三日月はされど血の色で(4)


「ルーシアちゃんっ!!!」

 悲鳴にも似た声で、ジーナは少女の名を叫んだ。

 魔槍は、仰向けに吹き飛んだルーシアの実りつつある胸の中心を抉るように突き刺さる。そして、そのまま衣服ごと谷間を突き破った。

 赤い破片を飛び散らし、少女は仰け反ったまま大地に叩きつけられる。

「そ、そんな……い、い、い………………いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 両手で目を覆いしゃがみ込むジーナ。

 あの瞬間、彼女の目にはどのように映っただろうか。

 突然現れた漆黒の槍にその身を貫かれ、突き飛ばされた少女をまともに見ることが出来ず、ただただ脅えるように目を伏せる事しか出来なかった。

 だから、見落としてしまった。

 魔槍が仰け反る少女の胸の間を突き刺し、その上を突き抜けて行ったことを。

 だから、気づけなかった。

 正面から貫かれたのなら、少女はという事に。

『くっふっふっふふはぁーはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!』

 仮面の奥で魔族が高らかにわらった。

『流石に避けきれるものではあるまい! 次元を跳躍する魔障暗器デミサイズは必殺必中、距離すら無視して相手の死角を突く。たとえ特異点レアノードなどという真名を宿していようが所詮は人間、これを打ち破るすべなど……』

 その時、得意げに語る仮面の目の前で

『は……?』

「ぷはぁ~、びっくりしたぁ――――――――――――――――――――――!」

『馬鹿なっ、あれを喰らって生きていられるワケが…………』

「あっぶなかったー、一瞬遅かったら死んでたよ……まだちょっとドキドキする」

 仮面の声が聴こえていないのか、少女は胸の辺りを抑えながら独りごちる。

「ちょっ、胸んとこ少し破けてない!?」

 見ると、赤いシャツの胸元が少しだけ裂け、そこから白く柔らかな谷間がわずかに覗いていた。

「結構お気に入りだったのに、よくもやってくれたな!」

 胸の辺りを押さえながら、ルーシアはゆっくりと立ち上がった。

「る、ルーシア…………ちゃん?」

 少女の声を耳にして、悲嘆に暮れていたジーナが我に返る。

「だ、大丈夫………………なの?」

「へーきへーき、ちょっと気ぃ抜いて油断しちゃったけどね。でも――」

 ルーシアは再び鞘から剣を抜き放つと、続けてこう宣う。

「――もう、ボクに油断は無いよ!」

『ほざけ!』

 仮面が吠えた瞬間、ルーシアの頭上から無数のやじりが降り注いだ。

 少女は見上げもせず、少しだけ腰をひねって肩を傾けながら次々に襲い来る鏃を全て避ける。

『ならばこうだ!』

 更に続けて背後から強大な鍵爪型の刃が生まれ、回転しながら少女の首を刈り取ろうと迫る。が、刃が届くその一瞬でルーシアは身をひねり、それの後ろに回り込んで叩き落とす。地面に突き刺さった鍵爪は、そのまま地中深くまで沈んでいく。

 亀裂が大地を走った。

「キミってさぁ、結構正直者なんだね」

『どういう意味かな?』

「だってさ、不意打ちの心算つもりなんだろうけど。だから、すっごく読み易いのさ」

『フン、ロン鍵爪ハルパーをかわした程度で得意になったか。吾輩の魔障暗器デミサイズは、まだまだこんなものではないぞ!』

 魔障の仮面ペルディアーモの台詞と共に、ルーシアの周囲を包むように全方位から剣、槍、やじり、刀、たまが一斉に襲い掛かった。

「やっぱしキミ、芸が無いね」

 言うなりルーシアは地を蹴った。

 振り上げ様に剣の腹で槍を払い上げ、返す剣で左手前の刀を叩き落とし、横薙ぎに振って右手から迫る弾丸を撫でるように払い退け、真横にぶのと同時に魔弾が頭上のやじりを弾き飛ばす。一瞬遅れて彼女の立っていた後方から必殺の黒剣が飛び過ぎ、そのまま真っ直ぐ正面――ひび割れて口元があらわになった仮面の少女ペルディアーモへと迫る。

 仮面は構わず呪文を唱え始めた。

 弾かれなかった残りの武器たちは、そのまま追突し合い爆散する。

「のわっとっと……」

 爆発の衝撃を背に受けて、たたらを踏むルーシア。

 その時、爆煙の中から黒い何かが彼女を襲った。

「ほぇ?」と少女は振り返る。それは、三又の黒槍――

見えざる神盾エイギス!』という魔族の声を耳にして、慌てて後へ跳ぶルーシア。そのわずか手前を槍先が掠めた。擦れるような音と共に。

 槍はそのまま真っ直ぐカフェへと突き進み、円テーブルの上にある反重力燈ホバーランプに激突する。

 パリンという硝子の割れる音がして、その瞬間――魔槍は小さな黒い点に吸い込まれるように縮小し、音も無く消滅した。

 割れたランプがテーブルに落ちるのと同じ頃、ルーシアの視線の向こうでは黒剣が仮面の手前でまばゆい光と共に消滅する。

『この吾輩に「盾」を使わせるとはな。侮れない人間だね、君は……』

 つぶやきながら魔障の仮面ペルディアーモは自分の肉体よりしろを眺める。そして、不気味な笑みを浮かべてこう続けた。

『その身体、欲しい……』

「えっ、ちょっ、何?」

 ルーシアは慌てて革ジャン越しに胸元を抑える。

『娘よ……汝が依代からだわれに捧げよ!』




 次元を隔てたでロゼリッタ・ヴルゴーニは掌を見つめ、それから目を瞑り頭の中であるイメージを浮かべる。それは、火より産まれし一振りの剣。

魔炎の剣レヴァティヌス!」

 言葉と共に掌から炎が噴射した。

 それは、隣でチャカチャカと着火灯石器ハンディフリンターの蓋を弾いて弄んでいる大人ウィスターの鼻先まで伸びていく。

「うお……あっつ! いきなり何しやがんだ、この馬鹿幹部バカんぶ!」

「あぁ!? 幹部様に向かってなんだい、その口の利き方は?」

「ひぃっ、す、すみませんでした、ロゼリッタ様!」

 突然のことに思わず苦情を上げるも、逆切れしたロゼリッタに赤々と燃える切っ先をそのまま首筋に向けられて押し黙るウィスター。顎先から滴り落ちる塩水が、自慢の蝶ネクタイを軽く湿らす。

「っで……そ、その炎の剣で一体どうするつもりなんですか?」

「決まってんだろ」とロゼリッタ、にやにやと薄気味悪い笑みを浮かべながらこう返す。

炎剣こいつでこのふざけた結界をぶった斬ってやるんだよ!」

「そんなことも出来るんですか? ていうか結界って……」

「あたいの推測じゃ、この辺りには外界への情報を遮断する結界が張ってあると見た。現に炎剣こいつを出しても誰一人気に留めてないだろ?」

「なるほど、周りが気にしていないのはその結界とかを張られているからで、そいつを斬れば俺らは外に出れるってことですかい?」

「恐らくな。そして、あたい達にこんなマネしやがったクソ野郎にお灸を吸えてやれるってワケだ」

「あの……お二方、先刻さっきから一体何の話をされてるんですか?」

 なんだか盛り上がっている二人を余所に、まるで置いてけぼりでも喰らったような顔で訊ねるポット。

「気にするな、俺でも一割解るかどうかといったたぐいの話だ。正しく理解できてるのは、そこの幹部様くらいなモンだから」

「そういう事だ」と腕を組み、その幹部様ロゼリッタが頷いた。

「どうせ皆まで話したところで混乱するだけだからな。取り敢えず『あたいらは今「外」と隔離されていて、そこから抜け出す算段をしている』とだけ理解しとけ」

「はぁ……」と、小男は弱り果てた顔で頬を掻く。

「さて、いっちょブチかましてやるか!」

 ロゼリッタは幼い顔で不敵に笑った。




「やれやれ、無駄なことを…………」

 ぽつりと、少年は嘆息交じりにつぶやいた。次元を隔てたで。

「無駄って何の話だ?」

 隣で拳を握るサシムが訊ねる。手の甲には円に囲われた六芒星とその周囲に魔道文字ルーングリフが刻まれた銀盤の付いた籠手グローブをはめて。

 その魔法陣の上に一行、その銘が刻まれていた。

徒手空爆エクスプロージョン』と――

「いえ、こちらの話ですよ。それより……」

「ああ、そうだったな。で、徒手空爆コイツで一体どうすんだ?」

 右手にはめた籠手グローブを見せながら問うサシムに、少年はにっこりと微笑みながら正面を指さして答えた。

「それで、あのテーブル辺りを狙って思い切り殴ってください」

 その指の示す先には、入り口のすぐ近くにある円テーブル。その上で銀色に光る懐中伝話モバイルトーカーが、いつまでも主の帰りを待っていた。

 次元の向こうへと消えた持ち主ジーナの帰りを。




『いただくぞ、その器!』

 仮面は狂気に満ちた嗤いを上げて。

「嫌なこった!」

 少女は剣を横薙ぎに振って。

 ぶつかり合う二つの魂。

 大地から漆黒の刃が一列に生え、足元から少女に襲い掛かる。

「どわっ!」と驚きつつも、彼女は高く跳び上がる。そこへ、空気を裂くように現れた槍が数本飛来する。少女は声も発せずに身を捻り、旋回しながらそれらを叩き落とす。

 少女が落下するところを狙って更に一本黒い妖刀が地面から襲い掛かる。

 だが彼女、その峰を蹴りそのまま一足飛びでに斬り掛かる。

摩天の扉クリファポート!』

 叫ぶとともに、魔障の仮面ペルディアーモ――それを付けた少女の姿が揺らいで消えた。

 ルーシアの仮面を狙った一振りが空を斬る。

 そして、斬った勢いで彼女は反転し、体制を整えるために一旦剣を鞘に収めた。

 そして眼を瞑る。

 空気の流れが、大地のどよめきが、すべてが静寂へと還る。

 五感を研ぎ澄まし、第六感を呼び覚まし、ただ本能のみで世界を捉える。

 不意に栗色の三つ編みがピクリと動いた。

 奴が、来る!

『もらった!』とどこからか声が聞こえ、

「そこぉぉぉぉぉっ!」と、少女が気合と共に剣を抜いた。

 一閃。しかし、斬り裂かれた空間、その僅か後ろにそれた場所で仮面の少女が姿を現した。

『ふー、危ない危ない。いや、今のはかなり惜しかったね。吾輩を捉えるところまでは良かったよ。ただ、ようだね』

「ほぇ?」と思わず疑問の声を浮かべるルーシアに、魔族は続ける。

『つまりだ、君が吾輩の出現する位置を察知することを読んで、ワザと気配のみを物理次元に覗かせて、吾輩の本体は後に跳躍して現れたというワケさ』

 まさに反則技である。離れた所に気配だけを出現させられるのでは、いくら優れた感知能力を持っていようと確実に当てることが出来ない。その上、空間を自在に行き来できるのだから、最早存在そのものが卑怯チートと言うしかない。

『では、今度こそ戴こうか……と、その前に吾輩がこの世界で見た中でも最も面白かった物を見せてやろう』

 そう言って仮面の少女が指を鳴らした。すると突然、巨大な黒い塊がルーシアの視界に飛び込んできた。


 それは、煙を吹いて疾走する蒸気列車スチームレーラー――


 この魔族は、近代科学の化身こんなものまで学習してきたのだ。

 迫り来る鉄の塊、背後には木造のカフェ。

 迷う暇が有らばこそ、ルーシアは構わず撃鉄を起こしてから一度鞘に収め、そして素早く剣を抜き放つ。


 パン!


 引き鉄を引くとともに衝撃波が弾丸を包みこみ、そして空間ごと無人の列車を斬り裂いた。


 ぞくっ!


 不意に背後にまがき気配が生まれ、ルーシアは反射的に屈みこんだ。

『屈むとは愚かな、わざわざ「乗っ取ってください」と言っているようなものだぞ!』

 そう言って高笑いする魔族は、この時完全に見落としていた。

 少女は蒸気列車スチームレーラーと共に、一体何を斬り裂いたのかということを。

 むしろ、気付くべきだった。

 列車の機体が綺麗に裂けたという事実に。

 刹那、仮面がぜた。

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