トラブルはつねに憑き物で(2)
「あの、もし……」
「あん?」
中央広場の一角にある一軒の酒場宿。
丸テーブルの一席に多様な人種の男達が集まる中で、もたれるように腰をかけている小柄なノルム人の老兵が一人。その彼がちょうどエールの入った
歳の頃は十七、八といったところか、全身から気品という衣をまとった様な育ちの良さが滲み出ていた。どことなく落ち着いている……というよりも、少しおっとりした雰囲気があり、世間知らずな貴族の娘といった印象だ。
近寄ると、仄かに香の匂いが漂ってくる。
「えっと……」
視線に晒されて、彼女がモジモジと恥ずかしそうに
「何か用かね?」と、焦れた男が口を開く。
「は、はい……その、わたくしジーナと申します旅の者ですが、実はある物を探しておりまして、もし良かったら……その、ご一緒に手伝って頂けたらと……」
「ほう」と、男は眼を細めながら彼女をじっくりと観察する。
端正な目鼻立ち、艶やかで癖のない紫の髪、福与かな胸元、細く括れた腰、どっしりとした大きな尻、肉付きの良い太股、スラリと長い脚。それらを隈なく見回してから、彼は小さく舌をすする。
ノルム人は元来、険しい北の荒波を行き交い、異民族から『精霊の大地』を衛ってきた屈強な
荒々しい髭を口の周りに蓄えたこの男も、そんな北の勇者の血統を受け継いだ一人だ。左眼には眉の辺りから頬にかけて痛々しい傷痕がある。若い時分に戦で負ったものだ。彼にとっては勲章のようなもので、酒場に来ては若い連中相手にかつての英雄譚を誇らしげに語っている。
今日も行き着けの酒場で仲間達と昔話に花を咲かせていたところへ、若くて目移りするほどの美人の来訪ときたもんだ。彼の中で、あらぬ欲が疼き出す。
かつての誇り高き血統も、三百年という時を経れば薄れて行くのが道理というもの。残されたのは薄っぺらな自尊心と動物的な肉欲のみ。最早、そこに勇者の血族としての矜持など微塵も無かった。
「よかろう、ワシらで良ければ手伝ってやろう。ただし――――」
そこで男は下卑た笑みを浮かべて、こう告げた。
「ワシらを満足させられたらの話じゃがな」
男が腕を掴もうと手を伸ばしたが、彼女は慌ててそれを避ける。
「えっと、あの……それはどういう…………」
そう
「そりゃ決まっておるだろう、女が男を満足させるといったらやる事など一つしかあるまい」
ごくり、思わず喉を鳴らす彼女。
この老人が何を言っているのか理解できた…………からではない。
むしろ、この娘はここまで言われても彼の意図がよく解っていなかった。
それがバレるのは少し恥ずかしい。そう思い、また一歩退がる彼女。
「どうかね?」と迫る老人は、彼女の恥らう姿を見て一層そそられた様に口端から舌を覗かせていた。
「えーっと、そうですね…………で、では――――」
そこで娘は何を思ったか、人差し指を立ててこう続けた。
「道中で楽しい思いが出来るよう、開運の護符でもお渡ししましょうか?」
「はぁ?」と老人は首をかしげた。
いや、老人だけでなく取り巻き連中もこぞって首を捻る。
「何をワケ判らんことを、おちょくっておるのかね?」
「い、いえ……そんなつもりでは」
「女子供じゃあるまいし、
好々爺の顔から一変、鬼の形相で恫喝すると、老人は続けて娘に告げる。
「わしらも命掛けなんじゃよ、食うためにな。その見返りがただの気休めじゃ、いくらなんでも割に合わんよ」
「はぁ……」
「それになぁ、わしらも長旅で疲れておるのじゃ。そこへ来て一仕事依頼するとなれば、それ相応の労いというモノが必要じゃないかね?」
「そ、それはそうですが、そうなると他にわたしに出来そうなことなど」
「何を言うか、あんたは十分持っておるではないか、わしらを労うに必要なものを」
「えっと、それって……」
老人の意図に気づかないまま、ジーナは必死に思考を巡らす。
その正面で、老人とその仲間達は彼女の肉付きの良い身体を嘗め回すようにジロジロと眺めていた。
やがて黒髪の東方人らしき若い男が一人、痺れを切らして少女の腕を掴もうと手を伸ばした。
「な、なんですか!」
だが、なんとなく身の危険を感じたジーナは、慌ててその場を離れる。
取り囲むように立っていたにも拘らず一瞬呆けていた男たちは、誰一人彼女を捕えることが出来なかった。
「じれってーな、要するに俺らの相手しろっていってんだよ!」
「あ、相手って……」
「旅してばかりおると、女人の肌が恋しくなってな。特にお前さんみたいな若くて肉付きも良い娘を見るとな」
「そ、それって、よ、夜伽をしろ……ということですか?」
ここへ来て、ようやく彼らの狙いに気づいた娘。その
「その通りじゃ。ようやく理解が追いついて来たようじゃの。さあ、今夜は共にベッドの上で楽しい夢でも見ようではないか?」
老いても決して衰えることのない欲望を若い娘に向け、息を荒くするノルム人。小柄ながらも屈強な体躯も相まって、脅えるジーナの瞳には彼が獰猛な
「さあ」と、右手を伸ばして迫り来る老人と男たち。
「お、お願いです……や、やめて…………い、い、いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
娘の悲痛な叫びが店中に木霊した。
その声に、店にいた者達が一斉に振り向く。が、誰も厄介ごとに関わりたくないのか、異人ぞろいの男たちを見てそっぽを向く。店の主人ですら、知らぬ存ぜぬを決め込んだかのように黙々と皿を洗っていた。そこへ、
「お、お客様……」
一人の女給が勇気を振り絞り、男たちに歩み寄る。
「あん?」
「そ、その……て、店内でさ、騒ぎを起こされては……こ、困ります…………」
「ああ? 何言ってんだ姉ちゃん。騒いでるのはこの女の方だろ?」
「え、いや……でも……」
「それとも何か、あんたも俺たちの相手をしてくれるってのかい?」
「え、えっと……その…………ま、マスター、助け…………」
「ねえ、そこのおじさん達、やめて上げなよ。困ってんじゃん、その人」
不意に別の方角から、
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