終幕はつぎの旅立ちへ……(2)


「どうも一つ、引っかかることがあるんだが……言っても良いかい?」

 赤い髪を掻き毟りながら、釈然としない様子で幼女は隣の蝶ネクタイの男に断りを入れる。

「ええ、どうぞ」

 当然そう応えざるを得ないウィスターは、諦めたようにため息を吐く。

「あたいらは一体、何しにに来たんだっけ?」

 そう言ってテーブルを指差す彼女。

 そこは馬車道沿いにあるカフェの店内。周りは、夕食後に立ち寄った家族連れや、憩いに訪れた恋人たちで溢れかえっていた。

「確かサシム・エミュールとその仲間の追跡だったと思いますが?」

「それがなんでお前たちと茶なんて飲んでんだい?」

「そりゃ奴らを追ってここに来たら、なぜか奴らの姿がなかったから仕方なく……ってことじゃねえですか?」

「いや、おかしいだろ。だったら、とっとと奴らの宿でも探すなりすんじゃないのかい?」

「手掛かりも無いのにどうやって探すんですか?」

 ウィスターの言い分はもっともだ。

「そ、それはこれから考えるんだよっ!」

「なら、このままここで作戦会議するってことで良くないですか?」

「そ、それもそうだな……でもなんか、引っかかんだよね……」

「何がですか?」

「だから、なんていうかね……これまでの行動とかって気がして仕方ないのさ……」

 琥珀の瞳で虚空を眺めながら、譫言のように答えるロゼリッタ。

「認識操作系は無いって、言ってませんでしたっけ?」

 怪訝に眉をひそめながらウィスターが突っ込みを入れるが、彼女の顔は曇ったまま。

「そうは思いたいけどな……そういう可能性もゼロじゃないんだよ。あの結界の効果だけを考えるとな……」

 周囲と自分たちの認識に齟齬を起こさせる。少なくとも、あの場にはそういった効果が発現していた。

 ならば、やはり大規模な認識操作を行える誰かがいたのではないか?

 そう考える方が妥当だとロゼリッタは考えていた。

「けど確か、あの時本部に連絡しようとして繋がらなかったんじゃないですか」

「そうなんだよなぁ~」と頭を抱えるロゼリッタ。

 連絡が付かないという事を考えると、あの空間はある種の電波妨害でも仕組まれていたのか?

 などと、彼女がを考えているところへ、

「まあまあ、小難しい話はそのくらいにして、まずは情報整理と行きましょうか」

 そう促したのは、ロゼリッタの向かいに座るポットだ。

 小男はボロ布の中から紙とペンを取り出すと、鼻歌混じりにすらすらと筆を走らせた。

「ん、何描いてんだい?」

「この都市まちの地図ですよ」

 訝しげに問うロゼリッタに対し、描きながら即答するポット。流れる様に面の上に丸印を付け、それらを線で結ぶ。

「案外、器用なモンだねぇ」

「へへっ、おほめに預かり光栄です。お嬢」

「お嬢?」

「へいっ、今後ロゼリッタ様の事は『お嬢』って呼ばせていただきやす」

「あっそうかい。まぁ、好きにおしよ」

「へいっ!」

「確かに、こいつは上手ぇもんだ。お前、いっそ画家にでもなったらどうだ?」

 ウィスターが感心しながら半ば茶化すようにそんなことを言ってきたが、ポットは首を横に振る。

「あっしにゃ工房勤めは肌に合いませんよ。それにコネも無えですからね。それより……」

 答えつつ、ポットは真ん中の丸印を塗りつぶしてからこう続ける。

「ここが今あっしらのいるカフェです。そして、他の印の所がこの都市にある宿の位置ですぜ」

「もしかして、この中から奴らの宿を探り当てろって事かい?」

「まあ、闇雲に動くよりはマシってことですよ。でもって、この中で一番近いのは……」

 小男のペンがすぐ左上の所にある丸印を差す。

「この宿ですが、如何しますか?」

 それは、つい三日前に最初の事件が起こったあの酒場宿。

 メイリアが女給ウェイトレスとして働いているあの店だった。



「実験……と挨拶?」

 少女は怪訝に眉をひそめた。その丸眼鏡の奥では、あおい瞳が刃の如く鋭利に光る。

「うん。離れた場所で同時に存在し、その場にいる相手との会話が可能か、そしてその場に干渉することが可能か、それを検証していたところさ」

「それって、まさか時空間の干渉?」

「いや、どちらかと言えば運命操作に近いかな」

「運命操作って、まさか分岐する運命に干渉して『別の場所で生きている自分』を別の時間軸――つまり平行世界から召喚したなんて言うんじゃないでしょうね?」

「それだと、タイムパラドックスによる時空間消滅を引き起こす確率が少なからずあるから、別の手法を取ったのさ」

「別の手法?」

 そこで少年は何かを含むような顔を浮かべ、

「そうだね……例えば、運命というのは世界をどのレベルまで干渉しると思う?」

「難しい質問ね……広義マクロの視点で言えば、宇宙の誕生から終焉までの歴史の改変や場合によっては法則そのものってところかしら。狭義ミクロでいうなら、個人の人生……いいえ、認識や心の在り方まで含むかしらね?」

「そう、つまり私がそこにいると認識されれば良いってことさ。更に言うと、にしてしまえば」

「相変わらず、とんでもない事をさらっと言い出しますわね……サンドーラ師」

「とんでもない事でもないさ。運命とは、それこそ細胞一つから果てはこの『世界』に至るまでを表す言葉だからね。人の認識を変える程度なら造作もないよ。もっとも、この場合はむしろ『世界』の認識かな」

「ありていに言うと、つまり……『世界』を騙したってことかしら?」

「騙すというか、そういう事実をねじ込んだと言った方が良いかな。『世界』が認識するという事は、という事になるからね」

「何か騙し絵のトリックみたいですわね。鑑賞する者が認識した構図がその人にとっての正解という。この場合、鑑賞者に当たるのは『世界』ってことになるのかしらね?」

「まあ、そんなところかな。もっとも相手が『世界』である以上、そのワケだけどね」

 年相応に無邪気な笑顔を向けながら、は得意気にそう語った。

 それを見て、博士と呼ばれた少女は溜息をいてから一言漏らす。

「それこそ、存在の矛盾パラドックスなのではないのかしらね……」

「さてね」と応えてから窓を開けて夜空を見上げると、まるで彼は遥か天上から覗いている誰かにでも話しかけるかのようにつぶやいた。


「はたしてなら、この話どう考えられると思いますか?」

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