トラブルはつねに憑き物で(3)


「ああん? なんだテメーは!」

「ボクはただの通りすがりの旅人だよ、ケダモノさん達」

 三つ編みにした栗髪のポニーテールを軽く払いながら、不敵に笑う少女。

 これぞ天の助けとばかりに、その少女に駆け寄るジーナ。

「んだとコラ、舐めた口叩きやがるとテメーも一緒にヤっちまうぞ小娘っ!」

 男の一人が声を荒げて凄んで見せた。が、少女はむしろウンザリと言った様子で眉をひそめる。

「オジサンって、みんなこうなの?」

「ああ?」

「台詞が月並みだって言ってんの。この前の強盗さん達といい、キミ達といい」

「キミタチって……」と、男の一人が訝しげに問い返す。

「あれ、なんか変だったかな? 一応、ボクの故郷まちじゃ相手を敬う呼び方なんだけど」

「いや別に変ってワケじゃねえだろうが、あんまし慣れねえ呼び方されたせいか、なんか違和感が…………」

「ふーん」

 これが二回りも歳の離れた娘の台詞でなければ、あるいはそこまで気に留めなかったかも知れないが。

「そんなことはどうでも良い」と、老いたノルム人の男が割って入る。

「そこな娘さんよ、わしらは今ちぃっとばかし気が立っててのう。見たところまだ生娘のようじゃが、あまり怒らせるとを失う羽目になるぞ?」

「ほぇ?」と首をかしげる少女。

「お前さんには、オトナの話はちと難しかったかな?」

「何言ってんのか良く解んないけど、なんかバカにされたってことと、お爺ちゃんが相当なヘンタイだってことは判ったよ」

「変態じゃと?」

 少女の言葉にぴくりと眉を跳ね上げ、老人がにわかに険しい表情を浮かべた。

「だって、先刻さっきからなぁ~んかイヤラシイ目でボクの身体をジロジロと見てんじゃん」

「ただ話相手の方を見ているだけで、そこまで言われる筋合いないわ!」

 そう言って拳をテーブルに叩きつける老人。


 不意に、少女の背筋に悪寒のようなものが走った――


 背後から男が掴みかかろうと腕を左右に広げた。

 しかし、一瞬早く頭を落としてこれをかわす少女。そのまましゃがみ込むと、彼女は左に反転しながら右足を伸ばして男の脚を軽く払った。

 男の足元が宙に浮き、前のめりになって勢いよく板張りの床に突っ伏した。

 鉄の混じったような匂いが男の鼻先に広がっていく。

「テメーこのアマ、何しやがる!!」

 仲間の一人が怒声を上げるが、少女は真っ直ぐに見据えたまま臆することなく切り替えす。

「このおっさんが先に襲ってきたんじゃん。正当防衛だよ、こんなの!」

「んだとコラ、テメーこんなことしてタダで済むと思ってんじゃねえよな?」

「おい、ヤっちまおうぜこのガキ!」

「へへっ、大人の怖さをしっかり!!」

 ヘラヘラとにやけ面を向けながら、その視線は発育の良い少女の身体に向けられていた。

「別に良いけど、ここじゃ狭いから表でらない?」

 殺気立った男達を挑発するように、クイクイっと少女は親指で扉の方を指す。

「おいおい、野外がお好みかよ?」

「良いじゃろう、たっぷりと可愛がってやろう。足腰が立たなくなっても知らんがな」

「さあ、どっちの足腰が立たなくなるか、試してみる?」

 下卑た笑みを浮かべる老人の揶揄に、栗色の三つ編みを払いながら少女――ルーシア・レアノードは小さく笑った。



「あーあ、見事に会話だけかみ合ってやがる…………」

 カウンターの方では琥珀酒ウィスカをあおっていたサシムが、額に手をやりながら皮肉混じりに一言ぼやく。

「たくっ、無策のまま勝手に飛び出しちまいやがって。ま、お陰で探り易くはなったけどな」

 空いたグラスを脇に退けると、ゆっくりと立ち上がって頭を掻きむしるサシム。

「さあて、どうしたもんかねぇ」



 表通りのど真ん中、十人近い荒くれ者達が少女二人を取り囲んでいた。

 それぞれが、長剣や斧など思い思いの得物を握りしめている。

 丸太のような腕に大きな傷を持つ栗毛の男が一歩前に出た。その腕よりも更に太い抜き身のグレートソードを大地に突き立てて。

「お嬢ちゃん、今謝るってんなら許してやってもいいんだぜ」

「おうよ、その奇麗な身体になんざ付けたかねえだろ?」

「まあ、興味のあるお年頃ってんなら、話は別だけどな……へへっ」

 男たちが次々に囃し立てるが、ルーシアは一顧だにせずこう切り返す。

「それは嫌だけど、別に謝る気は無いよ。だってボク悪くないし」

「おい小娘、俺達はワザワザ見逃してやろうって言ってんだぞ? それとも傷物になりてぇのか?」

「そんなのなるつもりないし、ならないよ絶対」

「あん?」

「だって、オジサン達に負ける気がしないからね」

「こ、こんのぉクソガキぃっ!!!」

 挑発するような少女のことばに声を荒げ、栗髪の男が両手で大剣を地面から引っこ抜くと、そのまま大きく振り上げた。

 刹那、ルーシアが地を蹴った。

 剣を振り下ろそうとした男の顔面に少女の靴底が炸裂する。そのまま膝を曲げると、まるでバネの様にしなやかに脚を伸ばして宙返りした。

 男は反動で剣を落とし、地面に背中を強く打ち付ける。

 静まり返る群集、呆然と見守る男達。

「何をボケっとしとるんじゃ、さっさと掛かれい!」

「お、おう!」

 老人の言葉が合図とばかりに、男達が一斉に飛び掛った。



「相変わらず、この都市まちは騒がしいな」

 酒場通りの真ん中で少女二人を取り囲む男達や通りかかった野次馬を遠巻きで見ながら、「しっかし」と呆れ顔でテラスの手すりに肘を突くサシム。

「大の男が女子供相手に情けねえモンだな。メルカナ人からノルム人にゲルダ、それと……ありゃぁ東方人クアーナか。異国情緒あふれると言えば聞こえは良いが、少し無節操に群がり過ぎだろ!」

 ぐいっと何杯目かのグラスを一気に空ける中年男。

 そして、ぼやきついでにもう一言続けた。

「ま、ボンクラどもがいくら取り囲んだところで、あの嬢ちゃんが相手じゃ結果は目に見えているけどな」



 迫り来る刃。

 左手から、金髪角刈りの細面がバスタードソードを横薙ぎに振る。

 しかし、ルーシアはその腕を軽く掴むと土を後ろに蹴り上げ、男の腕を軸にして風車ふうしゃのように前転する。

「め、目がぁぁぁぁっ!」

 背後で男の悲鳴が聞こえた。その傍にいたジーナがとっさに土を避け、取り押さえようとした男の顔面にかかったのだ。

 更に前転するルーシアの右踵あしが、前から拳を振り上げる大男の脳天を割る。

「よっと」

 少女はそのまま、前のめりになる男の背を踏み台に躍び、更に奥にいる長い黒髪の男の顔面に飛び膝蹴りを食らわす。大男は、金髪角刈りに覆いかぶさるように倒れ伏した。

 着地したルーシアの右手から二人、左前方から一人、各々の手に短剣を握り締めて彼女を襲う。

 少女は慌てず騒がず、まず右手前の小男の短剣を手刀で落とし、怯んだその顎を返す拳で突き上げる。そこへ目掛けて左右から白刃が迫る。しかし、ルーシアは後ろに軽く飛び退いてこれをかわした。

「あ、あぶねぇな、てめっ!」

 衝突しそうになり、慌てて踏みとどまる二人。そこへ、

「おりゃぁぁぁぁ!」とルーシアが右足を振り上げる。そして、左足を軸に時計回りに弧を描く。

 慌てて振り向く二人。しかし、左の男のこめかみを凶悪な踵が鋭く叩いた。そのまま玉突きの要領で頭をぶつけあう二人。

「こ、この小娘がぁぁぁぁっ!!」

 頭を抱えながら起き上がった大男が立ち上がり、落ちたグレートソードを拾って振り上げた。

 背中の剣を握ると、ルーシアは横目で大男の方を見やりながら軽く後ろに身を引く。落ちてくる刃は、しかし彼女の胸の少し手前で空を切る。剣を抜き、彼女は振り下ろし様にグレートソードの鍔元を叩いた。

 重い金属音と伴に大剣が地面に叩きつけられる。

「痛っ!」と痺れを覚えた大男が、左手で手首を押さえる。

 その後頭部に向かって、ルーシアは剣の柄尻を叩き込んだ。

 脳へまともに衝撃を受け、流石の大男も白目を剥いて再び大地に沈んだ。

「そこまでじゃ、小娘っ!」

 背後からの声に振り向くと、そこには――


 ノルム人の老人がジーナの胸元に片手猟銃プリムケットを突きつけていた。

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