夜遊びはときに劇薬で(3)


「こちらでよろしいでしょうか?」

 若い店員が爽やかな笑顔でその商品を差しだした。

「どうだい、嬢ちゃん」

「うーん」と一人唸るルーシア。

 目の前にある硝子窓の中には、大小様々な種類の革手袋が丁重に置かれていた。

「どれも地味かなぁ~。おっちゃんのみたいにゴツくなくて良いけど、せめて指のことろに飾りっ気が欲しいかなー。あと、なるたけ丈夫な奴」

「だそうだ。おい兄ちゃん、そういうヤツ何か無いか?」

 同伴するサシムに問われて、店員は「少々お待ち下さい」と涼しい顔で奥の方へと引っ込んだ。

「おっちゃんごめんね、なんかもうちょい掛かるみたい」

 サシムは懐から懐中伝話モバイルトーカーを取り出して蓋を開けると、蓋の裏に光学時計フォトクロックが浮かび上がる。

「昼飯まで結構時間ある。ま、嬢ちゃんの気が済むまで選べば良いさ」

「でも、ジーナさんの方もあるんでしょ?」

「そっちは別に今日中ってワケでもねえから大丈夫だ。それに、どのみち嬢ちゃんの心配することじゃねえよ」

「…………………………」

「ん、どうした?」と、黙ったまま見つめるルーシアに眉をひそめるサシム。

「んとさぁ、さっき言ってたイテマとかいうヤツ、強いのかなぁ~って」

「なんだ、まさか俺の心配でもしてくれてんのか?」

 サシムが少し冗談交じりに言うが、しかしルーシアは首を横に振るとこう答えた。

「ううん、おっちゃんは放っといても死ななそうだから大丈夫だよ」

「それは、素直に喜んで良い類の言葉なのか?」

「うん」と飛び切りの笑顔で頷くルーシアに、少し複雑な表情を浮かべる四十男。

「タフな男はモテるって、母さんも言ってたよ」

「お前のそれ、本当に母親の言葉なのか?」

「うん、そーだよ」

「……まあいいや」

 即答するルーシアに、サシムは嘆息交じりにつぶやく。

「で、例の魔道具の強さなんかなんで気にするんだ?」

「だってさー、もしじゃん!」

 およそ十四、五歳の少女の口から出たとは思えない台詞だった。

「ちょっ、何言ってんのルーシアちゃん!?」

「あ、名前……」

 不意に名前を呼ばれ、ルーシアは瞬きしながらそうつぶやく。

「どうした?」

「急に名前で呼ばれたから、ちょっとビックリしちゃった」

「もしかして、嫌だったか?」

「ううん、嫌じゃないよ……だってボク、初めてだったから……」

 少しだけ、はにかんで言うルーシア。

「え、そうだったっけ?」

「うん、おっちゃんの口から聴いたの初めてだよ」

「そ、そうか……」と、どういう顔していいか解らず思わずそっぽを向くサシム。向きながら頬を撫でていると、

「お待たせしました。こちらなど如何でしょう?」

 そこで若い店員が爽やかな笑顔で手袋を入れた小さい硝子ケースを運んで来た。

 中には三種類の指抜き手袋が赤布の上に乗せられている。

 左の生地は茶の魔牛革ミノスレザーで、拳の関節部分に鉛の鋲が付いている。

 右は赤の火竜鱗サラムスケール製で手の甲に銀のプレートが縫い付けてあり、その中心に六芒星が彫られている。

 そして、真ん中にある上質な黒の闇竜革ドラゴデルマであつらえたものは、短い指先の金輪に小さく魔道文字ルーングリフが彫られていた。そんな文字の意味など全く知らないであろう少女は、しかし一目見た瞬間に手袋を指さして言った。

「これ! おっちゃん、ボクこれが欲しい!」

「また随分と洒落たモン選んだな……ま、嬢ちゃんが気に入ったんなら良いけどな」

「では、こちらの品でよろしいでしょうか?」

「ああ、それで頼む」

「では、金貨七枚になります」

「じゃ、これで」とサシムは懐から革袋を取り出し、中から金貨を七枚数えて渡す。手のひらに一枚、余った金貨を握りつつ。

 店員は金貨を受け取ると、硝子ケースを開けて手袋を取り出す。それを丁寧に包装してからリボンで巻き付け、「お品物でございます」とサシムに手渡した。

「ありがとな、兄ちゃん」

「またのお越しをお待ちしております」と頭を下げる店員の肩を二回叩くサシム。

 左手で頭を上げる青年の右手首を掴むと、彼はもう片方の手で握手を交わした。

 青年の手に硬く冷たい感触が伝わる。

「じゃ、今後もよろしく頼むぜ。また来るわ」

 言いながら握っていた手を放すサシム。彼はそのまま手を軽く振ってからルーシアの頭を撫でながら踵を返した。




やっこさん、店を出ましたぜ」

 遠眼鏡を覗きながらポットが合図する。

 その後ろで咥え煙草に火を点けながら、ニームのジャケットに蝶ネクタイの男が隣の幼女に尋ねる。

「さて、この後はどうしますかロゼリッタ様?」

「フン、とりあえず都市まち外れに出るまでは様子見だな」

「そう上手い具合に行きますかねぇ」

「行かなきゃ行くように仕向けりゃ良いだろ」

「具体的には?」

「それを考えるのがお前の仕事だろ、ウィスター君」

「言うと思ったぜ」と、嘆息する蝶ネクタイ。

「へいへい、何とかすりゃ良いんでしょ、何とか……」

「で、どうする気だい?」

「取り敢えず、情報が無いんじゃあどうにもなりませんからねぇ。まずは奴の動きを追いつつ探りを入れますかね」

 そう言って煙を吐くウィスターに、ロゼリッタが鼻をつまみながら鬱陶しそうに苦言を漏らす。

「おい、煙をこっちに向けんじゃないよ。こちとら成長期なんだからね!」

「あ、すんません!」

「まったく、これから色々と大きくなる予定なのに……」

 ブツクサとつぶやきながら、胸の辺りを抑えるロリっ子幹部。

「ま、望み薄そうですけどね」

「じゃかぁしいわ!」

 真っ赤な髪を逆立てて、睨みつけるロゼリッタの周囲から火花が飛んだ。

「わっ、やめっ、あっちぃ!」

 飛び跳ねるウィスターの悲鳴は、しかして街の喧騒に掻き消えた。




「ウェスティールさん、どうしたんです。浮かない顔して?」

 若い警官が怪訝な顔で手配書を眺める上司に声をかける。

 だが部下の呼びかけにも応えず、ウェスティール巡査長はただ腕を組んだまま机の上に置いた紙と睨めっこを続けている。

「この手配書がどうかしたんですか?」

 なおもしつこく訊ねる部下に、流石の彼も少し苛立った様子でこう返す。

「どうもこうもない、通り魔一人にこの金額は少し大げさすぎやしないかと思ったまでだ」

 彼の指さす先には、こう記されている。


 ――魔障の仮面ペルディアーモ』金貨百二十万枚――


「こいつはすごい、高額賞金首ミリオンバウンティじゃないですか?」

「ああ、そうだ。現実にこんな金額出すなどあり得んだろうがな……」

「まあ、実際に何人も犠牲者が出てるんじゃ仕方ないんじゃないですか?」

「簡単に言うな。そういう問題じゃない」

「も、申し訳ありません、巡査長!」

 上司に叱責され、思わず反射的に姿勢を正して敬礼する巡査。

「お前は高額賞金首ミリオンバウンティがどんな存在か知っているのか?」

「いえ、詳しくは……」

「細かい規定は色々あるが、広義で言えば『たった一人で国家をも揺るがす力を持った化物』だそうだ」

「随分大げさな規定ですね」

「そう、だから大抵は都市伝説として語られる者が多い。それに対して、こいつはただの通り魔だ。とても該当するとは思えん」

「確かに、それはちょっと不可解ですね」

「とにかく、こうなった以上は我々も迂闊には手が出せん」

 そう言って、ウェスティールは半ば諦めたようにため息を吐く。

「手配書が出回ってるからですか?」

「いや、それだけなら別に我々が捕らえられない理由にはならない」

「じゃあ、なんでですか?」

「言っただろう、高額賞金首ミリオンバウンティだと。傾国レベルの犯罪者相手に都市警官程度の装備でどうにかなるようなら苦労はないということだ」

「では、放置しろと?」

「様子をうかがえと言っているんだ!」

 嘆息して言うウェスティール。

「我々にも面子というものがある。ただ指咥えて待っている心算つもりなど微塵もないさ」

 言って、巡査長は密かにほくそ笑んだ。




「ほぇ?」

「ん、どうしたルーシア」

 宿へ戻る道すがら、少女が不意に立ち止まって後ろを振り返るのを見て眉をひそめるサシム。

「いや、気のせいかな。誰かにけられてる気がするんだけど」

「尾けられてるって、誰に?」

「うーん、そこまではわかんないけど……なんとなく?」

 答えつつも、ルーシアは辺りを見渡す。

 道行く人々はまばらで、視線を感じた先は雑踏が邪魔をして見つけられそうにない。

「やっぱ気のせいかなぁ?」

「ま、尾けられてたとしてもこんな人混みの中じゃ判り難いわな」

 サシムは半信半疑ながらもルーシアの言葉を肯定しつつ、もっともらしい言い分を付け加えた。

「それに、もし当たりだとすれば……この雑踏は利用できる」

「ほぇ?」

「ルーシア、ジーナちゃんのいるカフェの場所覚えているか?」

「うん、大体覚えてるよ」

「じゃあ、すまないが先に行って待っててくれ」

「おっちゃんは?」

 問われてサシム、ニッと白い歯を覗かせてからサムズアップでこう答えた。

「悪いな、こっからは別行動だ」




「なんだあの小娘ガキ、今こっち見てましたよ!?」

 遠眼鏡を片手にポットが驚きの声を上げた。

「何言ってんだお前は、見張ってんのは俺らだろ?」

「だから、そのあっしらを見返してやがったんですよ!」

「何ビビってんだか。奴らを尾行してんのがバレたってのか、こんだけ人が溢れているってのに?」

「何やってんだい、このスカチンどもが!」

 ウィスターとポットが何やらもめている所へ、背後で様子を見ていたロゼリッタが口を開いた。

「す、すみません、コイツが変なこと言うもんで」

「はっ、尾行がバレたとかどうとか、そんなことはどうでも良いんだよ!」

「え?」とウィスター、幼女幹部のトンデモ発言に思わず間の抜けた声を漏らす。

「要は相手を見極めるのが、あたいらに与えられた指令しごとなんだよ。目的を履き違えるんじゃないよ」

「ですがロリ様、もしバレてたってんならこれ以上の続行は難しいですぜ」

 ウィスターの言い分はもっともだった。尾行は目標に気付かれないように後を追うのが定石で、相手にバレた時点で失敗と言える。だが、そんなことは百も承知と言わんばかりにロゼリッタが返す。

「だから、目的を履き違えるんじゃないって言ってんだよ。たとえバレバレだろうと、相手が敢えて泳がせてくれるってんなら泳いでやれば良いだろ。むしろ好都合じゃないかい。こっちは観察し放題だし、何よりだろ?」

「なるほど、流石は幹部様!」

「そうだろう、そうだろう。だが、どさくさに紛れてロリと呼びやがった落とし前は、きっちりつけさせてもらうけどな」

「げっ、ちゃっかり覚えてやがった。ちょっ、待って、ちゃんと様付けて呼んだじゃないですか!」

「様付けりゃ良いってもんじゃないんだよ、このスカチンがぁ!」

「あ、お二人とも、ちょっと……」

 そこでポットが脇から声をかける。

「何だい、今忙しい……」

「それどころじゃねえですよ! 奴らに動きがありましたぜ」

「何?」とウィスター、とっさにポットの方へ駆け寄る。

「動きがあったって、どうなったんだい?」

「それが……どうやら、あそこで別れちまったらしいんですわ」

「なんだって!」

 二人の声が重なった。

「ちょっと貸してみろ!」と、ポットから遠眼鏡を奪うウィスター。

「おいウィスター君、どうなってんだい?」

「しまった、奴ら人混みを利用して俺らを撒くつもりだ!」

「ちっ、そういうことか……」

 親指の爪を噛んで歯ぎしりするロゼリッタ。

「おい、あたいらも二手に分かれるよ。お前らはサシム様を追いな。あたいは、あの小娘の方を追う!」

「あれ、愛しのサシム様の方じゃなくて良いんですかい?」

 ウィスターが茶化すように問いかける。が、ロゼリッタの答える代わりとばかりに琥珀の瞳から火花を飛ばした。

「ひぃっ! いきなり何すんですか!?」

「じゃかあしいんだよ。下らないこと言ってないで、とっとと追いな! 見失ったら、それこそ元も子もないよ!」

「い、イエッサリー!」

 左胸に拳を当てて会釈すると、ウィスターはポットを連れて雑踏の奥へと消えた。

 一人残ったロゼリッタは、燃えるような真紅の長髪を軽く払いながら静かに笑みを浮かべていた。

「舐めた真似してくれるじゃないか、あの小娘。いいだろう、お望みとあらばこのロゼリッタ様が骨一つ遺さず消し炭にしてやんよ!」




 焙煎の芳ばしい香りが店頭まで漂う。

 そのテラスの一席で、豪奢な蒼い法衣ローブを身にまとった風水教授は本を片手に無為なる時を悠然と過ごしていた。左手には銀色の指輪を二本はめている。

 不意に彼女の鼻先を焼けた香の匂いが過った。そこへ、

「もし、そこのお嬢さん、少しご一緒してもよろしいですか?」

「はい?」と振り仰ぐと、そこには見知った顔が一つ。

「あら、あなたは確か宿の……」

「その節はどうも」と答えたのは、栗髪を肩まで伸ばした宿の女給メイリア。昨日と同じ赤い毛糸のショールを巻いた格好で『少女』は立っていた。昨日と違うところがあるとすれば、それは――

「あら、あなたのその瞳……どうなさったのでございますか?」

 「ああ、これですか……」と、『少女』はその血のように紅い瞳を指さして言った。

「色々ありまして……ね」

 薄っすらと、笑みを浮かべて。

「なるほど……どうやら、これは

 「ハッ!!」と、笑みを浮かべたまま後ろに飛び退く

『当たり……のようですねっ!』

 『少女』の口から、その「異様な声」は答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る