三日月はされど血の色で(3)



 年の頃なら十二、三くらいか。

 少し癖のある白金の髪プラチナブロンドに育ちの良さそうな白い肌、そして、全てを見据えるような琥珀の瞳が印象的な、そんな少年だった。

「あ……ごめんな坊主」

 しばし呆けていたサシムだが、少年と目が合った途端に思い出したかのように突き出していた銃を仕舞い込んだ。

 それを見て、人懐っこい笑顔を向けたまま少年が応えた。

「いえ、私の方こそ驚かせてしまったみたいでごめんなさい」

「あ、ああ……」

 見た目の幼さとは裏腹に大人びた口調で返す少年に、サシムはどこか調子を狂わされる感じを覚える。

 一体、どこの子供だ?

 サシムがそう思ったのは、少年のその姿だ。

 彼はどう見てもメルカナ人には見えない。服装も紺の外套マントこそしてはいるが、旅人風といった感じではない。藍色のスーツの下に白い襟シャツという、この辺では見かけない恰好だ。

 そんなことを考えていると、少年の方から話しかけてきた。

「どなたかお探しですのようですが、良かったらお手伝いしましょうか?」

「あ、ああ……ルーシ……えっと、君より少し年上くらいで栗色の髪を後ろで三つ編みにした嬢ちゃんと紫色の髪で蒼い服を着ているおっとりとしたお姉さんを探しているんだが、知らないかい?」

「知っていますよ」と、少年は笑顔で即答した。

「本当か? どこだ!」

「こちらです」と少年の白手袋をした指先が示したのは、カフェの入り口付近。

「こちらって、カフェの中ってことか?」

 そう言えばと、サシムはまだ店内を探してもいなかったことに気が付いた。慌てていたとは言え、如何に自分が目先の情報だけで踊らされていたのかを今更ながらに思い知らされる。

 それに『結社』という単語だけで冷静さを欠いてしまったことに対し、恥かしさと器の小ささを覚えずにはいられなかった。

 しかし、そんなサシムの予想を裏切るように少年は首を横に振った。

「いいえ、中にはいませんよ」

「なんだと。じゃあ、どこにいるんだ?」

「ですから、ここ……正確には今も戦ってますよ」

 言っている意味が解らなかった。まるで何かの言葉遊びのような感すら覚える。

「どういう意味だ?」

 いぶかしげに問うサシムに、少年は事も無げにこう答えた。

「結界――それも次元を隔てた平行世界を疑似的に作り出した空間で、高位次元の存在と戦っているんですよ」

「結界? 次元?」

 少年の言葉がさっぱり理解出来ず、サシムは顎鬚ビアードを弄りながら眉間にシワを寄せる。

「こことは異なる空間――と言った方が解りやすいでしょうか?」

「異なる空間だと?」

「はい。コインに例えると、私達がいるのが表面だとすれば彼女たちはその裏面の空間に閉じ込められているということです」

「そいつはつまり、鏡合わせの別世界ってとこか。なんだか、おとぎ話じみてるな。あるいはってヤツか……」

幽世かくりよ――極東エデンの神話にある黄泉よみ永久とこしえの国があると言われている死の世界のことですね」

「良く知ってんな。で、二人をに連れ戻すにはどうすれば良いんだ、物識ものしり小僧?」

 サシムにそう問われると、少年は邪気のない笑みを浮かべた。




 ダッディ・ウェスティールはセアト署に戻ると、机上に置き晒していた手配書を見つけて手に取った。

 どうにも違和感があったのだ。それは、


 どうして俺はこの仮面の人物をあの「通り魔」と断定したのだろうか?


 よくよく思い出せば、通り魔事件の犯人は特定できてなどいなかった。

 犯人が仮面を付けていたなどという証言はもちろん、現場にそういった証拠も取れていない。手配書も名前と金額、そしてそいつの写画フォートしか載ってなく、どんな罪を犯したのかは明記されていない。

 ただ、朧げな存在感と幻想的な仮面の人物がどこか親和性があるように思えたから、そう考えなければとても納得出来そうになどなかった。

 いや、どこからかそんな情報を耳にでもしたか?

 疑問は疑問のまま彼の脳裏にいつまでもこびりついていた。




「おい、これはどういうことか説明しろ……」

 燃えるような赤い髪が逆立ち、まるで紅蓮の炎のように揺れ動く。

 ロゼリッタ・ヴルゴーニは今まさに噴き出しそうな怒りを抑えながら、焼き付くような琥珀の瞳で小男を睨みつける。

「いえ、そ……そんなハズは無いんですけどね。も、もしかしたら、奴らさっさと逃げちまったのでは……?」

「ほほう、そんな言い訳が通用するとでも思ってるのかい?」

 そう言ってロゼリッタは揺れる赤髪から業火を噴き出した。

「ひっひぃぃぃ!」

 ポットは燃え盛る憤炎に思わず後退った。

 まとったボロ布が引火しそうになり、慌てて袖口を叩いたりしているのを見ながら少し愉悦を覚える幼女幹部。

 一方で、彼女はこうも考えていた。

 この小男の言う通り、逃げられたと考える方が妥当だろう――と。

 尾行は元々バレていたワケだし、つい先刻まであの警官に捕まって延々と取調を受けていたのだ。その間に店を出て別の場所に移動したと考えても不思議ではない。

 ただし、彼女からすればそれは想定してしかるべきであり、ここで第二候補を挙げられないポットに少し苛立ちを覚えたのも事実だ。

 それに何より、彼女の幼い加虐嗜好サディズムが疼いていた。

「ロゼリッタ様」と、端で見ていた蝶ネクタイがなだめる様に声をかける。

「なんだいウィスター、今良いところなんだから邪魔すんじゃないよ」

「何が良いところなんですか。それより、少し臭くないですか?」

「臭いって何がだい?」

「周りの反応がですよ」

「周り?」とロゼリッタが見渡すが、周囲は至って変なところは無い。

 行き交う馬車や人の群れ、テラスで寛ぐ紳士淑女。そのどれもが黄昏に包まれた空の下で穏やかに過ごしていた。

 たとえ、姿

「見て見ぬフリをしている……と言いたいところだが、流石に無反応ってワケにもいかないか」

「一応、自覚はあるんですね?」

「おい、あたいを何だと思ってんだ。天才だからといっても、そのくらいの常識はある心算つもりだぞ」

「いや、天才だとは一言たりとも言ってませんが……」

「解ってるさ」と、ここでなぜかニヤけた顔で頷くロゼリッタ。

「そ、そうですか……」

 ウィスターはウィスターで、妙に素直な幹部の態度に少し戸惑っている。すると、ロゼリッタが口を開く。

「ああ、わざわざ口にしなくても当前の事を言うのはかえって不敬だと思って気を使ってるんだろ?」

「はい?」

 いきなり何言ってんだ、この幼女ロリは?

 ロゼリッタの電波な発言に戸惑いながら、心の声でつぶやくウィスター。

「そう照れるなよ」

「いや、照れてないですし……」

「ふん、まぁ良い。そういう事にしといてやるさ」

「はぁ……ありがとうございます」

 ウィスターはなんだか良く解らんといった顔で適当に相槌を打つ。

「そんなことより、これは一体どういう法則ことか……仕掛けた誰かに説明してもらいたいモンだね!」

 知能指数二百を超える幼い少女は、そう言ってよこしまに笑みを浮かべた。




「そろそろ彼女達に気づかれる頃合いかな」

 独りたのしそうにつぶやく少年。

 それを見て怪訝に片眉を跳ね上げるサシム。

「何をブツクサ言ってんだ?」

「いえ、こちらの話ですよ」

 人懐っこく笑いながら、少年は続けた。

「さて、救出作戦サルベージの開始と行きましょうか」




『危ないなあ、せっかくの器が傷ついてしまうではないか』

 仰向けに倒れながら、魔障の仮面ペルディアーモはどこかお道化た調子で苦言を漏らす。

「参ったなぁ、思い切りやるとメイリアさんに怪我させちゃうかも知んないし……」

 仮面から目を離さないまま、独りぼやくルーシア。

 憑依している魔族に対し、彼女の攻撃が果たしてどれくらい通用しているのかは判らない。だが、少なくとも乗っ取られた少女の体は確実にダメージを受ける。

 つまりはていの良い人質を取られた状態と言えた。

「あの仮面……あれさえ何とか壊すことが出来たらなぁ~」

「ルーシアちゃん、もしかして先刻さっきからメイリアさんを助けようとしているのでございますか?」

「うん」とジーナの問いに頷く栗髪の少女。抜き身の剣を軽く一振りすると、左手に持った鞘に収めて続けた。

「けどあの仮面、何で出来てんのか知んないけどさぁ、すっごく硬くて中々取れないんだよねぇ」

「なるほど……でもルーシアちゃん、最初メイリアさんは仮面を付けておりませんでしたわよ」

「ほぇ、どういうこと?」

「ここで会った時、彼女――魔族は素顔のまま、わたくしに接触して参りました。わたくしが仮面について問い質してから、初めて別の空間に隠し持っていた仮面を被りましたの。それと、仮面は記号だともおっしゃってましたわ」

『ああ、そうだとも。そこの女にも言ったが、吾輩にとって仮面アレはただの記号でしかないよ』

「ふーん」とルーシアは少し小首をかしげたが、すぐさまこう切り返した。

「じゃあ、?」

『なっ!?』

「え?」と思わず声を漏らすジーナ。

「だってさあ、いらないなら捨てちゃえば良かったじゃん。なのにわざわざ隠し持ってたってことは、取られたくない理由でもあるんじゃないの?」

『こいつ…………!!!』

 少女の口から思わぬ指摘を受け、仮面の隙間からわずかに覗く口端が歪に吊り上がった。

 と、その時――少女の短い三つ編みがビクンと跳ね上がる。

「のわっ!」と彼女はとっさにかかとで地を蹴って――


 刹那、ゼロ距離から空間を破って放たれた魔槍が、仰け反るルーシアの胸元を刺し貫いた。

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