はじまりはいつも唐突で(2)


「なっ!」

 慌てて窓から頭を離す。その直後、


 パン!


 という、渇いた音と同時に火が吹いた。

 首を傾げた少女の頭の上を肉眼では捉えることの出来ない速度で鉛が過ぎり、板張りの壁を焼き貫く。


 ぶるぃぃぃひひひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!


 銃声に驚いた馬車馬がこれまでにないほどの大きな声で啼き喚いた。

「おい、大丈夫か!」

 とっさにサシムが少女を庇うように抱きかかえる。

「ほぇ?」

 少女は呆けているのか、瞬きしながら男の方を見つめる。

 外で御者ぎょしゃが悲鳴を上げ、直後に渇いた銃声が二発響き渡った。

「今のでショックを起こしてないよな?」

 断末魔の鳴き声が轟く中、頭を撫でながら心配そうにつぶやくサシム。だが、


「ボクは大丈夫だよ。それより……来るよ!」

 平然とした口調でそう警告したのは、少女だった。


 その直後、まるで少女の言葉を待っていたかのように突然サシムの身体を浮遊感が襲う。すぐさま重力の法則にしたがって、身体が

「がっ!」と呻き声を上げる彼。

 勢い余って背中を天井にぶつけると、途端に嘔吐感が込み上げてくる。

 それでも、少女の身体だけはしっかりと抱いて決して放さなかった。

「くっ……怪我は無いか?」

「平気。それより、おっちゃんの方こそ大丈夫なの?」

「頑丈なのが取り柄なんだよ」

 強がりを吐いてからサシムは膝を起こし、ゆっくりと立ち上がった。

 そして少女を後ろにやり、懐に右手を忍ばせながら横倒しに傾いた車台の扉へ身を寄せる。すると、

 ドン、ドンドン――――

「おい、中にいる奴、命が惜しかったらとっとと出ろ!」

 外から男の濁声だみごえと、乱暴に扉を蹴る音が響く。

「伏せていろ」と小声で少女に促し、抱え込むように一緒に身を伏せるサシム。

 そして、激しく音を立てて上の扉が蹴破られた。そこから、

「はあーい、いい子にしてたかなぁ?」

 ふざけた口調で鼻っ柱から赤いスカーフを巻いたスキンヘッドが顔を出した。その直後、

「おっと、動くなよ。咽仏をお釈迦にされたくなければな?」

 サシムが外套マントから右手だけ晒し、振り向いたスキンヘッドの咽元に銀色に光る何かを突き出した。

「め、開拓者の短剣メルケニーダガー…………」

「いい子だ。そのまま、ゆっくり後ろに下がれ」

 刃を突きつけられたまま、言われるがままに一歩、また一歩と下がるスキンヘッド。

「おい、何やってんだ!」

 仲間の濁声が容赦なく叱責する。火竜鱗サラムスケールのジャケットの下に恰幅のいいボテ腹が目立つ親分ボスらしき男だ。

 その他、左右にはそれぞれ長身で左目に眼帯の男と、がっちりした筋肉質の浅黒い肌をした咥え煙草の男、それに顔中が傷だらけで口髭を生やした初老の男。その右手には、銀の手甲プレートが付いたグローブを嵌めていた。

 各々の手には片手猟銃プリムケットや、中には昔ながらの火縄猟銃マッチケットなんて骨董品アンティークまで持ち込む者もいた。

 四人、いやコイツ入れると五人か……ちと面倒いな。

 辺りをチラ見しながら勘定するサシム。だが、彼は気付いていなかった。ことに。

 そして、彼は次の行動に移った。

 具体的にはそう、スキンヘッドの身柄を取り押さえようとして短剣の切っ先を引っ込めたのだ。

 そこに隙が生じた。

 スキンヘッドはその瞬間を狙ってサシムの手首を掴むと、右の手刀で短剣を叩き落す。そのまま引き寄せて一発お見舞いしようと右の拳を握りしめ――――


 刹那、男の絶叫が荒野に響いた。


 うずくまって右脚を押さえる

 その両手の下から、止めなく滴る鮮やかなあか

 ぽたり、ぽたりと黄土に染まり黒くにじむ液体。

 周りの男達は戦慄を覚えてか、銃を向けながらも呆然とそれを見ていた。

 ももに突き刺さった別の短剣を憎らしげに見つめながら、締め付けるような激痛に耐えかねてのた打ち回る男。

 それを見下ろすサシム・エミュール。

だなんて、誰が言ったよ?」

 言いながら、スキンヘッドの右脚から短剣を引き抜いた。

「ぐがあああああああああああああああ!!!」

 男はこれまでにない絶叫を上げ、半ば失神したように痙攣を始める。

「あーあ、こりゃ後で止血しとかないとやばいかな?」

 然して医学に詳しくないサシムが適当に言い捨てながら、スキンヘッドを盾にするように羽交い絞めすると、血の付いた短剣を顔に突きつけて叫ぶ。

「おい、てめーら。少しでもおかしな真似してみろ。こいつの首掻っ切るぞ!」

「卑怯だぞ、このクソ野郎!」

 正面にいる恰幅のいい濁声が罵る。

「卑怯、いい響きだねえ。俺ぁなあ、そうやって棚上げした悪党の罵声を浴びるのが快感でね。んでもって、そいつの悔しがる顔を見ながらブチのめすってのが何よりの生き甲斐なんだよ」

「ろくでもねえ性格してやがんな。どっちが悪党だ、このサディスト野郎が!」

「弱えモンから奪うことしか脳のねえ馬車強盗なんぞに言われたかねえな」

「なんだとコラ!」

「良いのか? 早く止血してやんねえと、コイツ失神してんぞ?」

 剣の腹でスキンヘッドの頬をペシペシと叩きながら、サシムが忠告する。

「てめぇ畜生ぉ、ダッツを放しやがれ!」

「てめーらが武器を放すのが先だ」

「ちっ」と舌打ちしながら、濁声は銃を放り投げた。

 それに習い、他の取り巻きも一斉に得物を捨てる。

 サシムはそれを見て安堵する。そして、ダッツとやらを盾に一歩ずつ前へ歩みよる。濁声が投げ捨てた銃を拾うためだ。だが、彼はそれ故に見落としていた。

 六人目が馬車の扉付近、即ち少女のすぐそばまで近づいていたことに。

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