良く知ってるね」

「あれが居合いだって? おいおい、俺の知ってる居合いは瞬時に抜刀して物を斬るだけで、あんな光刃モン出さねぇぞ」

「えー、でも母さんにそう教わったけど」

先刻さっきも気になってたけど、君のお母さんって……いや、やっぱ何でもない」

 ふと言いかけてから、サシムは咽元まで出掛かった言葉を慌てて飲み込んだ。


 ここで迂闊うかつに「何やってる人?」とかいて実は「ご同業」だったりしたら、ちょっと嫌だなぁ……などと胸中でつぶやいていたりする。




 コルビアに到着するや、サシムは早速捕らえた強盗一味を役所に突き出した。受け取った袋の重みを確認すると、思わず笑い込み上げて来る。が、決して表には出さずに努めてポーカーフェイスを装っていた。

「喜べ嬢ちゃん、これで当面は遊んで暮らせそうだぜ」

 戻ってくるなり、サシムは金貨の入った袋を見せながら高らかに宣言した。

「欲しいモンがあるなら、遠慮なく言ってくれよ」

「良いの?」

「まあ、今回はほとんど嬢ちゃんの取り分みてーなモンだからな」

「ありがとう、サシムのおっちゃん。そんじゃあさ……」と、ルーシアはサシムの右手をまじまじと見つめながら、それを指差して答える。

「グローブ、買っても良いかな?」

「そんなモンでいいのか?」

「うん。おっちゃんのしてるの見てたら、なんかカッコイイなぁ~て思ってね」

「ああ、これか」と、サシムが自分の右手首を軽く振る。

 六芒星の彫られている銀の手甲が付いた徒手空爆エクスプロージョンという銘のそれは、俗に『アマタニアの技術』と呼ばれる超兵器オーパーツの一つで、小隊、いや中隊レベルならば一人で全滅させられるとも言われている。

 元々は強盗団の一人が見につけていた物で、先の戦闘で戦利品と称して奪った代物だ。

「まあ、普通のグローブだったら買ってやれるけどな。そんなんで良いのか?」

「うん、それで良いよ。おっちゃん、ありがとう」

 屈託の無い笑みを浮かべながら、ルーシアは改めてお礼の言葉を口にした。



 反重力燈ホバーランプの明かりが暖かく灯る酒場通り。

 浮遊するそれを指差しながら、サシムは得意げな顔で語り始める。

「知ってるか、重力ってのは光を曲げるそうだ。その原理を利用してランプの中に集めた光で闇を照らす。それが反重力燈ホバーランプなんだとさ」

「おっちゃんって、すっごい物知りなんだねー」

「いや、知り合いの学者サマから聞きかじった程度の豆知識きょうようってヤツだ」

 翠の瞳を爛々と耀かせながら真剣な表情かおでうなずくルーシアを見て、照れくさそうにそっぽを向いてうそぶくサシム。

 辺りでは、何組かの男女がテラスで酒を煽っている。女の方は白い胸元を肌蹴た破廉恥な格好をしていた。恐らくは男達の相手をする女給だろう。通りの入口で、何人か同じような服装の女達が道の端で立っていたのを覚えている。香水の匂いが通りまで漂い、隣を歩くルーシアが思わず鼻を摘む。

「こういう所は初めてか?」

 顔をしかめる少女を見ながら、からかう様に話しかけるサシム。

「そう言うおっちゃんは慣れてそうだよね、やっぱし男ってケダモノ?」

「なんでそうなるんだ?」

「ああいうエロい服着たお姉さんとイイコトしたいって顔してるよ、このスケベおやじ」

「お前、言動はガキっぽいのに変なトコだけませてやがるな…………」

「何かすっごく失礼なこと言われた気がするけど…………」

 などと少し半眼で口を尖らせながら、「それはともかく」と続ける彼女。

「母さんが言ってたもん、男はだいたい下半身には正直だって」

「ばっ、娘に一体何吹き込んでんだお前の母親は!?」

「違うの?」と問う少女の純粋で無垢な翠の瞳に真っ直ぐ見つめられ、思わず眼を逸らすサシム。

「そ、それはだなぁ動物的本能ってヤツで、男にも理性ってモンがあるんだよ」

「そうなんだ」

「そうそう、食欲や睡眠欲と一緒であくまで健全な男としての機能が働いて肉体が反応するって意味で言ったんだろう」

 苦し紛れにそうこじ付けてから、しかし…………

「実は余計な知識を植えつけてしまったのでは?」という気がして、妙な背徳感を覚えるサシム。

「ふーん」と、ルーシアは何やら考え込む。

「どうした?」

「いや、もしかしてのかなぁ~って」

「ばーか、十年早えよ」と、人差し指で彼女の額を軽く小突く。と、

 その時だった。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 突然、どこからとも無く女の悲鳴が上がったのは。

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